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窮地

「あたしはこの女が許せないの! 若いイイ男を偉そうに侍らせて! おまけにあたしのことを嘘つき呼ばわりして侮辱したのよ!」


アシルは激高して叫んだ。


「アシル、一体どうしたんだ?」

「まぁまぁ、面白い。この女が噂の店主か?」


セバスチャンは戸惑ってオロオロしているが、エンゾは愉快そうに笑う。嘲るような笑い方を聞いてフェリシーの背中に冷や汗が浮かんだ。


「ジローは一括で返済できるだけの金を持っていた。聞けば王都で世話になった店の店主が貸してくれたそうだ」

「まさかあの店のことだっていうの?」

「ああ。金も持っているなら都合がいい。利用価値はある。」

「ちょっと待ってよ。この女をどうするつもり⁉ あたしを侮辱した女よ!」

「美人だし好みだ。俺の女にしてもいい」

「な、なななんですって⁉ 許せない。あたしというものがありながら⁉」

「おいおい、お前の愛する旦那は隣にいるだろう?」


エンゾが含み笑いを浮かべてセバスチャンを見る。


「一体何の話をしているんだ⁉ アシル? どういうことだ?」


狼狽するセバスチャンはアシルが舌打ちしたことにも気がつかない。アシルはセバスチャンを無視してエンゾの耳元で囁いた。


「ジローから金だけ奪って妹と一緒に娼館に閉じ込めたんでしょ? 本当にあんたは酷い男ね!」


アシルがエンゾに囁くのが聞こえた。


(ジローさんたちは娼館)


フェリシーは心のメモにしっかりと書きとめる。


「とにかくあたしはこの女が許せないの! こいつを惨めにいたぶってから殺してちょうだい! 前もそうしたでしょ……ふふっ」


恐ろしいことを嗤いながら頼むアシルに『頭のてっぺんまで悪事に浸かってしまったのね』とフェリシーの胸は痛んだ。だから警告したのにと思っても今更どうしようもない。


「アシル。さすがにそこまでは……。万が一貴族令嬢だったら儂の責任問題になってしまう……」


セバスチャンは気が弱いらしく、しきりに自分の進退を気にしている。


「この女は貴族なんかじゃないわよ! しょぼい店で料理を作るしか能がない役立たずのくせに! なによ好みって⁉」


怒りがおさまらないアシルがフェリシーの顔を思いっきり蹴り飛ばそうとした。


(蹴られる⁉)


尖ったハイヒールのつま先が眼前に迫ってきて固く目を閉じる。


しかし、ドカッという衝撃音がしたのにフェリシーの顔には何もない。恐る恐る目を開けると目の前にクロードの整った顔があった。


赤い瞳がいたわるように細くなる。


「ご無事ですか? お嬢さま?」


自分に覆いかぶさるように庇ってくれたのだとすぐに気がついた。


「クロード、あなた怪我はっ⁉」

「平気です。それよりお嬢、逃げますよ!」


クロードに手を引っ張られて我に返ったフェリシーは素早く起き上がって彼と一緒に扉に突進する。


「お、おい! いつの間に縄を⁉」

「待ちなさいよ!」

「逃げられると思うな!」


おろおろするだけのセバスチャン、金切り声をあげるアシル、扉の前に立ちふさがるエンゾ。


クロードはフェリシーの手を離し、身をかがめて突進するとものすごい速さでエンゾの足を払う。エンゾは見事なほどのもんどりを打って倒れた。


その隙にフェリシーは扉を抜けクロードも後を追う。


「待て! 待たないか!」

「くそっ、油断した、なんだあいつ!」

「ちょっと! 追いかけなさいよ!」


背後の声が徐々に小さくなっていく。他に警備の騎士などがいなくて良かったと思いながら暗い廊下をひた走った。どうやらここは地下にある部屋らしい。窓が一つも見当たらない。


「お嬢! 階段がっ」


目の前に階段が見えた。上に行くと人に見つかってしまうかもしれないが、ここにいたら追いつかれる。息を切らしながら必死で階段を駆けあがった。


階上はいきなり明るくなり何人かの人影が見えた。


「何者だ⁉」

「不審者か!」


当然だが、にわかに騒がしくなる。


「お嬢さま、こっちです!」


クロードが引っ張る方向には外へ繋がる扉があった。


「おい! 待て!」


待てと言われて待つ人間はいない。二人が扉を開けるとそこは広々とした中庭で隠れる場所はなかった。


「逃げ道なんてない。無駄な努力だったな!」


追いつめられた二人に勝ち誇ったエンゾの声が聞こえた。


「あいつらを捕まえろ! 不法侵入者だ!」


領地管理人であるセバスチャンが命令すると騎士たちがわらわらとクロードとフェリシーを取り囲んだ。


多勢に無勢で勝ち目はない。二人は大人しく縄で拘束され、言われるがまま地面に座りこむ。


「はっはっは! いつの間に縄を切ったのか、随分面白い特技があるようだな」


エンゾが嫌らしい笑いを浮かべて二人に近づいてくる。


「おい、お前も動くな」


騎士の一人が鋭く注意するとエンゾの顔が強張った。


「おいおいおい~、俺はセバスチャン様の奥方の兄なんだぜ? どっちの立場が上か分かってんのか?」

「そうよ! お兄さまに偉そうな口を叩くんじゃないわよ!」


アシルもふんぞり返ってエンゾの隣に寄り添った。


「くっ……」


騎士たちは悔しそうにエンゾとアシルを睨みつけている。


「一体なんなの? その目つき。態度悪いわね! あたしはこの領地の女主人なのよ!」


その場の雰囲気は最悪だがセバスチャンはそれどころではないようだ。


「アシル。やめなさい。まずはこの者たちの身元を調べる必要がある。下手すると旦那様にバレる可能性が……」


この屋敷の主人はバリエ侯爵だが、普段は王都で暮らしている。領地では領主の留守を預かる管理人の権限が大きい。


騎士たちは何か言いたげだったが、ぐっと言葉をのみこんだ。


エンゾは俯いているフェリシーの顎を右手で掴むと無理矢理上に向けた。


「お嬢さまに何をするっ!」

「へぇ、お嬢さま……ねえ。やっぱり上玉だな。俺の女にしてやるよ」


激高するクロードを莫迦にして嘲るエンゾ。


「ちょっと、何を言っているのよ! こんな女!」


アシルはエンゾの手をフェリシーから引き離すと、彼女の頬を思いっきり叩く。


「やめろっ!」


怒りに満ちたクロードの声が虚しく響いた。

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