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直談判

ぎゃんぎゃんと喚く公爵令嬢を無視し、フェリシーは王子の手を引いて姉のオルガの元に走った。


訓練中だったがオルガはすぐにフェリシーの話を聞いてくれた。


『これは……酷いな。古い痣や傷が幾つもある。常習的に暴力を振るわれていたのだろう』


オルガの顔が辛そうに歪む。


『オルガ姉さま、国王陛下に直談判しにいきます。このままだとこの子は殺されてしまいますわ』

『フェリシー、この方は第三王子のクロード殿下だ』


オルガは心配そうにフェリシーの頭を撫でた。他の人間に聞かれないように耳元でフェリシーに囁く。


『前に話したな? アキテーヌ王国の王族は魔族の血を引いている。だから常識というか感覚が人間とは違う。グレゴワール家の四姉妹のことは気に入ってくれているようだが……。気をつけろ。何を問われても慎重に答えるんだぞ』


魔族の血筋のことは重大な秘密だとオルガから聞いている。だが、感覚が人間とは違うってどういうことだろうとフェリシーは考えた。


『やはり私も同行しよう。そのほうが……』

『いいえ。姉さま。近衛騎士団団長代行の任を受けたばかりの方が簡単に持ち場を離れてはいけません。私は大丈夫です。姉さまは訓練に戻ってください』

『そうか、副官にお前たちを陛下のところまで案内するよう伝えるから』


躊躇いつつもオルガは訓練に戻っていった。


***


『グレゴワールの四女が⁉ 面白い! 通せ!』


幸い国王はすぐにフェリシーとクロードに面会してくれた。その間、クロードは虚ろな目で黙ってフェリシーについてくるだけだった。


フェリシーは理路整然とエミリアとクロードについて伝えたが、国王は面白くなさそうに鼻を鳴らしただけだった。


『それで? 私に何をしろと?』

『クロード殿下は悪くありません。虐待から守ってあげてください』

『……守る、ねぇ。自分のことくらい自分で守れないようでは王族など務まらないだろう?』


フェリシーは驚いて言葉が見つからなかった。これがオルガの言っていた人間の感覚とは違う、ということなのだろうか?


『でもクロード殿下はまだ子供です! お父上である陛下が……』

『俺は実力主義でな。能力のない息子はいらない。自分を守れない者は死ぬのみだ』


国王がにやりと笑う。


『ではせめてお母君に……』

『おや、知らなかったのか? 俺に正妃は要らん。妃などという地位を与えるとその一族が増長するからな。子供を産んだ後は王宮からお引き取り願ったよ』


(正妃がいないとは聞いていたけど……。ここまで話が通じないとは思わなかった)


フェリシーが冷静にどう反論しようか考えていたところ、国王から思いがけない提案があった。


『ただ、グレゴワール四姉妹には興味がある。仲間意識というかね。君たちは嘘がつけない上に面白い異能を持っている。料理が得意とか、そんな表面的なことではない。君の異能はなんだい?』


ギクリと心臓が嫌な音を立てる。フェリシーはため息をついた。オルガが警告したのはこういうことか。


『……私は人の嘘や悪意を感知することができます』

『ほぉ』


国王は頭を忙しく働かせて考えごとをしている。この能力が彼にとって有用だと思われれば交渉はうまくいくかもしれない。


『身体強化のオルガ、数字のベアトリス、言語のアリーヌとはまた違った異能だな。国の役に立てるか? 姉たちのように?』

『…………』

『だんまりか。まぁ、いいだろう。それに直接会って分かった。君は他にも混じっているな? オルガたちとは違う魂の色をしている。非常に興味深い』

『…………』


フェリシーが沈黙を貫くことに決めたので、国王はつまらなそうに隣のクロードに目を向けた。彼は虚ろな目でぼーっと立ちすくんでいる。


国王は深くため息をついた。


『残念ながらクロードに国の役に立つ才はなさそうだ。だが、マルゴワール公爵家との婚約は破棄し、こいつは君にくれてやる。ただし、君は生涯国のために働くと約束しろ』


どうせクロードのことがなくても同じことを要求される。だったら彼を助けられるだけ今条件をのんだほうがいい。


『はい。承知いたしました』


国王は約束を守り、マルゴワール公爵家に婚約破棄と怪我の慰謝料として莫大な賠償金を支払い、クロードを自由にしてくれた。ただ、エミリアには接近禁止命令を出し、破った場合は賠償金を返却するという条項が入っていたはずだが……。


その後、クロードはフェリシー付きの従者となった。心も体も壊されてしまったクロードを癒すのは簡単ではなかったが、時間をかけて今のような関係を築くことができたのだ。


簡単に昔のトラウマを蒸し返そうとするエミリアは絶対に許せない。


*****


「ま、いいわ。今日はこのくらいにしておいてあげる」


余裕の表情で踵を返すエミリアの後ろ姿に怒りが収まらずフェリシーの瞳の表面に涙の膜ができる。


「お嬢さま、申し訳ありません……」

「いいのよ! あなたはぜんっぜん悪くないから! あの女のせいでせっかくの楽しい一日を台無しにされて悔しいだけだから…………なんでそんな顔するのよ?」


意外にもクロードは満面の笑みを浮かべていた。こんなに幸せそうな顔を初めて見る。


「だって、あのお嬢さまがこんなに悔しそうな顔をして泣いてるんですよ。俺のために……。もう嬉しい以外の言葉が見つからない。感激ですっ!」


顔が嬉しそうに緩みきっている。


「……そのしまりのない顔をどうにかなさい。帰りますよ」


秒で無表情に戻ったフェリシーはスタスタと歩きだした。


「はい!」


あとからついてくるクロードの靴音まで弾んでいる。


「お嬢さま?」

「なに?」

「ありがとうございます。俺はいつもお嬢さまに救われています」

「なに言ってるの。助けてもらっているのはこちらです」

「あ~、なんかホッとしたらお腹空いたなぁ」

「帰りにゆかりに寄って何か作りましょうか? 何が食べたい?」

「えーっと、じゃあ、おにぎり! 久しぶりに焼きおにぎりがいいかな?」

「いいわね! こんがりと焼いたおにぎりを器に入れて、鯛の刺身と薬味をのせて熱々のだし汁を注いだ『焼きおにぎり鯛茶漬け』はどう?」

「お嬢~、それめっちゃ食べたいです~」

「分かった。じゃあ作ってあげる」

「やった~!」


クロードの笑顔に陰りはない。


(彼女に会ったせいでしょげてなくて良かった)


フェリシーは心から安堵した。

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― 新着の感想 ―
なるほど 魔族ということは悪魔の血を引いている しかしそれが本当に美しい心の人間に魅了されたということだね 悪魔が人間の魂の輝きに魅了される彼らは何も求めない ただその美しい輝きを 永遠のものにしたい…
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