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兄弟

「あ、すみません! もう閉店なので……」


店を閉める片づけをしていたクロードの動きが不自然に止まった。


扉を開けて入ってきたのは二人の男性。どちらも黒髪に赤い瞳である。


「あ、兄上……? どうしてここに?」

「クロード、久しいな。元気そうで良かった」

「まーったく、俺たちに全然連絡もよこさず……。薄情な奴だ」


クロードに悪戯っぽい笑顔を向けているのはなんと第一王子カミーユと第二王子のシャルルであった。


カミーユは真面目だが少し堅苦しく、シャルルは気さくだが軽すぎると評判の二人の王子は国民からの人気も高い。どちらが次期国王になるのかは国民にとっても大きな関心事であった。


「え、あの……王子殿下お二人が揃って何故ここに……?」


当然ながらクロードは混乱の極みである。


「いきなりですまないな。お前とお前のご主人に依頼があるんだが……」

「事前に言ったら丁重にお断りされそうな気がしたんでな!」

「え、ええええ⁉ そんなことを言われても……」


あたふたしている間に話し声が聞こえたのか厨房からフェリシーがやってきた。


「カミーユ殿下、シャルル殿下、当店に足をお運びくださって光栄の至りです」


まったく驚きを見せないフェリシーの美しいカーテシーに感心したようにカミーユが答えた。


「さすが噂の妖精姫。マルゴワール公爵の陰謀を暴いた立役者と聞いている。あの国王陛下が絶賛してらしたので、一度お会いしてみたかったのだ」

「本当に『あの』父君が皮肉でなく人を褒めるって奇跡みたいなもんだからなぁ」

「いいえ。それは国王陛下が大袈裟に言っておられるだけで私はたいしたことはしておりません。それよりも立ち話もなんですので良ければ個室にご案内いたします。簡単なお食事もお出しできますが?」


二人の王子は瞳を輝かせた。


「それは有難いな。珍しくて美味だと噂は聞いている」

「頼むよ~! 実は夕食抜きで来たんで腹が減ってるんだ」


そんな兄たちをクロードはそこはかとなく複雑そうに眺めている。


***


「ふむ、確かにこれは美味だな」

「うおーーー、うめーーー、いいな、クロード、こんなの毎日食べてるのか⁉」


箸を使ったことがない二人がフォークですすっているのは『天ぷらうどん』であった。


新鮮な海老が届いたのでその日の定食にした天ぷらうどんの具材が少し余っていて良かったとフェリシーは胸を撫でおろす。


フェリシー作のコシのある手打ちうどんに濃い目のだし汁で作った麺つゆは人気が高く、うどんは店の定番メニューの一つである。さくさくの天ぷらとつゆの相性が最高で、二人は夢中になってうどんをすすっていた。


あっという間に天ぷらうどんをたいらげた後、デザートのピスタチオナッツのアイスクリームとほうじ茶を出すと二人は物珍しそうにしながらも喜んで完食した。


「……実に美味かった。礼を言う」

「クロードが羨ましいなぁ。こんな食事だったら毎日でもお願いしたいもんだ」

「いずれフェリシー殿は王族専属の宮廷料理人になるという噂も聞いたが……」

「それは楽しみだな!」

「喜んでいただけて良かったです」


フェリシーは控えめに会釈をした。


「ところで今日来たのはフェリシー殿とクロードに頼みがあるからなのだ」

「「はい?」」


カミーユに言われてフェリシーとクロードは顔を見合わせた。二人とも、一国の王子の役に立てるようなことなんてできる気がしない。しかし、とりあえず話を聞くことにする。


「私たちの母親を捜してほしい」

「…………どういうことでしょうか?」


フェリシーは表情一つ変えない。通常運転中である。


「知っての通り、うちの父上は癖が強くてさ」


シャルルが鼻の頭を掻きながら呟いた。


「父上によると私たちは三人とも母親が違うそうだが、それぞれ子供を産んだ後に王宮を離れたらしい」

「今まではマルゴワール公爵っていう政敵がいて、王宮にいると危ないとか、そういう理由で外に出してたんだと思う……多分」


『妃などという地位を与えるとその一族が増長するからな。子供を産んだ後は王宮からお引き取り願ったよ』


以前聞いた国王の言葉は言わないほうがいいだろう。フェリシーは先を促すように黙って頷いた。


「俺たちの母親は全員平民らしいんだ。ま、父上は貴族の女性に偏見を持っているからな」

「シャルル、それは仕方のないことだ。父上の母君は貴族で政争に巻き込まれて毒殺されたそうだし」

「そうだったんですか⁉」


カミーユから自分の知らない話を聞いてクロードが思わず声をあげた。


「ああ。クロードも貴族女性との婚約で酷い目に遭ったそうではないか?」


カミーユが唇を嚙みしめる。


「あ、いや、あれは特殊事例というか……」

「兄なのにお前を助けることができなかった。私たちは母親がいない分、王宮内でもそれぞれ離れた区画で違う養育係に育てられた。互いの交流は皆無だったと言っていい。だが、クロードがどのような状況にいたのか知らずにいた自分を恥ずかしいと思う」


カミーユが俯き、シャルルも気まずそうに「すまなかったな」とクロードの肩を叩いた。


「いえ! 俺も兄上たちのことは何も知らされずに育ちました。俺の養育係はマルゴワール公爵に近い人間だったので隠蔽もしやすかったと思います。兄上のせいじゃない!」

「そうか?」


ほっとしたようにカミーユの表情が緩んだ。


「クロードも自分の母親に会いたくはないか?」


思いがけないことを尋ねられてクロードが固まった。


「え? 俺の……母親?」

「我らの母親については平民だったこと以外何も分からない。父上に聞いても答えてはくれなかった。でも、私もシャルルもそろそろ将来を考えるべき時が来ている」

「国王陛下が後継者を選ぶ時が近いということでしょうか?」


相変わらずフェリシーは率直だ。カミーユは苦笑いを浮かべた。


「ああ。私もシャルルもどちらが選ばれても恨みっこなしだと思っている。ただ、国を背負うことになる前に母に会って、この国をどう思っているのか知りたいのだ」


シャルルも頷きながら言葉を添える。


「ま、母上が父上や国に恨みを持っているようなら、後継者になるのを止めるとか、そこらへんまで考えているわけだよ」

「ええええ⁉」

「なるほど」


衝撃を受けるクロードに相変わらず冷静沈着なフェリシー。


「ただ、私たちは人捜しの専門家ではないので……」

「マルゴワール公爵の謀反を暴いた証人は皆この店が縁で出会ったと聞いたのだが」

「俺たちはさ、やっぱりちょっと血筋のせいで超常現象みたいなものを信じるわけ」

「超常現象……?」


フェリシーが首を傾げる。


「見合い相手を探す掲示板があるのだろう? そこに『捜し人、黒髪に赤い瞳の子供を産んだことのある女性』とか貼り紙をしてもらえたらどうかと思うのだが」

「ああ、それくらいでしたら問題ありませんわ」

「ええ⁉ イイんですか⁉ お嬢さま!」


クロードが慌てているがフェリシーは落ち着きはらっている。


「特に害がありそうでもないし……駄目?」

「いや、駄目ってことはないけど……」


というわけで、ゆかりの掲示板に不思議な捜し人の貼り紙が登場したのである。

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