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バリエ侯爵

「ふざけないでよ! 澄ました顔して男を誘惑して! 偉そうに! このっ! このっ!」


アシルが何度もフェリシーの両頬を平手打ちする。白磁のように真っ白で滑らかだった肌がみるみる赤く腫れあがっていった。フェリシーは無表情でされるがままになっている。


「おいっ! やめろっ! 殴るなら俺を殴れ!」


そう叫びながらフェリシーを庇おうとするクロードだが、エンゾと騎士に二人がかりで押さえつけられてなかなか身動きが取れない。


叩かれて切れたフェリシーの唇からたらりと血が滲んだ。


「お……じょう…さま…くっ、離せっ」

「「うぉっ」」


クロードは怒りのあまりエンゾと騎士を跳ね飛ばして、アシルを止めるために突っ込んでいった。クロードに突き飛ばされたアシルがその場に転倒する。


「何するのよ!」

「てめえ!」


エンゾがクロードを蹴ろうと足を振り上げた。が、クロードがひょいとそれを避けて、勢い余ったエンゾが体勢を崩す。その隙にクロードが足を引っかけるとエンゾも地面に転がった。


「「「「ぷっ」」」」


思わず、というようにその場にいた騎士たちが噴き出した。


「てめぇら、なめやがって! ふざけんな!」


莫迦にするように嗤われて、エンゾは暴言を吐き散らしながら立ち上がった。


「おい! こいつを押さえつけていろ!」


騎士たちはしぶしぶとクロードを地面に押さえつける。エンゾは身動きが取れないクロードの全身に何度も強い蹴りを入れた。鈍い打撲音が連続してその場に響き渡る。


「やめてっ、やめてっ!」


痛いだろうにうめき声一つあげないクロードに、自分が叩かれている時は平気だったフェリシーが悲痛な叫び声をあげた。


「はっ、死ぬまでいたぶり殺してやるよ!」

「やっちゃえ、エンゾ! あたしもこの女をいたぶって……」


ガタン!


その時、中庭に面した扉が大きく開いた。全員の視線がそちらに向かう。


立派な揃いの騎士服に身を固めた騎士団の一行がぞろぞろと中庭に入ってくる。中心にいるのは金髪碧眼の美丈夫だ。


「何をやっている!!!」


怒りと威厳に満ちた声に、セバスチャンの顔が真っ青になった。


「だ、だだだだんな様、突然領地にお越しだなんて存じあげませんでした。一体何が……?」

「お前が質問するんじゃない! 質問に答えろ! 何をやっている⁉」

「そ、それは……不法侵入者が館に入りこんだのでちょうど捕らえたところです。それより旦那様、まずは城のほうでゆっくりとお休みください……こちらの館は手狭ですし」


セバスチャンを無視して美丈夫は周囲を見回した。


「私はここバリエ領の領主だ。領主が帰還したのに跪かない不届き者がいる。そいつらは何者だ!」


セバスチャンが『まずいまずいまずい』という顔で振り返ると、騎士たちが全員地面に跪く中、エンゾとアシルだけは真っ青な顔で立ちすくんでいる。


「無礼者! そこの二人を地面にひれ伏させよ!」

「「「「はっ!」」」」


四人の騎士がエンゾとアシルを乱暴に地面に引きずりおろし、無理矢理平伏させた。


「なにをするっ! 触るな!」

「何よ! あたしはセバスチャンの妻なのよ!」

「領主様より偉い管理人なんていないんだよ」

「な、なんですって……」


莫迦にするように言われてアシルの顔が怒りと共に紅潮した。


「セバスチャン、お前もだ」


冷徹な声にセバスチャンもすぐに地面にへばりつく。


侯爵は不審者として縛られているクロードとフェリシーを見て顔色を変えた。急いで二人に駆け寄ると跪いてこうべを垂れる。


その姿にクロードとフェリシ―以外の全員が呆気にとられて口をぽかんと開けた。


「クロード王子殿下、愚かな部下が信じられない無礼を働き、なんとお詫びを申しあげたら良いか分かりません。大変申し訳ありません……。おい! すぐに縄をお解きして手当てをしろ! この方はこの国の第三王子殿下であらせられる! こちらの令嬢もだ! グレゴワール伯爵家のご令嬢で国王陛下のお気に入りでおられるのだぞ」

