魂の色
「エルネスト!」
「マリー、どうしたんだ? クロードさんが電話をくれて飛んできたんだよ」
エルネストの顔にはマリーを思いやる気持ちが溢れている。
「来てくれてありがとう!」
そう叫ぶとマリーはエルネストの首に抱きついた。
熱い抱擁を直視して赤くなったクロードはそのまま二人を個室に案内した。フェリシーは気持ちが落ち着くようなカモミールティーを準備するために厨房に向かう。
盆にティーポットとカップをのせて個室の扉をノックするとクロードが飛び出してきた。
「申し訳ありません。お嬢さまに運ばせるなんて!」
慌てて盆をフェリシーから奪い取るとカップとソーサーを二人の前に並べてハーブティーを注ぐ。
「まったく過保護なんだから……」
フェリシーの呟きは誰にも聞こえなかったようだ。
カモミールティーをゆっくり味わった後、マリーは事情をエルネストに説明した。顎に手を当て身じろぎもせずに聞いていたエルネストは話が終わるときっぱりと言った。
「俺も一緒にブーヴロンに行くよ。結婚するんだからちゃんと挨拶しなくちゃと思っていたんだ。明日にでも出発しよう。馬車の手配は任せてくれ」
「え⁉ え? ええええ⁉」
戸惑うマリーだが、フェリシーとクロードは『よく言った! エルネストさん!』と心の中で声援を送る。
「そんな……。もしかしたら王都に戻ってこられなくなっちゃうかもしれないのに……。せっかくあなたの小説が人気になったんだから、王都から離れないほうがいいでしょう?」
なんだそんなこと?というようにエルネストは笑った。
「『精霊姫の百合』が売れたおかげでどうしても俺の原稿が欲しいと言ってくれる出版社もある。万が一、君の故郷に住むことになっても郵送で対応してくれると思うよ」
「そ、そんな……私の都合で振り回すのは申し訳なくて……」
マリーが俯くとエルネストは彼女の手を握った。
「君は俺の人生になくてはならない存在なんだ」
「うっ」と小さな声を出したフェリシーは胸を押さえている。きっとときめきポイントだったのだろう。クロードは彼女の背中をそっと撫でた。
「で、でも……」
「俺は何が起こっても君と一緒にいられる道を探す。だから、心配しなくていい。もちろん、その都度話し合ってお互いの着地点を見つける努力は必要だ。でも、今は君のお母さまの一大事だ。まずは一緒にブーヴロンに行こう。その後、話し合えばいいんだ」
再びマリーの瞳が涙でいっぱいになる。ぽろりと目尻から零れ落ちた涙をエルネストが拭った。
「エルネスト! 愛してる! 私も絶対にあなたと一緒にいられる道を選ぶから! 絶対に離さないで!」
フェリシーとクロードは抱き合う二人の姿から目を逸らしつつ、そっと個室から退出したのであった。
***
翌日、開店前の早朝にエルネストとマリーが『縁』に現れた。
「本当にお世話になりました」
「またどうなったかご報告しますね」
深々と頭を下げる二人にフェリシーは大きな包みを渡した。
「おにぎりという携帯食です。中に漬けた梅の実が入っています。塩分とクエン酸が多く菌の繁殖を防ぐので傷む心配がありません。味が強いかもしれませんが冷たくても美味しいですし、旅の途中で召し上がってください」
店に通う二人を見ていて、フェリシーは彼らの舌が日本人だと確信していた。きっと梅干しでも大丈夫だろう。
「いや、これは有難いな! 俺はもうすっかりこの店の味の虜だから」
「本当ね。食べるのが今から楽しみです! ありがとうございます」
「どうかお気をつけて」
「はい。どのような結果でも必ず一度は王都に戻ってきますから。また食べにきますよ」
「お二人には何とお礼を言っていいか分からないくらい。本当にありがとうございました」
何度も頭を下げながら二人は旅立っていった。
「……大丈夫かしら?」
「あの二人なら平気よ! 魂の色が似ているから」
クロードに話しかけたつもりだったのに、いきなり背後から子供の声が聞こえてフェリシーは飛び上がった。
慌てて振り返ると長いストレートの黒髪をなびかせた赤い瞳の少女がフェリシーとクロードを見上げている。
「あ、あなたは……?」
「君は……?」
黒髪に赤い瞳の少女だ。二人とも衝撃のあまり言葉が出てこない。
少女は両手を腰に当てると胸をそらして二人をまっすぐに見つめた。
「あなたたちはこのお店の人?」
「はい。あなた……今『魂の色』って言ったのかしら? 人の魂の色が分かるの?」
どことなく切羽詰まった顔つきのフェリシーはいつもの無表情とは違っていてクロードは驚いた。
「え⁉ お嬢⁉ 聞くところ、そこですか⁉ まず髪色とか……」
「だって……」
その子は腕を組んでフェリシーをじろじろと眺める。
「分かるわ。ぼんやりとだけど人の周りにもわっと色が見えるの。お父さまが『それは魂の色だ』って。普通はいろんな色が混じっているだけなんだけど、あなたは……すごく変わっているわね」
「変わっている? 私の魂が? どんなふうに?」
珍しくフェリシーが勢いこんで尋ねると少女は困ったように口ごもった。
「どんなふうって言われても……。人間と獣人族は普通に色が見えるだけなの。精霊族と魔族は色が光を帯びているわ。あなたは……色と光と……なにか変な模様が見えるの」
「「模様⁉」」
「こんなの初めて見る……。古代文字? ……それとも絵なのかしら?」
「文字? 絵? どんなものか書いてもらえる?」
「お嬢さま、お嬢さま、いきなりそんなこと頼んだら驚かせてしまいますよ。落ち着いて」
あまりのことに固まっていたクロードだが、フェリシーの手を優しく握ると彼女はハッと我に返った。
「あ、そうね。ごめんなさい。あの、あなたは?」
「あたしはコレット。お父さまとお母さまと暮らしているの。外の人とはしゃべっちゃダメって言われてるんだけど、庭にコッソリ近所の子供を呼び寄せたり、コッソリ屋敷を抜け出して遊んだりしているのよ」
得意げなコレットがそりかえるくらい胸を張った。話がどこにいくのか分からないがフェリシーもクロードも熱心に頷いた。クロードがしゃがみこんで少女と視線を合わせる。
「君は行動力があってすごいなぁ。それで?」
「このお店はとても人気だって聞いたわ。すごく珍しくて美味しい食事を出すんでしょ?」
「そうだね。このお姉さんがお料理上手なんだよ」
「それでね。最近、仲間から聞いたの。このお店…っていうかあなたたちでしょ? 私のママを捜しているのは?」
フェリシーとクロードは呆気にとられて顔を見合わせた。