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ベルナデットの事情

「叔父はオレール・ダビといいます。今年四十歳になります。生まれつき足が悪くあちこちで邪魔者扱いされていたので思い余った先妻が連れて嫁いできたと聞きました」

「ご苦労された方なのですね」


ベルナデットが何度も頷いた。


「そうなんです! そのせいか控えめで口数も少ないのですが、私と兄が子供の頃には叔父が家庭教師のようにいろいろなことを教えてくれました。博識で教養があり心から尊敬できる方です」


熱心に言いつのるベルナデットを見つめながらフェリシーは尋ねた。


「叔父様に告白なさったのですか?」

「はい。でも、相手にもされませんでした。私がまだ子供だと……。結婚したくないなら婚約を解消するのは構わないが私とどうこうなることはないって断言されました……」

「それでもお好きなのね?」

「はい」


ベルナデットの両目が涙で潤んだ。先ほどまでの傲慢で態度の悪い令嬢はもうどこにもいない。


「もう四十代で足も悪い。自活もできないような男を恋愛対象に見るなんてあり得ない。同情と愛情をはき違えているのだと叔父様に言われて……。そうじゃない、幼い頃からお慕いしていますと何度言っても聞いてもらえませんでした」

「叔父様のお気持ちは分かる気がしますわ。この国では十五歳で成人と認められますけれどやはり年齢差が……」

「人を好きになるのに年齢は関係ありません」


ベルナデットは清々しいほどきっぱりと言い切った。


「そうですわね。それで四十代の男性とお見合いをすることに?」

「はい。私は本気で叔父様くらいの年齢の方とも結婚できますって意思表示のつもりで……。叔父が領地に行ってしまったら会うのが難しくなってしまう。その前に、と焦ってしまったんです。なんて浅はかだったんでしょう……。こちらのお店にもお相手の方にも信じられないくらい失礼なことをしてしまいました」

「相手の方にご馳走してもらいたいと仰っていたのは?」

「自分の悪い評判を広めないとって必死でした。叔父以外の方と結婚する気はありません。誰からも敬遠されるくらいの醜聞があれば両親も私の結婚をあきらめると思ったんです。それに叔父様の気を引きたかったんですわ。どうしても振り向いてほしくて……。愚かでした。誠に申し訳ございませんでした」

「うっ」


フェリシーが口を片手で覆っている。心なしか頬が赤い。


「ど、どうなさいました?」

「いえ、何でもございませんわ。それで本日はどうなさいますか? お相手のドニ・シャリエ様とお会いになりますか?」


ベルナデットの目が泳いで逡巡しているのが分かる。


「きちんとドニ・シャリエ様に正直に事情を説明してお詫び申し上げますわ。そしてシャリエ様がお嫌でなければお食事をご一緒させていただきたいと思います。もちろんお食事代は私持ちで……」

「そうですか。分かりました。叔父様はベルナデット様のこと子供っぽいと仰ったそうですが、私の目には分別のある立派な大人の女性に見えますわ」


フェリシーの表情筋はぴくりとも動かないが優しい声色には真心がこもっている。完熟トマトのように真っ赤に染まった頬を両手で包んでベルナデットは身をよじった。


「そんなふうに褒めていただくの初めてで……とても嬉しいです! ありがとうございます! でも、子供っぽいのは本当なんです。プロポーズの時は年齢と同じ本数の薔薇の花束が欲しいなんて言って、兄には脳みそがお花畑だと莫迦にされました。叔父様に相手にされなくて当然ですわ」


その時、扉をノックする音がした。


「ドニ・シャリエ様がお越しです」

「では私はこれで失礼いたします。後ほど給仕がお食事をお持ちしますから……」

「あ、ありがとうございます。本当に申し訳ありませんでした。重ねてお詫び申し上げますわ」


ベルナデットが深く頭を下げると同時に開いた扉が大きな美しい花束でふさがれた。


「え? 薔薇……?」


顔を上げたベルナデットは大きく息をのんで口を両手で覆った。


「お……おじさ…ま?」

「ベルナデット! なんて莫迦なことを!」


端整な顔立ちに銀色の髪がよく似合う。片手で杖をついているが、逞しい筋肉質な体型で魅力的な男性であることは間違いない。


「お客様、こちらがドニ・シャリエ様。本日のあなたのお見合い相手です」

「……え⁉」


ベルナデットがぽかんとしてシャリエを見つめる。


「叔父様が……シャリエ様?」

「本名を書かなくても申し込めると聞いたんでね」


若干後ろめたそうにシャリエが頭を掻いた。


「君がこの店でお見合いを申し込んだと噂で聞いて、いてもたってもいられなくなった。知らない男と見合いするくらい追いつめられているなんて気づかなかったんだ。すまなかった。君の話をもっと真剣に聞くべきだった」


喜んでいいのか分からないベルナデットは複雑な表情で尋ねた。


「叔父様は私のお見合いを止めるために申し込まれただけですの? それとも……少しは期待してもよろしいの?」


ベルナデットの瞳から大粒の涙が溢れる。シャリエの顔が湯気の出そうなほど紅潮した。


「私なんかは……君に相応しくない。もっといい男がいるだろう」

「いないわ! 叔父様が結婚してくれないのだったら誰とも結婚しない! 二度と結婚できないような悪評を立ててやるわ!」

「君は……」


絶句したシャリエは花束を持つ右手で器用に額を押さえた。そして覚悟を決めたように大きく息を吐く。


「後悔するなよ? 私は手に入れた宝物は絶対に手放さない」


シャリエはまっすぐにベルナデットを見つめる。彼女の顔がぼふんと赤く染まった。


「も、もちろん、願ったり、ですわ。叔父様こそ覚悟してくださいまし! 絶対に何があっても離れませんから!」


彼の口元にふっと艶っぽい笑みが浮かぶ。この壮年の男の色気にかかれば大抵の娘はイチコロだろう、と部屋を出るタイミングを逸してしまったフェリシーは考えた。


「すまない。私はこの足のせいで跪くことはできないが、君に正式にプロポーズしたい。ベルナデット・バール嬢、私と結婚してほしい」


そう言って右手に持っていた薔薇の花束を彼女に手渡した。ちゃんと十七本の真紅の薔薇である。周囲に散らしてあるカスミソウとアイビーのグリーンが優美な薔薇を引き立てている。


「おじさま……」


ベルナデットの涙腺は完全に決壊している。号泣しながら「もちろんですわ! おじさま!」と花束を受け取って彼の胸に飛び込んだ。


そんな二人の邪魔にならないようにフェリシーはそっと部屋を出ると扉を閉めた。


クロードが悪戯っぽい笑みを浮かべて迎えてくれる。


「お嬢さま、お疲れさまでした。成功ですね」

*ベルナデット嬢の話はあともう一話あります(#^^#)

この後できるだけ早く投稿しますね!

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― 新着の感想 ―
確かに 足が悪いというのは 社会的ハンディ かもしれない だが そんなものは関係ないのだ 自分で決めるものさ よかったね
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