「「「「「「……っ⁉⁉⁉」」」」」」


その場にいた騎士たちの顔色が土気色に変わった。彼らは慌ててフェリシーとクロードの縄を解く。


「た、たいへん……まことにもうしわけございません……」


セバスチャンも顔面蒼白でガクガクブルブルと震えているが、事態の深刻さをまだ分かっていない人間もいた。


「なんだとっ!!! ふざけるなっ!!! そいつが王子のはずあるか!」

「そうよ! 王都の料理屋の店員よ! 何かの間違いよっ!」


エンゾとアシルが醜い怒声を放つ。


「アシル! エンゾ! 止めろっ、これ以上事態を悪くするな!」

「それでセバスチャン、この無礼な二人は何者だ?」


バリエ侯爵の静かな口調が余計に怖い、とフェリシーは腫れた頬を押さえながら考えた。騎士が濡れた布を差し出して「これで冷やしてください」と小声で告げる。


クロードは騎士の肩を借りて立ち上がるが「つっ……」と痛みを堪えている。血に染まった服は破れ隙間から見える皮膚は蹴られた打撲で赤黒くなっていた。


「王子、令嬢? 本当か……?」

「まさか、そんな……」


本当に王子や貴族令嬢なのであれば重罪だ。それくらいは理解できたのだろう。エンゾとアシルの顔が強張り、紙のように真っ白になった。


全身を震わせながら弁明しようと必死に口を動かすがなかなか言葉が出てこない。


「俺は……悪気は……なくて……」

「も、もうしわけ……ございません……おゆるしを……」

「あ、あの、旦那様、誤解です! 我々は……そう! 王子殿下とご令嬢を保護しただけなんです! 危ない貧民街で迷っていらしたようなのでエンゾと妻アシルがこちらにご案内して……」


かろうじて言い訳らしきものが出てきたセバスチャンに激しく同意するように頷くエンゾとアシル。


「この大莫迦者っ!!!!!」


バリエ侯爵が一喝すると悪党三人組は怯えた顔でビクッと肩を揺らした。彼の顔は激しい怒りで真っ赤になっている。


「そんな嘘が通用すると思うか⁉ 現に王子殿下と貴族令嬢がこの中庭で拘束され、我が家の騎士たちに取り囲まれているのを目撃したばかりだ!」

「それは……不法侵入者だと思い……」

「お前の説明には矛盾しかない! お前たちの悪事は国王陛下の耳にまで届いているのだぞ!」

「ひっ⁉ 国王陛下の……」

「……どうしてそんな……」

「マジか……」


それぞれの顔が絶望に歪む。侯爵はセバスチャンを叱りつけた。


「領主館にこんな胡散臭い連中を引き入れるとは……! 呆れて言葉も出ない。ここは父上が隠居生活を送っておられた館なのだぞ」

「そ、それは……」


汚物でも見るような目で見られてアシルとエンゾは屈辱に唇を噛むが逆らえる状況ではない。ただこれからどうなるかを漠然と想像して身を震わせた。


「おい、この三人を拘束しろ」


侯爵の命令に騎士たちが素早く反応し、抵抗するエンゾとアシルを押さえつけて手早く縄をかけた。セバスチャンは大人しく縛られている。


「第三王子殿下と伯爵令嬢への暴行罪、傷害罪……。お前たちの経営する娼館も徹底的に捜査するつもりだ。恐喝や人身売買の疑いもある。管理人の立場を悪用していたのではないか? セバスチャン」

「いや、儂は決してそのようなことはいたしません! 先代の旦那様からも信頼されて管理人を実直に勤めてまいりました」

「ああ、だからこそ残念だ」

「全部エンゾとアシルのせいです! 儂は騙されたんだ!」

「なにを言ってるの⁉ あんただって金をもらって喜んでいたくせに」

「責任を押しつけててめえだけ逃れようなんて甘いんだよ!」


バリエ侯爵は憐れむような眼差しを向けた。


「お前たち三人は死罪だ」

「ひっ……なんですって……」

「そんな莫迦な……」

「だ、だんなさま……お慈悲を」

「この国では王族に暴行を加えたという事実だけで死罪だ」


言葉の意味が浸透するとアシルとエンゾが逆上し、泣きながらわけの分からないことを喚き始めた。


セバスチャンは涙を流しながら「だから儂が言ったのに……」と何度も繰り返している。


「この三人は地下牢に閉じ込めておけ!」

「「「「「「はっ」」」」」」


王都から連れてきたらしき騎士たちが引きずるように三人を連行した。


「お前たちもセバスチャンの命令とはいえクロード殿下の御身に不敬を働いた者は処罰の対象となる。覚悟しておけ!」

「「「「はいっ」」」」


青い顔で唇を震わせながら領地の騎士たちが敬礼をした。


その場面が映画の画面を見ているように遠くに感じられる。フェリシーの頭は混乱しすぎて思考が停止してしまったのかもしれない。そのまま視界が暗くなる。


「お嬢さまっ! お嬢さまっ!」


クロードの声が微かに聞こえたような気がした。

*大変申し訳ありません。急に仕事が忙しくなり、しばらく更新をお休みします<(_ _)> ストーリーは脳内でできているので戻ってきて必ず完結させますので。いつも読んでくださってありがとうございます(#^^#)

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