どうする?
応接室の外からガヤガヤと楽しそうな声が聞こえてきた。
兄と妹の対面が終わったのだろうかとフェリシーが考えていると、扉が大きく開いてコレットがフェリシーに飛びついてきた。
「フェリシー姉さま!」
泣いたのか彼女の目元は少し赤くなっているが、その瞳はきらきらと輝いている。
「あたしに三人もお兄さまがいたなんて信じられないわ! ずっと一人っ子だと思っていたからすごく嬉しいの。それにクロードが兄さまならフェリシーは姉さまね!」
(フェリシー姉さま、なんかくすぐったいな……)
フェリシーは末っ子として可愛がられてきたので『姉さま』と呼ばれたことはなかった。こんなに可愛い妹のような存在ができて嬉しいと思ってしまう。だが、すぐに罪悪感を覚えた。
(私は嬉しいなんて思っちゃいけないのに……)
フェリシーは無表情のままコレットの手を握って「そうね」と一言だけ。しかし、コレットは気にする様子もなく今度は国王に近づくと彼の首に抱きついた。
王子たちがぎょっと目を剥くが、国王は嬉しそうに目尻を下げている。自分たちとはまったく違う扱いに男三人共鳴したのかもしれない。なんとなく抱き合って互いの背中を叩き慰めあっている。
「……言い忘れていたがフェリシー、縁周辺をかぎまわっている連中がいるようだ。気をつけろよ」
「はい、ありがとうございます、陛下。でも、私は嘘が分かりますし危険は察知できるかと……」
「おい」
国王はコレットを引きはがして身を起こした。
「本人が嘘をついている自覚がなかったら、いくらお前でも嘘を見破ることはできないからな」
「は、はい……?」
真剣な表情の国王にフェリシーは戸惑う。
「例えば、誰かが出鱈目を言う。そいつがそれを真実だと信じてお前に伝えたとしたら、嘘には聞こえないだろう」
「なるほど……」
確かに国王がカミーユとシャルルに嘘をついていたことはフェリシーも見抜けなかった。二人が真実だと信じこんでいたからだ。
(足元をすくわれる可能性があるということね……)
「ありがとうございます。肝に銘じます」
フェリシーが頭を下げても国王はまだ不安そうな表情を浮かべていた。
***
「また今度遊びに来てね。ゆっくりと食事でもしながらお話ししたいわ。フェリシーさんもぜひ。今日も本当はもっとお話ししたかったんだけど……」
フェリシーたちを見送りながらアラベルは残念そうに言った。コレットもうんうんと隣で頷いている。
多忙な国王は既に王宮に戻った。別れ際に王子たちにも公務があるからすぐに帰れと指示を出すのは忘れない。
名残惜しそうに手を振って別れを告げると、フェリシーたちは来た道を逆に辿って店に戻っていく。
縁に戻ると店の前に王家の馬車が待っていた。カミーユとシャルルが乗ってきた馬車は王宮に帰したので、この馬車は国王が手配したものに違いない。
「……さすが国王陛下ね。手回しが良すぎて怖いわ」
フェリシーがため息をつくとクロードが心配そうに彼女の手を取った。
「父上がまた無理難題を押しつけたんじゃない?」
「無理難題というか……。あとで話すわね」
カミーユとシャルルは感慨無量というか疲労困憊というか、なんとも形容しづらい複雑な表情を浮かべていた。
「今日は母上だけでなく妹も見つかって、さらに父上の思いがけない一面が垣間見られるという非日常的な経験をしたな……」
「衝撃的な一日だったな~。俺は一生今日という日を忘れない」
「まったくですね。でも楽しかったです」
クロードが明るい笑顔で同意する。
「ああ、母上が幸せそうで何よりだ。最悪の想像をしていたので良い意味で予想を裏切られた」
「まったくだよ! あの国王陛下がまさかの愛妻家なんて誰が想像できたよ⁉」
三人の王子が顔を見合わせて爆笑した。これまではどこか一線を引いていたが、同母兄弟でもあると判明し一気に絆が深まった気がする。屈託のないクロードの笑顔にフェリシーの胸も温かくなった。
「じゃ! 俺たちは行くから! いろいろありがとなっ!」
「世話になった。また近いうちに会おう」
カミーユとシャルルが馬車に乗り込みながら手を振る。
彼らを見送った後、フェリシーとクロードは縁に入っていった。今日は定休日だが、なんとなくこのまま屋敷には戻りたくなかった。
「お祝いにメロンを切りましょうか?」
「え⁉ メロン⁉ いいんですか?」
嬉しそうなクロードの背後にぶんぶんと振るしっぽの幻影が見える。
「ええ。お母さまや妹と再会した記念ですものね。お祝いしましょう」
「ありがとうございます!」
薄緑色のメロンはひんやりしていて柔らかくみずみずしい。
「甘い! 美味い! 最高のメロンです!」
「良かったわ。ちょうど美味しいメロンを仕入れたところだったの。デザートに水菓子も爽やかでいいかなと思って」
「そうですね。まだ暑いですし……」
窓越しに外を見ると残暑の日差しが地面に濃い影を描いている。
「ところで父上と何を話していたんですか?」
「あのね……」
国王との会話をクロードに話すと、彼は表情を強張らせた。
「アリーヌ様……と兄上のどちらかを……ですか?」
「ええ、帰ったら早速アリーヌ姉さまに聞いてみるわ。国王陛下は姉が嫌がったら無理強いはしないっておっしゃっていたから大丈夫よ。心配いらないわ」
「それなら……まあ。この店で一緒に食事をするくらいならお膳立てもしやすいし」
「そうね」
「父上が人捜しに協力してくれるとは思ってもみませんでしたが」
「有難いわ。国王陛下ほどの人脈があれば、同じ転生者を見つけやすくなるでしょう」
「そうですね」
クロードは複雑そうな表情だ。
「お嬢さま、あの、こんなこと聞いていいのか分かりませんが……お嬢さまは元旦那さんの生まれ変わりがもし見つかったらどうなさるおつもりですか?」
「どうって……」
フェリシーは口ごもった。
「ただ、会いたくて……。どうするとかって考えたことなかったわ」
「そっか、まだ旦那さんのことを愛しているんですね」
「…………」
なんとも答えようがなかった。クロードの寂しそうな口調が気になったが、それについて尋ねるのも無神経なようで言葉にはできない。
「……見つかったら考えるわ」
しばらく考えた後、ようやく絞り出せた答えだった。