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母親

「なぜ父上が……」


呆然と立ちすくむフェリシーたちに国王は軽く手を振って「座れ」と命じた。


恐る恐る元いたソファに腰かけると、国王の陰から四十代くらいの女性が現れた。


「あの……オーギュスト、彼らが……?」

「ああ、左からカミーユ、シャルル、クロードだ」


女性の長いまつげが涙で濡れている。薄茶の亜麻色の髪を緩く後ろで束ね、落ち着いた生成色きなりいろのドレスが良く似合う。若くはないが魅力的な女性だとフェリシーは思った。


「もう分かっているだろうが、彼女が俺の唯一の妻アラベル。お前たちの母親だ」

「「「え⁉」」」


衝撃のあまり三人の王子が目を剥いた。


「ど、どういうことですか⁉」

「ち、ちちうえ、俺たち三人は母親が違うって……」

「は、ははうえ……?」

「あれは嘘だ」

「嘘っ⁉ えええええ⁉ 陛下……、魔族は嘘がつけないって……」


フェリシーはその場で一番動揺している。


「フェリシー、俺は魔族といっても四分の三は人間だ。人間は嘘がうまいからな。亡き父上は嘘がつけず、嘘を見抜けずに苦労されていた。父上から国王になるなら嘘をつくことを覚えろと鍛えられたんだ」


平然と言う国王にフェリシーはへなへなとソファに崩れ落ちた。クロードが心なしか嬉しそうに彼女を支える。


「父上、つまり、そこにいらっしゃる方は我々の母上様ということなのでしょうか……?」


カミーユが感極まったように呟いた。母親のアラベルは既に号泣してハンカチでしきりに涙を拭っている。


「カミーユ、シャルル、クロード! ずっと……ずっと会いたかった!」


三人とも立ち上がって母親の胸に飛び込……もうとしたが、育ちすぎた息子たちの間に埋もれているようにしか見えない。


王子たちは二度と母親には会えないと思っていたに違いない。クロードがうれし泣きする姿を見て、フェリシーも感激して目の奥が熱くなった。


**


ひとしきり感動の再会が終わると国王が咳払いをして口を開いた。


「アラベルは若い頃、王宮で侍女として働いていたんだ。一目惚れした俺は必死に口説いたものだ」

「それはもう情熱的な言葉をいただきました。身分違いのわたくしに……恐れ多いことでしたわ」


くすくすとアラベルが笑う。互いに視線を交わす国王夫妻を見ると、これまで共に歩んできた年月と根底にある信頼と愛情が感じられた。


「だって……父上、そんなのおくびにも出さずに……」


カミーユが言葉を失う。


「俺は父上が女嫌いだとずっと思っていましたよ。俺たちが生まれたのも奇跡だって……」


シャルルも何とも形容しがたい表情だ。


「俺は貴族の女が嫌いなだけだ。アラベルに執拗に嫌がらせをして、毒まで仕込む女もいた。現に母上は王宮で毒殺されたからな。アラベルが同じ運命を辿るのは避けたかった。そこで秘密裏にこの屋敷を作らせ、優秀で信頼できる者だけを置くことにしたんだ」


なんでもないことのように国王が説明する。


「なるほど……。王宮で気づいている者はいないのですか?」

「俺がたまに王宮からいなくなると知っている者はいるだろうが……この場所の秘密は守られている、はずだ。お前たちも全然知らなかっただろう?」

「ええ、噂にも聞いたことがありません。さすが父上、お忍びも完璧ですね」


呆れたようにカミーユが言うと国王は闊達に笑った。


「アラベルはお前たちと離れるのを嫌がったが、王宮は危険すぎた。俺が四六時中守ることもできない。何とか彼女を説得してきたんだが、コレット……四人目が産まれた時はもう絶対に手放さないと激高されてな。娘だったし秘密裏にアラベルにここで育ててもらっている」

「それがコレット……コレット王女殿下なのですね?」


フェリシーの問いに国王は悪戯っぽく頷いた。


「王女とは知らせずに育ててきたが、今回兄を紹介するいい機会だと思ってな。最近真実を伝えたばかりだ」

「だからあんな無茶を……。彼女は一人でゆかりまでやってきたんですよ。危ないじゃないですか?」


クロードの声に非難の色が混じる。


「ここにずっと閉じ込められていたら気が滅入るだろう。多少お忍びで出かけても見て見ぬふりをしている。護衛をコッソリとつけさせているからな」

「俺たちに妹がいるんですね……」


カミーユとシャルルは思いがけない事実に頬を紅潮させ、そわそわと落ち着かなくなった。


「ああ、アラベル。会わせてやってくれるか?」

「はい、あなた」


すかさずアラベルが立ち上がった。


「兄弟の再会だ。フェリシーはここで待つといい」


もちろん邪魔をしたくないフェリシーは黙って頷いた。しかし、クロードが難色を示す。


「お嬢さまをおひとりにするわけにはいきません。俺もここに残って……」

「莫迦を言うな」


国王は呆れた顔で肩をすくめた。


「お前は過保護すぎる。彼女は一人で大丈夫だ。それに俺はここにいる。俺では不満か?」

「まさか。大変光栄でございます。クロード、私は大丈夫だから行ってきて」

「お嬢さま……では少しだけ席を外します。父上、どうかお嬢さまに失礼なことを言わないくださいよ」

「クロード、それは国王陛下に対して失礼だわ……」


二人の会話に国王が笑いだした。今日はご機嫌麗しい様子だ。というより王宮での彼はやはり神経をすり減らしているのかもしれない。この屋敷は本来の姿でいられる大切な空間なのだろうとフェリシーは思った。


「お前たちは本当に仲がいいんだな。安心したぞ。クロード」

「本当ね。クロードがお世話になっています。フェリシーさん」


アラベルが親しげにフェリシーに声をかける。


「いえ、こちらこそクロード…殿下には助けていただいています」

「殿下なんて止めてください。お嬢さま、他人行儀に聞こえます」


拗ねて頬を膨らませるクロードをアラベルは愛おしそうに見つめる。


「申し訳ありません……。では失礼いたします」


クロードは心配そうに何度も振り返るが、アラベルに連れられて三人の王子は部屋を出ていった。

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