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拉致

「おい! エンゾ! どういうことだ⁉ 勝手にこんな人間を連れてきて⁉」

「かたいこと言うなよ! 見ろよ、えらい美人だぜ! こういう華奢な女は娼館で高く売れるんだ。それに女向けの娼館も作ろうと思っていたからな。二人ともいい金になる。ふはは」

「莫迦言うな! その女の服は高級品だぞ! いいところの娘だ!」

「バレなきゃいいじゃねぇか! どんないいところの娘だって行方不明になるときはなる!」

「まったく……万が一貴族の娘だったらどうする? ああ、頭が痛い」


少しずつ頭の中の靄が消えていくような感覚の中、フェリシーは意識を取り戻した。


(手首が痛いわ……)


後ろ手に縄で拘束されている。フェリシーは薄目を開けて様子を探ろうとした。すぐ目の前に端整なクロードの顔が見える。


彼の瞼がわずかに震えて微かに目が開く。フェリシーと目が合った瞬間に二人の意思が通じ合った。


(しばらく意識を失ったふりをして様子を見ましょう)


分かったというように互いに目で合図をした。


フェリシーは男たちの会話に耳を集中させつつ薄目で観察を続ける。


エンゾという男は年齢不詳だが、目鼻立ちが整っているのは間違いない。粗野な悪党のくせに妙な色気がある。


「万が一貴族令嬢だったら儂はもうお終いだ! エンゾ、さんざんお前の犯罪をもみ消して、娼館に便宜をはかってきたこともバレてしまう」

「まぁまぁ、落ち着きなって、セバスチャン。あんたはこの領地で一番偉いんだ。何も心配することはない」

「でも、貴族令嬢だったら旦那様の耳に入るかもしれないぞ! バリエ侯爵領で貴族令嬢が行方不明なんて不名誉を旦那様が許すとは思えない」

「いろいろやりようがあるから大丈夫だ。しばらく娼館で体を売らせた後、殺して死体を隣の領地に捨てるとか……」


おぞましいというようにセバスチャンと呼ばれた男が身震いをした。


この領地で一番偉いということは彼がバリエ侯爵領の領地管理人なのかもしれない。セバスチャンはどう贔屓目に見ても五十代の中年男。くたびれた印象は拭えない。年齢不詳だが筋肉質で精力的なエンゾとは対照的だ。


「大体、こいつらはジローの家で何か探っていやがったんだ。あいつは王都で金を借りたって言ってたが、何か悪事を働いたに決まってる。あんな大金をあのぼんくらに貸すような金持ちがいるはずない」

「もしかしたら、そこの娘が貸したのかもしれないぞ。もしくはジローが金を盗んでそれを取り返しに来たのかもしれない! いずれにしてもこいつらが目を覚ます前にどこかに捨ててきたほうがいい。関わらないのが正解だ!」

「いや、だから……」


エンゾとセバスチャンが揉めだした時に部屋の扉が開いて、若い女性が一人入ってきた。


「どうしたの⁉」


(鼻にかかるような声……。どこかで聞いたことがある? どこでだろう?)


フェリシーは息をひそめながら脳内の記憶の糸を辿る。


「エンゾが勝手なことをして……」

「いや、聞いてくれよ!」


エンゾとセバスチャンが一斉に女性に向かってしゃべりだした。


彼らの意識が自分たちから離れたとホッとした瞬間、背後に縛られた手首にフワリと柔らかい感触を覚えた。耳を澄ますと微かにチリチリという音がして不意に手首が軽くなる。


(縛っていた縄が切れた⁉)


薄目で眼球だけ動かすように周囲を探ると小さなネズミが物凄い速さでクロードに駆け寄り、今度は彼の縄に嚙みついている。


(ハムスターのハムくん⁉ まさか私たちについてきていたの⁉)


ケージは馬車の中に置いてきたはずだが、賢いハムくんは自分でケージを開けて気づかれないように尾行してきたのだろう。さすがアリーヌの腹心だけある。


クロードの縄も切れたようだが彼もじっと動かない。


「きゃっ⁉ ネズミよ! ネズミがいるわ! 早く捕まえて殺してよ!」


女性が叫んだが、あっという間にハムくんは扉の隙間から外に出ていった。あの速さなら捕まる心配はないだろう。


「もう逃げた。ネズミなんてどうだっていい! アシル、それよりお前の兄貴を説得してくれ」

「おいおいおい、アシル、俺とこの爺さん、どっちの言うことを聞くんだよ? お前はどっちの味方なんだ?」

「儂に決まっているだろう⁉ お前は儂の妻なんだぞ!」

「へぇ、妻、ねぇ?」


エンゾがにやにやしながらアシルの顔を覗きこんだ。


フェリシーは思い出した。


(あああああ! 専業主婦希望のアシルさん⁉)


ゆかり』に見合い希望で来たのに、嘘ばかりついていたので断ったあのアシル嬢である。


(妻……? っていうことは、アシルさんはセバスチャンの奥さんで、エンゾの妹ということ? 全然似てないけど)


フェリシーは会話から必死に頭を働かせて人間関係を推測する。


いずれにしてもフェリシーが予想した通り、嘘つきのアシルは後ろ暗い悪事に手を染めているのかもしれない。


「……ねぇ、ちょっと待って」


アシルがカツカツと高いヒールの音を響かせながら床に転がされているフェリシーに近づいてきた。慌てて目を閉じるが嫌な視線が向けられるのを感じる。


「ねぇ、この女、あの王都の店の女だよ!」

「王都の店?」


セバスチャンは首を傾げているがエンゾは腹を抱えて笑いだした。


「お前の正体を暴いた……いや、お前に言いがかりをつけて見合いをさせてくれなかった店か?」

「み、みあい? どういうことだ、アシル?」

「あなたに出会う前の話よ。あたしは頼りになる素敵な男性と結婚したかったの。でも、あの時、断られて良かったわ。だってエンゾ兄さまの紹介でセバスチャンみたいな素敵な方と結婚できたのだもの。うふふ。愛してるわ」

「そうだな。儂もだ」


相変わらず嘘ばかりのアシルに、鼻の下を伸ばしているようなセバスチャンの声が聞こえてくる。フェリシーは嫌な予感が背中にひたひたと忍び寄ってくるのを感じた。

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