記憶持ち
「うわ~⁉ ナニコレ⁉ 面白~い♪」
しゅわしゅわと炭酸の泡が涼しげなレモネードの上に丸いアイスクリームがコロンとのっかっている。初めて見るドリンクにコレットが瞳を輝かせた。ストローでレモネードをゴクリと飲み、細長いスプーンでアイスクリームをすくいぺろりと舐める。
「美味しい~!」
店に入って簡単に自己紹介した後の思いがけないご褒美にコレットはご満悦である。
「暑いからね。今果物も切ってあげるから待っていて」
フェリシーが厨房に入っている間にコレットは会計デスクにあった紙とペンを持ってきて何やら描き始めた。
スイカを食べやすく切って持ってきたフェリシーは、彼女が描いている紙をのぞき込んで目を丸くする。
「何を描いているの?」
「さっき言ったでしょ? フェリシーの魂の色は変わってるって。色と光以外に変な模様が見えるって」
「これが私の周りに見える模様?」
「うんっ!」
スイカの皿をテーブルに置いて「見せてくれる?」とフェリシーはその紙をまじまじと見つめた。
「わー! 美味しいっ!」
コレットはスイカを口いっぱいに頬張って幸せそうだ。フェリシーは紙に視線を戻す。
幾つかの線が断片的に書かれていたり交差したり楕円っぽくなっていたりするが、明らかに見覚えがある模様にフェリシーの心臓がドクンと脈打った。
「これは……ひらがなだわ!」
「「ひらがな?」」
コレットとクロードがぽかんと首を傾げる中、フェリシーはモノトーンの早口で独り言を呟き続ける。
「この交差とぐにって曲がっているのはもしかして『さ』? 『あ』いえ『め』かしら? 『ん』? 『い』それとも『こ』? これは『な』に見えるわ。どういう意味かしら? 文字はこれだけ?」
「うーん、あと良く分からないのもあるかも……。線なのか点なのかも分からないし。光る色の中でこういうミミズみたいなのがのたくっている感じなの」
「そうなのね……。ありがとう。でも、どういう意味なのかしら?」
ぶつぶつと独り言を呟くフェリシーにクロードが尋ねた。
「お嬢さま、『ひらがな』ってなんですか?」
「クロード、私に前世の記憶があるのは知っているでしょ?」
「ええっ⁉ フェリシーって『記憶持ち』なの⁉」
驚くコレットに「これは内緒ね」と人差し指を立てて唇に当てると、フェリシーは前世日本のひらがなの説明をした。
「へぇ、こんな変わった文字があるんだね」
興味深そうなクロードに対して、コレットは難しい顔で考え込んでいた。
「さっき、魂の色が見えるのかってどうしてあんなに必死だったの?」
コレットの問いにフェリシーの動きがぴたりと止まった。
「それは……私には捜している人がいるから」
「魂の色で見つけられるかもって思ったの?」
「ええ」
フェリシーは素直にこくりと頷いた。
「その人も私と同じ前世の記憶を持っているかもしれないの」
***
アキテーヌ王国の隣国、精霊の国には毎年大切な儀式がある。精霊にとって欠かせない魔力を得るため異世界との扉を開く儀式だ。精霊は大気に含まれる魔力を取り入れる。しかし、魔力は使うと無くなってしまうため、世界からは徐々に魔力が薄れていく。
精霊たちは失った魔力を再び満たす手段として、異世界と道を繋ぎそこから魔力を得ることに成功した。それが毎年二月に行われる儀式である。
異世界で魔力が豊富なわけではない。むしろ、魔法が存在しない世界だ。だが、異世界の普通の空気がこちらにやってくると魔力を帯び、それを体内に取り込むことで精霊たちは魔力を補充することができるのである。
ただ、扉が開いたとき空気だけでなくその世界に住む生き物の魂まで一緒にきてしまうことがある。悪いものではないが、空気中に漂っている魂の欠片を飲み込むと違う世界の魂が混じった『記憶持ち』が誕生することがあるのだ。いわゆる異世界での前世の記憶を持つ人間のことである。儀式が行われる精霊の国やそこに近い地域では『記憶持ち』が生まれやすいともいわれている。
「フェリシーは『記憶持ち』だから変わった魂の模様があるのね!」
「多分……そうだと思う」
「それで同じ世界から転生した人、つまり他の『記憶持ち』を捜しているの?」
「コレットは察しがいいわ」
「それくらい分かるわよ。でも、こんな魂の模様はフェリシーが初めて。だから……余程珍しいのだと思うわ。でも、その人が王都にいるとは限らないし、あたしの行動範囲は狭いから。もっと多くの人に会う職業の……」
言いかけて何か思いついたかのようにコレットの動きが止まった。
「コレット? ありがとう。そうよね。無茶な話なのは分かっているの。そもそも、捜している人がここに生まれ変わっているのかどうかも分からないし……」
「どうしてその人を捜しているの?」
「彼はね。前世で私の夫だった人なの」
「えっ⁉」
無表情のフェリシーの薄紫色の瞳からポロリと涙が一筋こぼれた。