告白と申し出
「え⁉」
思いがけないことを言われてフェリシーはパニックに陥った。
「あなたは綺麗だ。厨房に立って料理する姿を見かけた時、この世にこんなに美しい人がいるのかと感動しました。妖精か女神のように見えた。もう二度と会えないですが、あなたの幸せをずっと祈っています」
一息にそう言うとジローは寂しそうに笑った。
「当然ですが、自分の想いが通じるなんてまったく考えてませんから。完全な自己満足につきあわせてしまって誠に申し訳ない!」
呆気に取られて絶句するフェリシーに向かってジローは潔く頭を下げた。
「俺は故郷に帰ったら、もうお日様の当たる場所を歩ける人生ではなくなる。だから、万が一どこかで見かけても決して話しかけないでください。まともな人間として生きられた最後の思い出としてあなたに気持ちを伝えたかっただけなので……本当にすみませんでした! それでは!」
顔を真っ赤にして立ち上がると、ジローはそのまま個室から走り出ようとした。しかし、ガシッとフェリシーが彼の腕をつかんで止めた。
「クロード! クロード! 来てくれる⁉」
フェリシーが叫ぶとすかさずクロードが飛び込んできてジローに思いっきり体当たりした。
***
「すみません……。お嬢さまに何かあったのかとつい……」
「いえいえ! あなたはお強いですな! 俺にぶつかっても大抵はじき返されるのが関の山なのに、見事に倒されました!」
ガハハと笑うジローの腕に消毒液を塗布しながらため息をつくフェリシー。
「私はジローさんがお帰りになるのを引き留めて、というつもりだったの。言葉足らずだったわ。クロードは心配してくれていたのよね。二人とも、ごめんなさい」
「いや、いいんですよ! お嬢さまは悪くありません!」
「とんでもないです! いきなり挨拶もなく帰ろうとした俺が悪かったんです!」
彼らの声が被った。なんとなく気まずそうに視線をさまよわせる二人。
「それで……お嬢さまはジローさんを引き留めてどうしたかったんですか?」
「あの、ジローさん。私はフェリシーといいます。この店のシェフ兼オーナーです。こちらはクロード。あなたの事情を詳しく話していただけませんか? さっきどうしても見過ごせないことをおっしゃっていたじゃないですか? どうして妹さんが売られるんですか? どうしてお日様の当たる場所を歩けなくなるんですか?」
ジローの顔が青ざめる。クロードは何かを察したかのように気の毒そうに彼の顔を見つめた。
「ご迷惑をおかけして大変申し訳ありません。俺なんかの話を聞いてくださって有難いばかりです」
彼はテーブルに額がつきそうなくらい頭を深く下げた。
「最初からご説明します。俺の故郷はバリエ侯爵領にあるアルローという街です。アルローは領都なので王都ほどではないですが、人が多く賑やかなところです。ただ、貧富の差が大きくて……。俺の家も貧民街の長屋みたいなところでした」
そういう場所があるのは聞いたことがある。フェリシーの胸が痛んだ。
「父親は数年前に亡くなりました。でも、貧しいながらも母と妹、弟と支えあって暮らしてきたんです。でも母が病に倒れてしまい……。薬代やら何やらで多額の借金を背負ってしまいました。俺は知らなかったんですが金を借りた先が悪かったみたいです」
ジローの大きな肩がガクリと落ちる。
「……娼館を経営するヤクザみたいな連中が最近アルローにやってきて幅を利かせるようになったんです。俺はよく知らないまま奴らから金を借りてしまって……。耳をそろえて金を返せないなら妹を娼館で働かせろと脅されました。それで王都に出稼ぎにきたんですが、結局金を作れず明後日が借金の返済期限になります。間に合うように帰りたいので明日の朝、王都を出発するつもりです」
フェリシーの眉間の皺が深くなる。借金のかたに娘を売らせるような人身売買が今でも起こっているのか……。
「妹を売りたくないのなら手下になれ、とそいつらは言いました。あいつらは若い娘を攫ったり、暴力で借金を取り立てたり、酷いことばかりする。人間じゃねえ。獣と同じだ。あいつらの手下になったら、俺もそういうことをやらされる。人間じゃなくなるんだ」
ジローの両目から光が消えてガラス玉のようになった。
「金はない。妹を渡すわけにはいかない。俺はあいつらの手先になって、もう二度とお日様の当たる場所を歩けなくなるって……。だから、最後に人間として自分の想いを伝えたかったんです」
フェリシーとクロードは言葉を失った。
「お二人には本当にお世話になりました。王都でこの店だけが俺に親切にしてくれた! 心から感謝しています!」
今度は目を潤ませて頭を下げるジロー。クロードはやるせない顔で俯いているし、フェリシーは顎に手を当てて考え込んでいる。
「すみません。こんな話をして……。俺はもうお暇しますから……」
気まずい沈黙が続き、ジローが申し訳なさそうに立ち上がろうとした時フェリシーが口を開いた。
「アルローの街で娼館が増えた。それはガラの悪い連中が入り込んできたから、ということね?」
「あ、はい」
「領主のバリエ侯爵はそれについて何も対策を打っていないの?」
「お偉い領主様が庶民、特に貧乏人のために何かしてくれるなんてあり得ないでしょう?」
ジローが苦笑いしながら頭を掻く。
「領主の仕事は民衆の生活を守ることだ。金持ちか貧乏かなんて関係ないはずです!」
いつも柔和な笑みを浮かべているクロードが真剣に訴えたのでジローは面食らったようだ。
「いや、まぁ、それが理想でしょうが……そもそも領主様はずっと王都にいて領地のことは管理人に任せっきりです。そして、その管理人とかいう人間は大体汚職にまみれているものですよ」
「それはそうかもしれないが……」
クロードが不満そうに頬を膨らませる。そんな子供っぽい仕草を仕方ないなという目で見守っていたフェリシーがジローに申し出た。
「ジローさん。グレゴワール伯爵家で働きませんか?」