料理屋『縁(ゆかり)』
*新連載です(^^♪ よろしくお願いします!
「いらっしゃいませ!」
明るい店内にぴったりの爽やかな声が響き渡る。
店の入り口で所在なさげに立っている客は、真っ赤なドレスに高価なアクセサリーを身にまとい髪を高く結い上げた女性……どう見ても貴族のご令嬢である。
料理屋『縁』
王都の片隅にあるひっそりとした佇まいの上品な店だ。ここは珍しくて美味しい食事を出すと評判だが、いつも混雑している理由はそれだけではない。
「えーと、個室のご予約ですね?」
黒髪に赤い瞳の男性店員が声をひそめて会計用のデスクにあった帳面を手に取りめくりはじめた。
「ご予約された時にカードをお渡ししたと思うのですが、そちらを……」
「あんなの失くしましたわ!」
個人情報が人に聞かれないようそれらを記したカードを客には渡している。わざわざ小さな声で応対しているのに、この客はまったくその意を汲もうとしない。
「友人がここで結婚相手を見つけたっていうから、今日はお見合いのためにわざわざ来たのよ。さっさとしてちょうだい!」
美形店員は形の良い眉を顰めて客の顔をちらっと見た後、再び帳面に目を落とした。
「かしこまりました。お名前は…?」
つんと鼻を上に向けると女性客は大きな声で告げた。
「ベルナデット・バールですわ」
「はい。お相手は……こちらのドニ・シャリエ様でよろしいですね? ……まだお見えになっていませんが」
「まぁ! 女性を待たせるなんて最低ですわね。女性より先に来るのが常識ではなくて⁉」
「ご予定の時間よりも三十分も早いですから……」
「なによ! 殿方なら一時間前に来ていたっておかしくないわ。酷い話ね。どうしてお友達はこんな店を勧めたのかしら!」
賑やかに談笑していた客たちの声が一瞬止まり、視線が彼女に集まった。嫌でも人目を引く赤いドレスの令嬢はぷんすか文句を言いながら個室に案内されていく。
そう、この店は出会いの縁も結んでくれると評判の料理屋で、お見合いの予約も組んでくれるのだ。
最初は普通の料理屋だったが、混雑している時に相席に応じてくれる常連客が増え、そこから続々と交際→結婚に至ったために縁結びの料理店などと話題になり、客の要望に応える形で見合い紹介を始めることになった。
といっても金は取らない。婚姻なんて偶然の産物であるのに料金を取るような約束はできないとオーナーシェフが主張したので、完全な無償奉仕という形で行っている。
店の会計デスクの近くに洒落た掲示板が置かれ綺麗な文字で注意事項が記されている。
名前と連絡先、相手に希望する条件を紙に書いて会計の時に手渡せば申し込み完了。相手に希望する条件のみを掲示板に張り出して「我こそは!」と思う人が店に申し込む。
もし相性が良さそうであれば二人に連絡し個室を予約。カードを渡してお見合い当日を迎えることになるのだ。
話題性もあり評判の店にはなったが基本的に平民向けの店だ。そもそも貴族は家同士で婚姻が決められることが多い。こんな店で見合いなんてとんでもない話…のはずなのに……。
「……大丈夫なのかね? まったく……」
高飛車に文句を言いながら個室に入っていったベルナデットの背中を見送りつつ美形店員ことクロードは呟いた。
「平気よ。何とかなるわ」
ピンクがかった金髪に紫水晶のような瞳の細身の女性が答える。妖精のような神秘的な美しさ。この店のオーナーシェフ、フェリシー・グレゴワールである。
彼女は顔色一つ変えずにボウルに卵を割り入れてハーブと調味料を加えると手際よくかき混ぜはじめた。
「あ、それから先ほども言いましたがお相手のドニ・シャリエ様は少し遅れるそうで……」
「分かっているわ。一度報告されたらそれをすぐに忘れるほど無能ではなくてよ」
「もちろん分かっていますよ。有能なお嬢さま」
バチッと片目をつぶる仕草も決まっている。
クロードと喋りながらもフェリシーは調理の腕を止めない。見事な手さばきでフライパンを振り、溶き卵に火を通しつつ丁寧にチキンライスを包んでいく。
真っ白い皿にポンと形の良いオムライスをのせると「できたわ」とトレイの上に置いた。そこには既に小さなサラダとスープが用意されている。
「早く運んでちょうだい」
「へいへい……」
「これで最後。今のところ入っている注文はないわね」
「はい。デザートと飲み物は俺一人で大丈夫です。お嬢さまはベルナデット嬢のところに行かれますか?」
「ええ。お相手が遅れることをお伝えしないと」
「お手柔らかにお願いしますよ」
「クロード、私を誰だと思っているの?」
呆れたようにクロードを見返すフェリシーはまだ十八歳とは思えないほどの貫禄がある。
「俺が世界一お慕い申しあげている美しき主君です」
すんっとした表情のフェリシーが冷ややかな視線を向けた。
「今は冗談を言っている場合ではないのだけど……?」
「はいはい。れっきとした伯爵令嬢であらせられます」
「そう。貴族令嬢として礼儀は心得ています。お客様に無礼など働くわけがないでしょう?」
「ええまぁ、そうですね。……正論ぶちかまして恐れられている伯爵令嬢ですが……」
後半は声が小さくなったのでフェリシーには聞こえなかった。クロードは肩をすくめるとトマトソースの瓶とオムライスのトレイを持って客のテーブルに向かう。
フェリシーはふぅっと息を吐いてエプロンを外した。
*読んでくださってありがとうございます(#^^#)
*今夜中にあと数話投稿する予定です!
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