出会い巡り合い
「こんにちは。今日は来てくれてありがとう!」
緊張した面持ちで挨拶をするアルノーは、まっすぐにレオンハルトを見つめている。アルノーの瞳は喜びで潤んでいるように見えた。
「えっと……アルノー、ごめん、実は僕、男だったんだ……。本当の名前はレオンハルト・アスランといいます」
レオンハルトは顔をくしゃくしゃに歪めながら告白した。アルノーの顔を見るのが怖い、というように両目を固く閉じている。
アルノーはふっと微笑みを浮かべると、レオンハルトに近づいて両手で彼の手を握った。
「知ってたよ。そんなの」
「「え⁉」」
レオンハルトだけでなく、その場にいたクロードも変な声が出てしまった。
「もちろん、レオンティーヌ、いやレオンハルトはドレスもとても似合っていて可愛かった。でも、なんでいつもご婦人用のドレスを着ているのかな?って不思議だったけど」
「それは……僕が女性に見えなかったってこと……?」
レオンハルトの顔が青ざめる。
「いいや、僕も最初は君が女性だと信じて疑わなかったよ。君に見惚れている男は沢山いたし、とても綺麗だった。でも、一緒に図書館で話をしたり、ランチを食べたりしたときに君の首元がちょっとずれて喉仏が見えたしね。ご婦人の衣装をきている理由をいつか教えてくれたらいいなって思っていたんだ」
「えっと、えっと、君は僕に告白してくれたよね? あれは男だって知っていて……?」
「ああ、そうだよ」
アルノーは照れくさそうに鼻の頭を掻いた。
「ごめん。ちゃんと伝えれば良かった。僕は生まれて初めて心が躍ったんだ。あんなに楽しく本の話ができる人は初めてだった。この人とずっと一緒にいたいって思った時に、男とか女とか関係ないなって……。ごめん。きっと僕のほうが気持ち悪いね」
「いや、そんなことない!」
レオンハルトが初めて大きな声を出した。
「僕も! 僕も同じように思っていたんだ! こんなに話が合う人は初めてだって! きっともう一生巡り合えないって! こんな出会いがあるなんて奇跡だって!」
「それはまったく同意見だよ。……それで君はどうしたい? レオンハルト?」
「えっ⁉ どうって……」
『戸惑いながらも頬を紅潮させるレオンハルト様の初々しさたるや⁉』と内心どきどきしつつ、フェリシーは心の中で『頑張れ!』と声援を送る。無論、表情筋は一ミリも動かない。
「今の世界では不利なことのほうが多いと思う。これが恋愛感情なのかも分からない。でも、それを二人で見つけていきたいんだ。どんな結末になろうと、今君と離れたくない。ずっと一緒にいたいんだ。それを伝えたくて君のことを必死に捜したんだよ!」
アルノーの言葉に迷いはない。彼の真剣な眼差しに応えるようにレオンハルトの瞳の表面が涙で煌めいた。
「僕も……君と同じだ」
しぼりだすように叫ぶと目尻から一筋の涙がこぼれ落ち、それをアルノーが指で拭う。
じっと見つめあう二人に向かってフェリシーとクロードがバチバチと拍手を送った。
「「はっ⁉」」
すっかり二人きりの世界に浸っていたアルノーとレオンハルトは湯気が出そうなくらい顔を真っ赤に染めた。
「す、すみません! すっかり……その、存在を忘れてしまって……」
アルノーが直立不動で頭を下げる。
「い、いえいえ。俺らこそ、その、出ていくタイミングを失ってしまって……」
「これからお二人のために特別な祝い膳を調理させていただきますのでお待ちください」
相変わらず無表情のフェリシーがスタスタと個室から出ていく。
「あ、すみません! うちのシェフは愛想がなくて……」
クロードが慌てて口添えするが、アルノーは声を立てて笑った。
「ベルナデットから聞いている通りですね。でも、心から祝ってくださっているのを感じますよ。とても嬉しいです。ありがとうございます」
***
クロードが厨房に戻るとフェリシーが甲斐甲斐しく包丁を振るっているところだった。
両側に取っ手のある丸くて平底の鉄製鍋を火にかけ、ボンバ米という粒の大きな種類のコメをスープストックとトマトソースで煮込んでいる。サフランも加えたようでなんともいえない良い香りが厨房に漂う。
そこに細かく刻んで炒めた玉ねぎ、マッシュルーム、海老、貝類を加え、さらに鯛を丸々一匹のせると大きな蓋をかぶせた。
パエリアと呼ばれるフェリシーが開発した料理が炊き上がるのを待つ間に、手早くサラダとスープを準備する。
デザートも同じトレイで持っていくようだ。甘さ控えめでカカオ成分が多めのチョコレートブラウニーの上にクリームと金箔で美しく飾りつけをする。
パエリアが完成すると堪らない良い匂いが厨房に充満した。
「うわ~、美味そうな匂いですね!」
「二人に幸あれ、祝い膳よ。鯛というのは古来『めでたい』に通じるし、特に尾頭付きは物事の成就を願う象徴とされているの。鯛の赤もおめでたい色の紅白みたいで縁起が良いのよ」
相変わらずモノトーンで無表情だが頬は紅潮し瞳には光が宿る。クロードは思わず口を押さえて噴き出した。
「お嬢さま、お幸せそうですね」
「私じゃないわ。アルノー様とレオンハルト様に幸せになっていただくのよ」
「はいはい。二人に取り分けてもらえばいいですかね?」
「ええ。鍋が熱いから気をつけてね」
二人は『めで鯛』パエリアを堪能したそうだ。
「魚介は元々好きなんですが、あんな大胆な料理は初めて食べました」
「ものすごく美味しかったです! レオンハルトなんて三杯もお代わりして!」
「君だって四杯も食べていたじゃないか!」
すっかり綺麗に完食された鍋を見てフェリシーは満足げに鼻を鳴らした。
二人は何度も振り返って手を振りながら帰っていった。
*****
その後、レオンハルトは王宮図書館に就職が決まったらしい。引きこもり解消だとアスラン伯爵家では大喜びだとか。
「二人が同じ職場で働くようになるなんてね。一応、今回の見合いも成功、ってことですかね?」
クロードが首を傾げた。
「未来は分からないけど、お二人の今後の幸せを祈るだけよ」
「そうですね。それで、約束は覚えていますよね?」
「約束?」
「今度の定休日のデートですよ!」
「デート? ああ、買い出しね。もちろん、覚えているわ。荷物持ち、お願いね」
「へいへい……」