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失脚

「屁理屈とおっしゃいましたか?」

「ああ、そうだ。こじつけと言ってもいい。接近禁止命令が出されたのはクロード殿下の安全を確保するため。今の殿下を御覧なさい。実に健康そうだ。エミリアが接近したからといって安全が脅かされることはなかっただろう?」


マルゴワール公爵はちらりとクロードに目を向けると肩をすくめてそう言った。


「お言葉ですが、マルゴワール公爵。私はエミリア嬢に声をかけられたことで精神的苦痛を感じましたが」

「おや、まぁ、困ったことだ。王子ともあられる方が大変繊細でいらっしゃる」


揶揄するような公爵の言い方にクロードは悔しそうに奥歯を噛んだ。


「本筋から逸れています。この契約書によるとクロード殿下の精神的苦痛いかんにかかわらず接近したら接近禁止命令違反で賠償金は返還されるはず。国王陛下は正当な権利により賠償金の返還を求めています。それに応じてください。それだけの話です」

「うっ」


誤魔化されないフェリシーにマルゴワール公爵の眉間のしわが一層深くなる。


「まったく口が達者ですね。伯爵令嬢なのに平民相手に商売をしているだけある」

「ありがとうございます。褒め言葉と受け取っておきますが、今の本題とどんな関係がありますか?」

「…………」


面白くなさそうな表情を浮かべながらも公爵は口をつぐむ。黙って何と言い返そうか考えているのかもしれない。


「賠償金の返還といっても、既に私は賠償金をエミリアの治療に全て使ってしまいました。お返しするような余裕はないのです」

「それはそちらの都合ですね」

「エミリアがどれだけ苦労して再び歩けるようになったか……。莫大な治療費がかかりました」

「おめでとうございます。でも、でしたら余計にクロード殿下に近づかなければ良かったのではありませんか? お嬢さまにはちゃんと接近禁止命令について説明されたのですよね?」

「あ、いや、そういえば娘は知らなかったのかもしれないな……」

「それは説明義務違反ですね。いずれにしてもマルゴワール公爵閣下の責任であり、賠償金の返還請求になんら影響するものではありません」


何を言っても言い返される経験をあまりしたことがないのだろう。マルゴワール公爵は額に青筋を立てて怒りだした。


「き、きみは年長者への尊敬の念とか持たないのかね⁉ まったく口だけぺらぺらとよく回る!」

「私はずっと敬語を使っていますし、公爵閣下、と『閣下』をつけて敬っております。どこのどういう点が尊敬の念が欠けていると思われたのでしょうか?」

「くっ、まったく可愛げがない。こざかしい」


吐き捨てるように言った公爵が背後に殺気を感じて振り返ると、オルガが直立不動で立ったまま公爵を睨みつけている。公爵は思わず身震いしてテーブルに向き直った。


「私は正式な国王陛下の使者です。それに対して単に年齢が下だからといって『屁理屈』『可愛げがない』『こざかしい』などと侮辱的な発言をされたことは非常に残念です」

「まさか国王陛下にそのまま報告なんて……」

「当然この会談の内容は全てありのままを報告させていただきます」

「それは困るなぁ」

「それよりも本題に戻ります。賠償金の返還を正式に要求いたします。いつまでに返還できるのか具体的な返金策についてお聞かせください」

「待ってくれ! そんな一方的に。先ほど言ったように金はない。もう使ってしまった。無いものはない! 無いものをどうやって取り立てる気だね?」


マルゴワール公爵は完全に開き直ったように足を広げてソファにふんぞり返った。


「分かりました」

「そうか! 分かってくれたか?」

「物納でも構わない、と国王陛下はおっしゃっておられます。例えば、マルゴワール公爵領にあるラウラ鉱山などいかがでしょうか? 最近そこで産出された硝石が大量にリールの街に流れ込んでいるようですが……」

「なにっ⁉」


公爵がその場で立ち上がった。なんだかんだで余裕のあった表情が強張り、顔が青ざめる。


「どこでそれをっ⁉」


つかみかからんばかりの勢いに背後にいたオルガがコホンと咳払いする。オルガの殺気を感じて公爵は再びソファに腰かけた。


「一体何の話ですかな? リールの街が一体何の関係があります?」

「民間の事業者を隠れ蓑にしてオールブライト王国から多くの鉄筒を輸入していることも分かっています」

「なんだと⁉ 貴様⁉ どこからそれを!」


ガシッと興奮する公爵の首根っこをオルガが掴んだ。


「落ち着いてください。公爵閣下。我が妹に指一本触れたらどうなるか……?」

「おい! 無礼だぞ! 私は公爵だ!」


喚く公爵を無視してフェリシーは書類をめくる。


「こちらがオールブライト王国内の業者との国際取引の契約書です。民間事業者に偽装していますが、資本はマルゴワール公爵家のものですよね? また、機関車の新燃料開発と称して火薬を作らせている証拠も得ました。なぜこれだけの量の火薬が必要なのでしょう? もしかしたらオールブライト王国から輸入した鉄筒のため……でしょうか?」


瞬き一つせずにフェリシーがまくしたてる。


公爵は混乱して真っ赤な顔で喚き散らしているが、オルガが人差し指一つで首根っこを押さえつけているために手足はジタバタするものの立ち上がれない状態だ。


その時突然、屋敷の外が騒がしくなった。忙しい靴音がしたかと思うと応接室の扉が開いて家令らしき男性が叫んだ。彼の手には一枚の書類が握られている。


「だ、旦那様! 家宅捜索だと王宮の公的監査部がこちらを!!」

「な、なにっ⁉」


涙目になっている公爵が家令から書類を受け取った。中を開いた公爵がぶるぶると震えだす。恐らく捜査令状だろう。さすがベアトリス、仕事が早い。


「おい! 書斎の隠し金庫にある書類を急いで隠せっ!」

「旦那様っ、いけませんっ!」


叫ぶ家令の背後からフェリシーの義兄、つまりベアトリスの夫であるディディエ・フォートレル宰相が現れた。


「隠し金庫にある書類ですね。ありがとうございます。探す手間が省けました」


マルゴワール公爵は膝から崩れ落ちた。

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― 新着の感想 ―
危ないところだったね 戦争が起これば全く関係のない一般人にまで それが広がるからやだね 本当に
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