革命の歴史
「久しいな。料理屋はどうだ? 繁盛しているのか?」
「はい。おかげさまで」
国王はソファに寄りかかり鋭い視線をフェリシーに向けた。
艶やかな長い黒髪を後ろで一つに束ね、切れ長の赤い瞳は眼光鋭い。純白の礼服を着こなす威風堂々とした美丈夫である。
(魔族というのは美しい種族なのかしら?)
優雅に紅茶を飲む国王の姿に目を奪われたフェリシーは、珍しく本題から外れたことを考えた。
「クロードは役に立っているか?」
向かいあうソファでフェリシーの隣に腰かけていたクロードは自分の名前を聞くとサッと立ち上がり床に跪いた。
「国王陛下。クロード無しでは料理店も立ちゆきません。私も姉たちもクロードを頼りにしています」
「そうか」
満足そうに頷いた国王は跪いて俯いたままのクロードに声をかけた。
「クロード、お前は変わったな。よくやった。グレゴワール伯爵家によく仕えるのだぞ」
「はっ、父上」
恐らく生まれて初めて父親から優しい言葉をかけられたクロードの目は潤んでいる。しかし、ここで涙を見せると国王は再び『軟弱者』と罵るかもしれない。
クロードはぐっと歯を食いしばると、顔を上げて再びフェリシーの隣に腰かけた。
「手紙にも書いたが、マルゴワール公爵家が賠償金の返還を渋っているのだ」
「クロードに二度と近づかないと約束したのにそれを破ったからですね?」
婚約破棄と怪我の慰謝料として国王がマルゴワール公爵家に支払った莫大な賠償金は、エミリアが接近禁止命令を破りクロードに近づいた場合、全額返却するものと契約書に明記されていたのをフェリシーは覚えている。
「ああ。こういうこともあろうかと契約に記しておいて良かった。俺の部下が偶然リールの街でエミリアを見かけて一部始終を目撃していた。他にも証言者がいる」
エミリアは接近禁止命令が出されてもクロードを見かけたら近づかずにはいられないだろう。それを見越しての契約だ。部下が偶然見かけたなんてあり得ない。エミリアを見張っていたのかもしれない。もしくはリールの街に気になることがあるのか? やはり油断ならない。
フェリシーは忙しく頭を働かせた。
「マルゴワール公爵家は有力な貴族だが、あいにく俺と仲がよろしくない。知っているな?」
「はい」
*****
今から百年以上も昔の話だ。
アキテーヌ王国の王都でいきなり大勢の暴徒が王宮になだれ込み、国王一族を惨殺する事件が起こった。多くの貴族は一目散に逃げだし、自分の領地で防御線を張った。
王族を守る近衛騎士団、王宮を守る衛兵、国を守る国軍兵士、何重もの壁に守られていたはずの王族が逃げ出すこともできず一方的に殺害されたのだ。
彼らは『革命軍』を名乗り、数の力で王政を破壊し民衆が主権を握る共和政への移行を訴えた。
しかし、革命の流れは王都を超えて広がりはしなかった。多くの国民は地方領主の下でこれまで通りの生活をすることに満足していたため、国の体制をひっくり返すような動きにはならなかったのだ。
王都を制圧した『革命軍』は数年後には完全に崩壊した。互いに殺し合いを始めて自滅したのである。
しかし、国王一族はもういない。有力貴族の間で権力争いが勃発するのを当時のフォートレル宰相は懸念していた。
革命の直前、国王の弟がたまたま外交使節団を率いて魔族の国に滞在しており、虐殺から逃れ生き残っていた。
革命軍が瓦解した後、王宮ではマルゴワール公爵が次期国王になるべきだと担ぐ貴族の一派がいた。
しかし、国王としての資質に欠けると思ったフォートレル宰相は、王弟を連れ戻し国王の座に据えて国を立て直す決意をしたのである。
だが、元々変わり者の王弟は兄家族の死を悼みつつも魔族の国での生活を望んでいた。魔族の女性との間に赤ん坊まで生まれていたのである。
『人間よりも魔族のほうが分かりやすい。魔族と精霊族は嘘をつかないし腹の探り合いなどないからな。人間の国に戻るのは面倒くさい』
嫌がる王弟をフォートレル宰相は必死に説得した。
『仕方ないな……。では魔族との間に生まれた息子を次期国王にすること。魔族、精霊族、獣人族への差別的な扱いは法律で禁じること。俺は人間の女とは絶対に結婚しない。この三つを保証してくれるなら戻って国王になってもいい』
フォートレル宰相はそれらの条件をのむしかなかった。
王弟の子供を産んだ魔族の女性は人間の国に来ることを拒み、王弟は赤ん坊だけを連れてアキテーヌ王国に戻ってきた。
貴族の反発を避けるため、フォートレル宰相は赤ん坊が魔族の血を引いていることに箝口令を敷いた。今でもごく一部の人間しか知らない機密事項である。
その赤ん坊が現国王の父親、つまりクロードの祖父にあたる。魔族の特徴である黒髪と赤い瞳だけでなく、性格も魔族に近い超合理主義者であった。
彼の薫陶を受けた現国王も実力主義者であり、三人いる息子の中で最も実力のある者を後継ぎにすると宣言している。
第三王子クロードは早々に脱落したが、第一王子カミーユ、第二王子シャルルのどちらを王太子にするか国王は明言していない。
もう少しで国王になりそこなったマルゴワール公爵家は、当初一番御しやすそうなクロードとエミリアを婚約させ彼を王位につけることを目論んでいた。
それが失敗した現在も王宮内に派閥を作り、虎視眈々と権力の座を狙っている。
王子のどちらかに肩入れすれば国王がその逆を選ぶと悟ったマルゴワール公爵は、どちらの王子を支持するかを表明していない。
現状、マルゴワール公爵が国王にとって最大の政敵であることは間違いないのである。
*****
「フェリシー・グレゴワール、マルゴワール公爵から賠償金を奪い返してこい。あいつらが何かたくらんでいたら、それもついでに探ってくるんだ。クロード、お前もだ。いいな」
この国王に抗弁しても結果は変わらない。フェリシーは顔色一つ変えずに落ち着いている。
「かしこまりました」
「御意」
フェリシーとクロードは揃って頭を下げた。