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お茶会

「え? 貴族でそんな名前の方は聞いたことないわ!」


グレゴワール伯爵家の三女、情報通のアリーヌにレオンティーヌ・バロワンという女性を知っているか尋ねた際のフェリシーへの返答である。


「そうなの。アルノー様も主催者を含めいろいろな方に尋ねたけど、誰も知らないって……」

「アスラン伯爵家でのパーティに招待されたのよね?」


顎に手を当てながらアリーヌは考え込む。


「アスラン伯爵家には娘と息子がいるのだけど、そういったパーティを主催しそうなのは姉のカロリーヌね。弟は引きこもりで社交の場にもほとんど出てこないらしいから」


アリーヌが断言するとフェリシーは頷いた。


「アルノー様はカロリーヌ様にもレオンティーヌ様のことを尋ねたそうですが、まったく知らないと」

「……ということは私たちが尋ねてもきっと『知らない』という返事が来るだけでしょうね?」

「そうですね。でも、姉さま、貴族の屋敷で開かれるパーティに素性の分からない人間を招待するでしょうか?」

「しないわね。だから都合が悪いことがあるんじゃないかしら?」

「都合が悪いことって?」

「当然、探りにいくしかないでしょ?」


アリーヌはにやりと笑った。


***


「まさか有名なグレゴワール伯爵家のお二方が当家のお茶会に来てくださるなんて! 大変光栄ですわ! ねぇ、皆様!」


主催者のカロリーヌ・アスラン伯爵令嬢は誇らしげにテーブルに座る令嬢たちを見回した。


「こちらこそご招待いただきまして誠にありがとうございます」


アリーヌが上品に頭を下げる。隣に座るフェリシーも黙って会釈をした。相変わらず表情筋は死んでいるが、ピンクがかった金髪に似合うラベンダー色のシフォンのドレスを着ているとまさに妖精姫という印象だ。ちなみに今日は『ゆかり』の定休日である。


グレゴワール伯爵家の異能四姉妹は有名だが、彼女たちが人前に姿を見せることは滅多にない。それどころかどんな異能を持っているのかもほとんど知られていない。神秘のベールに包まれた存在なのである。


フェリシーが料理屋をしていることは秘密ではないが宣伝もしていない。知る人ぞ知る、という店なのでカロリーヌも恐らく知らないだろう。


「ところで皆さま、妹のフェリシーはあの国王陛下のお声がかりで料理屋を営んでおりますの」


しばらく談笑をした後、アリーヌは『ゆかり』の話を始めた。


「ご存じかもしれませんが、フェリシーは王宮で開かれた料理の国際競技会で優勝いたしました。いずれ王族専属の料理人になるため修業の一環として店を開いたのですわ」

「王族専属の料理人⁉」

「まぁ、なんて素晴らしい」

「あの国王陛下のお声がかりなんて羨ましいですわ」


賞賛の声があちこちからあがる。


「毎月違うメニューを用意しているんですが今月は何だったかしら? フェリシー?」

「今月は鴨肉のお料理を用意しておりますわ」

「鴨肉ですってっ⁉」


カロリーヌが上ずった声を出した。彼女の大好物であることはリサーチ済みである。


「はい。特に鴨鍋がお勧めですわ。鴨とネギだけのシンプルなものですが鴨肉のうまみと甘みが一番引き立てられると思います。乾燥させた魚や海藻を使って濃い目のスープストックを作り、醤油という調味料などで味付けして召し上がっていただきます」

「私も一度食べましたが、それはもう鴨肉が柔らかくてジューシーでコクのある味も堪らなかったですわ!」

「そ、それは美味しそうですわね……。どちらのお店か伺ってもよろしくて?」


ゴクリと喉を鳴らしたカロリーヌはまんまと釣られた。


そして特別に『ゆかり』の個室に招待されることになったのである。


***


「大変美味しかったですわ。ご馳走様でした」


会計をする侍女に手際よくお釣りを手渡すクロードに向かって、カロリーヌは愛想よく礼を言った。


「喜んでいただけて光栄です」

「私までご馳走になってしまって……。信じられないくらい美味しかったです! お嬢さまもありがとうございます」


個室で人目にはつかないしせっかくなので…と侍女も食事を一緒にとった。『使用人の分際で』と言わずに侍女の同席を許したカロリーヌは心が広いのかもしれない。


「いいのよ。でも、他の者には言っては駄目よ」

「はい! もちろんです!」


カロリーヌは微笑みながらクロードに話しかけた。


「個室は特別な時にしか使わせてもらえないのでしょう? この店を知っている友人がいて大層羨ましがられましたわ。フェリシー様のおかげですわね。どうか御礼をお伝えくださいまし」

「かしこまりました。ただいま厨房が忙しくご挨拶できずに申し訳ありませんと詫びておりました」


クロードもにっこりと笑顔を作る。彼の赤い瞳を見ながらカロリーヌは尋ねた。


「ところで、どうしてあなたのような方がこんなところで働いておられるのですか?」


困ったようにクロードは頭を掻いた。


「いや、俺はお嬢さまと一心同体というか、お嬢さまの行くところにはどこまででもついていくっていうか……」

「……やはり噂は本当でしたのね?」

「俺はどんな噂が流れているか知らないからなんとも……」

「そうですか」


ふと会計デスクの脇に洒落た掲示板が置かれているのに気がついたカロリーヌは、そこに貼られている一枚の紙に目を奪われた。


『本好きなレオンティーヌ・バロワンに会いたい』


一言だけそう書いてある。それを見たカロリーヌの顔が青ざめた。


「これは……?」

「ああ、これは……」


クロードが簡潔に見合いのシステムについて説明するとカロリーヌの顔色はますます悪くなった。


「あの、この店は国王陛下のお声がかりで始められたとか?」

「え、まぁ、そうとも言える、かな?」

「このレオンティーヌ・バロワンに会いたい方が……、例えば王宮で騒ぎ立てて国王陛下のお耳に入ったりするような可能性は……?」

「ないとは言えないですね」


カロリーヌの瞳は酷く不安そうに揺れている。


「このお見合いを申し込んだ方は口が堅いですか? 信用できる方ですか?」

「そうですね。基本的に信用できない人からの見合い申し込みは受け付けないか無視することにしています」


彼女は顎に手を当てて考えこんでいる。しばらく無言だったが、縋るようにクロードに目を向けた。


「あの、お見合いで実際に会ってみたら駄目だった、ということもありますよね?」

「そりゃありますよ」


カロリーヌは深く息を吐いた。


「実はこの方に心当たりがありますの。レオンティーヌ・バロワンとのお見合いは可能かもしれません」

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一体誰かな楽しみだ
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