友達ゼロ人
「あの、お見舞い……じゃなくて、お見合いを申し込みたいんですが……」
一人客の若い男性が会計の時にクロードに話しかけてきた。真面目そうでちょっと堅物な印象の客だ。
「はい。かしこまりました。ではこちらの用紙に名前、連絡先、お相手に希望する条件をお書きください。掲示板の注意事項を必ず読んでくださいね。また必ずしもお見合いのご要望をお受けできるとは限りませんのでご了承ください」
クロードがにこやかに説明すると男性客の顔が曇った。
「それはあまりにモテないと受けつけできないってこと?」
「いいえ、違います。例えばお相手に希望する条件が現実的でなかったり、他にもいろいろ……。こちらで判断させていただきます」
「僕みたいなのも申し込めるかな?」
「それは後ほどオーナーが判断いたしますので……」
「僕は友達がゼロ人なんです。今まで恋人はもちろん友達もできたことがありません。子供の頃から遊びに誘われても『時間の無駄だ』って思ってずっと断っていたら、誘ってくれる人がいなくなりました。でも、親からはそろそろ結婚しろと言われ、どうしたらいいのか分からなくて……友達がゼロ人でもいいっていう女性を紹介してください!」
何か面倒くさい話になりそうだ。断ったほうが無難かもしれないと思いつつその客を待たせたまま厨房に行くと、ちょうどフェリシーがどこかから届いた手紙を読んでいるところだった。
「……お嬢さま、あの……」
読んでいた手紙を折りたたんで封筒に戻すと「なに?」とフェリシーがクロードを振り返った。
「えっと、今申し込みされたいというお客様が……」
事情を説明するとフェリシーが立ち上がってエプロンを外した。
「私が直接お話しするわ。個室にご案内して」
*****
「お名前は?」
「エマニュエル・ジュペといいます」
「お客様はお見合いをご希望だと伺いました。友人が一人もできたことがないそうですね?」
「はい。そう言ったらさっきの店員さんも難しそうな顔になりました。やっぱり無理でしょうか?」
「人に誘われても時間の無駄だから全部断っていたと?」
「ええ。実際そうじゃないですか? 気を遣うし疲れるし。楽しいことなんて滅多にないですし。遊びになんて行くより勉強していたほうがずっと有意義だ」
「勉強は役に立ちましたか?」
「はい! おかげで今とてもやりがいのある仕事ができています。技術者として新しい機関車の動力源開発に取り組んでいるんですよ!」
誇らしげに胸を張るが、フェリシーは相変わらずの無表情で言葉を続けた。
「ご家族は?」
「両親と三人で暮らしています。兄弟はいません」
「では。ご両親をどこかに誘ってください」
「どこかに? どこに?」
「それは自分で考えてください。両親に『どこに行きたい?』と聞くのも無しです」
「え⁉ なんのために?」
「それが当店で見合いを受けつける条件です。ご両親をどこかに連れ出して楽しませてあげてください」
「え? それだけでいいんですか?」
「はい。楽しませるんですよ? 私はあなたがウソをついたら分かりますから」
「またまた~」
エマニュエルはフェリシーが冗談を言っていると思ったらしい。思わず笑い出したがフェリシーの冷ややかな視線にぐっと口を閉じた。
「えっと、それでは両親をどこかに連れていけばお見合いさせてくれると?」
「全部自分で計画してご両親を楽しませてあげてください」
「意味不明だけど……分かりました。そうしたらお見合いさせてくれるんですね?」
「はい」
不得要領な顔をしつつもエマニュエルは弾む足取りで店を出ていった。すぐに見合いできると思ったのかもしれない。
「そんなに簡単だと思わないほうがいいのに」
フェリシーは呟いた。
***
厨房に戻るとデザートと飲み物の配膳を終えたクロードが、下げた食器を洗っているところだった。
「ごめんなさい! 一人でやらせちゃって」
フェリシーも急いで加勢に入る。
二人で手早く洗い物を終えるとクロードは他の客の様子を確認する。全員楽しそうに談笑しているのを見て安堵の息を吐いた。
「しばらくは休憩できそうですね。あのお客さんはどうなりました?」
フェリシーが彼に出した条件を説明するとクロードは目を丸くした。
「え⁉ そんな条件で見合いを受けたんですか? 友達ゼロ人で誘われても時間の無駄、なんていう人は絶望的に結婚に向いてないですよ!」
「そうね。でも、ご両親を楽しませるのは結構大変だと思うわ」
「まぁ、お嬢がそう言うなら……」
その時帰る準備をして立ち上がった客がいた。クロードは急いで会計に走る。
厨房に戻ってきた時、フェリシーは再びさっきと同じ手紙を読んでいた。
手紙を読んでいるフェリシーの顔つきはいつもと変わらないが、若干緊張している雰囲気も伝わってくる。不安になったクロードが思わず尋ねた。
「お嬢さま、大丈夫ですか?」
「え? もう待っているお客さんはいない?」
「いません。そろそろ閉店時間ですし。それより……その手紙はどこからですか? ずいぶん立派な封筒と紙に見えます。それに……封蝋が王家の紋章に似ているようですが」
不意を突かれたようにフェリシーがクロードの顔を見つめた。
「さすがね。ええ。これは国王陛下からの手紙なの」
「え⁉ 何故お嬢さまに……?」
「頼みごと……というか、命令というか……」
「また無理難題を押しつけられているんじゃないでしょうね? 俺のせいで……」
間髪入れずにフェリシーは答える。
「クロードのせいじゃないわ。心配しないで」
「内容を教えてはもらえませんか?」
「…………」
「教えてもらえないということはあり得ないくらいの無理難題なんですね。俺が責任を感じて自分を責めるのが忍びないから教えられないということですね?」
「え⁉ いや、それはうがちすぎよ。そこまでの無理難題っていうほどでも……」
「だったら教えてください」
いつになく強気でクロードが迫るとフェリシーは能面顔のままこくりと頷いた。