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つまらない

友達ゼロ人のエマニュエルはその後しばらく姿を見ていない。


「案外、苦労しているんですかね?」

「どうかしらね?」

「それで国王陛下との謁見はどうなりました?」


フェリシーとクロードは開店前の掃除をする手を休めることなく会話を交わす。


「今度の定休日に王宮に行くことになったわ。クロードも来てくれる?」

「当たり前です! 元々俺のせいなんだからお嬢一人に背負わせませんよ」

「クロードのせいじゃないわ。あなたのことがなくてもいずれこういう命令はきたと思う。あの国王陛下は使える者は容赦なく使うから。その分、それなりに要望も聞いてくれるし、いいのよ」


クロードの表情が切なそうに歪んだ。


「俺は……何があってもお嬢さまについていきますから。東洋には一蓮托生って言葉があるって教えてくれたのはお嬢さまですからね。何があってもお守りします」

「…………」


フェリシーの顔色は変わらない。何を考えているのか分からないところは通常運転だ。


どんどんどん


まだ営業までには時間がある。行列もできていない開店前の店の扉を叩く音がした。


「あのっ! すみませーん!」


聞き覚えのある声がしてフェリシーとクロードは顔を見合わせた。


「「エマニュエルさん!」」


***


「どうぞ」


クロードが差し出したのは温かいホットチョコレートだ。


ミルクとクリームにたっぷりのココアと少しの黒糖を加え、鍋で温めよく混ぜる。そこに小さなダークチョコレートの欠片とマシュマロを加えた濃厚なホットチョコレートだ。


「ありがとうございます」


ホッと息を吐いて一口すすると「美味しい…」と感動した様子で呟いた。


「それで今日はどのような?」


フェリシーの隣に座るクロードが、向かい側のエマニュエルに尋ねた。


「あ、あの、僕は両親を連れて出かけました。ですから、この店で見合い相手を紹介してください」

「どちらに行かれたんですか? ご両親は楽しまれましたか?」

「劇場に連れていったんです! 今話題になっている『精霊姫の百合』という……」

「人気作のようですね。それでご両親は楽しまれましたか?」


クロードが横目でちらりとフェリシーを見ながら尋ねた。


「ええ。僕は面白いと思ったんです。人間と精霊族の姫君が恋に落ちる話でロマンチックだなぁって。実話に基づいているって聞いたんですが、本当なんでしょうかね? 精霊族の国は固い結界に守られていて人間の国とは一切関わりと持とうとしないって聞いていますし」

「さぁ、どうなんでしょうね?」


黙っているフェリシーに代わってクロードが答える。


「それでご両親は楽しまれましたか?」


クロードが質問を繰り返すとエマニュエルは苦虫を噛みつぶしたような顔になった。


「劇場のチケットは安価なものではありません。しかも、喜んでもらいたいってわざわざ一番いい席を取ったんですよ!」


うっぷんを晴らすかのように饒舌に話し出すエマニュエル。


「母はおしゃれして出かけるようなこともない、つまらない人生だっていつも愚痴をこぼしていました。だから、劇場なら思う存分着飾れると思ったんですよ。父も原作の本を読んでいたのできっと楽しめるんじゃないかって……それなのに……」

「ご両親を楽しませるのは難しかったですかね?」


クロードが尋ねるとエマニュエルは大きく頷いた。


「まったくです! 全然感謝の気持ちがない! 劇場ではみんな高級なドレスを着ていて見栄っ張りしかいない、とか母はぶつぶつこぼしていたし。父は堅苦しくて嫌だとか。挙句の果てに両親とも『つまらなかった』って文句を言いだして……」


憤懣やるかたない、という表情でエマニュエルは続ける。


「僕だって一生懸命考えたんですよ。どこに連れていったら喜ぶかなって。お金だって沢山使った。観劇の後の食事の予約だってしていたのに『そんなに美味くない』とか『家のほうがくつろげる』とか文句ばかり。せっかくの僕の心遣いをまったく分かっていないんだ。あの人たちは!」


