自分を許してあげて
「まずは謝罪させてほしい。アルローで我が家の管理人が絡む犯罪に巻き込まれて大変申し訳なかった。領地で何が起こっているのかも把握できていない領主なんて本当にゴミ同然だ。陛下の言われた通りだな。まったく面目ない」
バリエ侯爵が直角に頭を下げた。侯爵直々に詫びられてフェリシーとクロードは慌てて気にしないように伝える。
「どうかお気に病まないでください。助けていただいてお礼を言わなくてはいけないのは私たちのほうですわ」
「そう言っていただけると有難いが……。国王陛下にはますますご不興を買ってしまうだろうな……」
侯爵の顔は疲れ切ってやつれている。端整な顔立ちが辛そうにゆがんだ。
「あの、父上……いえ、国王陛下は俺が怪我をしても大して気にしないと思いますけど……」
「いや、もちろん、クロード殿下の怪我のこともそうですが……。やはり領地で組織犯罪が蔓延るのを止められなかったことは領主失格です」
悄然と肩を落とす侯爵が気の毒になってフェリシーは慰めようと試みた。
「でも、そんなの王都にいたら気がつかなくてもおかしくないというか……。それだけ管理人の方を信頼されていたんですよね?」
「でも、君は気がついた。我が領地とまったく関係がなくて王都にいた君が……」
「それはたまたまで……」
フェリシーが口ごもると侯爵は頭を下げた。
「すまない。君が気づいてくれたおかげで被害が広がるのを食い止められた。なんと感謝して良いか分からないくらいだ。ありがとう」
「い、いえ、そんな」
侯爵は優しい目でフェリシーを見つめる。
「私は王宮で外交担当の大臣の職を賜っている」
「はい」
「そのため王都や外交のために国外で仕事をすることも多い」
「そうですね」
「今回、国王陛下からすぐに領地に向かうよう命じられた時、私は君の進言のほうが怪しいと一蹴した。あのセバスチャンが私を裏切り犯罪に手を貸すなんてとても信じられなかったんだ」
「それは理解できますわ」
「国王陛下は、もしフェリシー嬢が間違っていたら望む物を褒美に取らす、正しかったら大臣職を退き、領地を立て直すために終生領地で暮らせと言われたんだ」
「え?」
それはかなり大きな賭けではないか。自分の報告のために、国王と侯爵の間でそんな大がかりな賭けが行われていたことにフェリシーは戦慄を覚えた。
「私は賭けに負けた。既に大臣職を退くための書類は王都に送った。今後はこの領地を良くするために最善を尽くす。領主としてそれが一番大切なことなのに気づくのが遅かった。だから、君と国王陛下には心から感謝している」
再び頭を下げる侯爵。彼の本心からの言葉のように聞こえる。フェリシーは戸惑いながらもお辞儀を返した。
「それなら良かったのかもしれません。どうか貧しい方たちに救いの手を差し伸べてあげてください。一生懸命働いても生活が良くならないという悪循環があると思うのです」
「ああ、任せてほしい。まずはエンゾが築いた犯罪組織の解体と違法な娼館の閉鎖だな。攫われてきた娘たちは保護してちゃんと家に戻す。身寄りのない者の世話もしよう」
「ありがとうございます!」
「いやなに」
侯爵は照れたように頭を掻いた。
「いろいろな意味で良い機会になった。さて……バール男爵領管理人のダビ夫人と友人なのだろう? 旧交を温める機会を邪魔してしまってすまなかったね。私は退散するから後はゆっくり過ごしてくれ」
「あ、俺もちょっと侯爵とお話ししたいことがあるので……」
クロードも一緒に立ち上がる。もしかしたらフェリシーとベルナデットがゆっくり話せるようにという気遣いなのかもしれない。
「そうか。では私の執務室へ」
そう言ってフェリシーとベルナデットに順に笑顔を向けた後、侯爵はクロードと共に部屋から退出した。
***
新しくお茶と軽食を用意してもらい、フェリシーは改めてベルナデットと正面から向き合った。
溌剌としているが若干浮ついた雰囲気のあったベルナデットはしっとりと落ち着いた人妻になった。幸せな若妻であるのは一目瞭然で、たまにふっくらしたお腹を撫でる仕草に喜びと充実感がにじみ出ている。
「お幸せそうで良かった」
「はい。こんなに幸せでいいのかしらって毎日思います。オレールは優しくていつもわたくしを気遣ってくれて。愛されてるって感じるだけでこんなに満たされた気持ちになるのですね」
熱烈な惚気にフェリシーは顔を赤らめ、内心で雄叫びをあげた。
(きゃーーー! もっともっと砂糖を吐くくらい甘い話をちょうだい!)
ときめき糖分補充である。しかし、表情には出さない。あくまで冷静に平静に、と自分に言い聞かせた。
「大切な体なのに遠出をさせてしまってごめんなさい。ご無理をされていないとよろしいのですが……」
「オレールも心配していましたけど……。少しくらい動いたほうが良いと母も言っていましたし、ここまで馬車で二十分ほどですわ。今夜はこちらで泊めていただけるそうですし、至れり尽くせりで快適に過ごさせていただいております。わたくしは結構ちゃっかりしているので」
茶目っ気たっぷりの表情でフェリシーに笑いかけるベルナデット。なんて魅力的な女性になったのだろうとフェリシーは感心した。
「それなら良かったですわ」
少しのぎこちない沈黙の後、思い切ったようにベルナデットが口を開いた。
「さっき……聞いたんですけど、犯人の一人は『縁』で見合いを申し込んだことがあるとか……」
「ええ、そうなんです。あの時、私が彼女を止められていたら被害者は出なかったかもしれないのに……」
途端に自分の無力さを痛感してフェリシーは俯いた。
「あー、もしかしたらそう考えていらっしゃるのではないかと心配していましたのよ!」
「え?」
「フェリシー様は人が良すぎます。そして完璧を求めすぎです」
「そうかしら?」
「そうですよ! 犯罪を未然に防ぐなんて神様でもない限り不可能です。でも、今回フェリシー様がここにいらしたから犯人を捕まえられたのですよ。犯罪組織はつぶされるでしょうし、未来の被害者を守ったのは絶対にフェリシー様です。だから自分を許してあげてください」
「自分を……許す……?」
「ご自身が幸せになるのを拒否されているように感じられて……。フェリシー様は笑顔を見せないけど、人の幸せを心から喜んでくださる優しい方だと思うのです。でも、人のために尽くすことだけが自分の存在意義だと考えていらっしゃるように思えて……。ごめんなさい。たいして知りもしないくせに偉そうですけど」
「いえ、当たっているかもしれません」
「すべての人を助けるなんて無理です。神様じゃないんだから。でも、フェリシー様に救われた人間は確実にいます。それも沢山。私もその一人ですわ。お忘れですか?」
「…………」
「だから、ご自分を誇ってください。今回もフェリシー様のおかげで救われる人が沢山います。未来に酷い目に遭う人たちのことを救ったんですよ」
「そう、言っていただけると……嬉しいです」
ベルナデットの言葉に自分も救われた、と思わず目尻に涙が滲んだ。