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小説家

マリーの条件を掲示板に貼ってから数週間後、申し込みたいという男性が現れた。


「お嬢さま、なんか良さそうな男性ですよ!」

「本当? ワクワクするわね」


全然ワクワクしていなさそうな顔でそう言うとフェリシーは個室に向かった。


「初めまして。掲示板のお見合いに申し込み希望の方ですね?」

「はい。エルネストといいます」


「失礼します」


その時、クロードがみたらし団子と緑茶を持って個室に入ってきた。マリーに出したものと同じであるが、これは食べ物の好みが合うかどうかも見てみたいと『ゆかり』ではお決まりの手順である。


緑茶と茶菓子の説明をした後、クロードもフェリシーの隣に座った。エルネストは幸せそうに団子を口に運ぶ。


「いや、これは美味いですね! 甘じょっぱいソースというのは斬新だ。柔らかい食感もいいですね。この菓子に名前はあるんですか?」

「これは『みたらし団子』と呼ばれています。外国の甘味です」

「へぇ、これはいいなぁ。緑色の茶も美味い。色も綺麗だ。今度小説の中で書いてもいいですか?」

「小説?」

「はい。実は俺は小説家で……」

「すごいな! どんな小説を書いているんですか?」


クロードの質問にエルネストは照れくさそうに頭を掻いた。


「知ってるかな? 『精霊姫の百合』っていう小説で最近は舞台にもなっていますが……」

「ええっ! もちろん、知っていますよ! すごいなぁ。本物の小説家にお会いするのは初めてです!」


横目でフェリシーを窺うクロード。彼女は相変わらず無表情で黙っているが、エルネストは嬉しそうに話し出した。


「ありがとうございます。俺は元々グレゴワール伯爵領に住んでいまして。グレゴワール領はちょうど精霊の国と国境を接しているでしょう? もちろん精霊国には強い結界が張られていて近づくのも危険だと言われています。絶対に国境には近づくなって子供の頃から親に言われていました」

「なるほど」

「でも、領主様が精霊国の姫と恋に落ちたっていう噂が流れて……。もちろん眉唾ものの噂だとは思うんですが、そこから閃きましてね。精霊が恋に落ちると涙が百合になるっていう伝説から悲恋物語を書いたら、これが大当たりで」

「はぁ」

「それまでは売れない作家で十年以上日雇いの仕事なんかをして糊口をしのいできたんですが、ようやく執筆だけで食べていけるようになりました」

「それはおめでとうございます!」


クロードがにこやかに手を差し出すと、意外そうにしながらもエルネストはぎゅっとその手を握った。


「それでお見合いのことなのですが」


マイペースを崩さないフェリシーが本題の話を始め、エルネストは真剣な顔つきで向き直る。


「何故このお見合いに申し込みたいと思ったのですか? 『鐘の音』はご存じでしょうか?」

「ええ。地方で古くから伝わる歌だって聞きました。最近、バスカーがこの曲を弾いているのを聞いたんです。いい曲だなってバスカーに声をかけて曲名を教えてもらいました」

「もしかしてバイオリン弾きのバスカーですか?」


クロードが尋ねる。


「そうです! あなたもお聞きになりましたか?」

「いいえ。俺ではないですが、お相手のマリーさんはその曲を聞いて懐かしくなってお見合いを申し込んだんですよ。『鐘の音』はマリーさんの故郷の民謡だそうです」


エルネストは目を丸くした後、満面の笑みを浮かべた。


「そうだったんですね。歌詞を調べてみたら大切な家族を想う歌で、なんというかとても心惹かれました。そうしたら偶然友人に連れられてきたこのお店の掲示板を見て……。いい大人がこんなことを言うのは恥ずかしいのですが運命かも、なんて思ってしまって。お相手の方はどんな女性なんだろうって気になったんです」

「エルネストさんは結婚したことはないのですか?」

「俺は小説家になりたいなんて夢ばかり追っていて、売れない時期が十年以上続きました。俺は孤児で家族もいない。毎日その日暮らしで、結婚なんてとても考えられるような状況ではありませんでしたから」

「婚約者も恋人もいないし、真剣にお相手との結婚を考えていらっしゃいますか?」


フェリシーの眼差しは真剣だ。


「はい。お会いしていいなと思ったら」

「分かりました。お相手のマリーさんは『鐘の音』が好きな男性は家族を大切にしてくれるんじゃないかっておっしゃっていました」


エルネストの頬が紅潮する。『なぜここで照れるのだろう?』と不思議に思いながらもフェリシーは一つ大切なことを言い忘れていたと思い出した。


「ところでマリーさんは二十五歳でいらっしゃいます」

「はい?」

「えーっと、彼女の故郷では女性の年齢を気にする方が多いようで……マリーさんもちょっと心配されていました」


慌ててクロードが補足した。エルネストは「なんだそんなこと」と破顔する。


「俺はもう三十二歳です。ずっと一人で生きてきたので正直家族ってどんなものか分かりません。分からないからこそ、頑張って大切にしたいと思っています」


心の中で『ごうか~く!』とサムズアップしながら、フェリシーは「分かりました」とカードに必要事項を書きこみエルネストに手渡した。

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― 新着の感想 ―
100点満点ですね 合格です あとはちゃんとうまくいくように 祈ることしかできませんね 縁利用する人が みんな こうだと楽 なのですが なかなかそうもいかないのですね それでも と続けているこれは立派…
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