エマニュエルが怒りのあまりバンっと机を叩いた。


「あの人たちは楽しもうっていう気が最初からないんだ。せっかく連れていっても『つまらない、つまらない』と……。なんて傲慢なんだ! そんな人間が楽しめるはずがない!」

「まぁまぁ」


宥めるクロードの隣で黙っていたフェリシーが口を開いた。


「あなたは遊びに誘われた時に、その方の心遣いを分かって感謝しましたか?」


強い衝撃を受けたようにエマニュエルの動きが止まった。


「そ、それは……」

「楽しもうという気がないと楽しくないのは当たり前ですね。あなたはどうでしたか? 誘ってもらったことを感謝して楽しもうとしていたら楽しかったかもしれない。楽しい時間を共有する友人ができていたかもしれない。そうではないですか?」


体がどんどん重く沈み込んでいくようにエマニュエルの姿勢が悪くなる。


「それは……確かに……その通りかもしれないけど」

「あなたを誘ってくれた人だって一生懸命あなたが何を喜びそうか考えてくださっていたかもしれませんよね?」

「……はい。そう……ですね」


ぼんやりとした表情でポケットからハンカチを取り出し、額を拭う。


「誘うほうの苦労を経験してどう思いました? もし相手が『時間の無駄だ』なんて考えていると知ったらどう思いますか?」

「それは……」


エマニュエルはがくりと肩を落とした。


「そうか……。傲慢なのは僕も同じだったんですね。相手の気持ちをまるで考えていなかった」


そのまま誰も何も喋らない沈黙が続いた。その沈黙を破ったのは表情筋が機能不全のフェリシーである。


「ご両親は楽しまれなかったようなので、今回お見合いを紹介することはできませんが、また別な場所にご両親を誘って……」


フェリシーの言葉をエマニュエルは遮った。


「いえ。僕の場合は見合い以前の問題だと分かりました。まずは人間関係を築く努力をしないといけない。両親に本当に腹が立ったんです。こんな人間のクズにはなりたくないとすら思ったのに、僕自身が同じことをしていたんだなって……頭をガンと殴られたような衝撃でした」

「そうですか」

「結婚も相手がいます。人の気持ちをもっと勉強しなくてはいけないと自覚しました。まずは友達を作ることを目標にします。結婚を考えるのはその後です」


クロードが安堵したように胸に手を置いて息を吐いた。


「そうですね! まずは友達から。それがいいと思いますよ。職場の同僚とか身近な人たちと親しくなったらどうですか?」

「あいにく今は出向していまして、ほぼ一人での作業なのですが」

「出向? そりゃ大変ですね。どちらに?」

「リールです」


リールの街といえば最近香辛料を買いにいったばかりだ。


「王都の隣町ですね。どんなお仕事をされているんですか? さしつかえなければ……」

「全然問題ありません!」


よくぞ聞いてくださった!とばかりに胸を張ってエマニュエルが話し始めた。


「僕はリールと王都をつなぐ機関車の動力源開発の主席研究員なんです。石炭に代わる燃料の研究というか……。まぁ、そういうわけで、しばらくリールで仕事しています」

「へぇ、リールには美味しいアップルパイの店もありますよ」

「いいですね。教えてください」


クロードとエマニュエルが話している最中もフェリシーは俯いてじっと何かを熟考している。


「お嬢さま、どうされました?」


フェリシーは顔を上げるとまっすぐにエマニュエルを見つめて口を開いた。


「石炭に代わる燃料についてもっと教えていただけますか?」

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― 新着の感想 ―
基礎はわらべのうちに学べ 人のためを思ってと言うと難しいですが子供の頃はできるんですよね そしてそれを習慣づけて 徐々に徐々に年を取った時 自分の特殊技能になる 全ては子供のうちの考え方 喜ばせること…
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