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結果から申し上げれば、そこは婚姻相談所でした

作者: 瀬嵐しるん


全く馬鹿にしている。

いや、わたしが馬鹿にされている。


「悪いが、君との婚約は解消させてもらう。

私と君は愛情を持つほどには関係を深めなかったのだし、慰謝料は要らないだろう?

しかし、君が頑張ってくれた事務仕事(・・・・)に対しては、報酬を支払おう」


「……結構ですわ。

雇われたわけでもないのですし。

後は、家の執事から連絡させます。

ごきげんよう」


「え? そんなにあっさり?」


たった今、わたしに婚約解消を申し出た子爵家の令息がきょとんとしている間に部屋を出た。



玄関に急ぐと、懇意になった子爵家従僕のリュックが笑顔でコートを着せてくれる。


「お帰りですか。お疲れ様でございます」


「ありがとう。本当に疲れたわ。……婚約解消ですってよ」


「は? うちの坊ちゃんがですか?

お嬢様と婚約解消? 何を考えてるんでしょうか……」


「ふふ、従僕の貴方でも、わたしを評価してくれるのにね。

彼には響かなかったみたい」


「こう申しては何ですが、お嬢様でしたら、うちの坊ちゃんより良い方がいくらも見つかりますよ」


「そうね。それを希望に頑張ってみるわ。貴方も元気でね」


「お嬢様も。お気をつけて」


リュックが気を利かせて馬車を回してくれた。

報酬を断ったかわりに遠慮なく使わせてもらうことにして、王都の中央通りまで送ってもらう。



中央通りから一本裏道に入ったところには、少々時代がかった商店街がある。

昔はここに貴族御用達の店が並んで賑わっていたらしい。

時代を経ても勢いを失わなかった店は新しい表通りに移転してしまい、すっかり寂れてしまった。

それでも、古き良き時代を懐かしむ者たちには、ひっそりと愛されている。


気分転換に何か買って帰ろうと、わたしは馴染の本屋を目指した。

だが、その途中で一軒のカフェに目が留まる。

前に通り過ぎた時には店を畳みそうな雰囲気だったが、随分ときれいに整えられていた。


『そうね、初めての店に入ってみるのもいいかも』


そう思って扉を開ければ、明るい声に迎えられる。


「いらっしゃいませ」


「こんにちは。一名ですけど、いいかしら?」


「はい、どうぞ、こちらのお席へ」


ベテランらしいウエートレスが、丁寧に席に案内してくれた。

店内には一人客が三人いるだけで空いている。



「フルーツタルトと紅茶を」


「かしこまりました」



注文を終えて改めて店内を見回す。

それなりに広さがある店だが、奥は衝立で仕切られている。

そして、その衝立に張り紙があった。


『婚姻相談、承ります』




「お待たせいたしました。

フルーツタルトと紅茶でございます」


「ありがとう」


この辺りの街並みに相応しい、クラシックなタルトは落ち着いていて確かな美味しさ。

紅茶も丁寧に淹れられた味だ。


「ごちそうさま」


器を下げに来たウエートレスに、その場で支払いをし、ついでに訊ねた。


「あの張り紙ですけど、本当に相談を受け付けているのかしら?」


彼女は苦笑しながら言った。


「ええ、相談者を見たことはございませんが、オーナーが対応いたします」


「相談者が来たことが無い?」


「……このように、それほどお客様の多くない店の、更に目立たない場所に張り紙があるだけなので」


「なるほど……是非、ご相談したいわ」


「オーナーに知らせてまいります。少々お待ちください」


婚約を解消された日に、目立たぬ場所にある婚姻相談の張り紙を見つけたことに、わたしは何らかの啓示を感じた。

あるいは今日と言う日に、それを見たことで、むかっ腹が立ったとも言う。



案内された衝立の奥は、応接室のようにソファが置かれていた。


「ようこそ、いらっしゃいました!」


妙にウキウキした感じの若い男が迎えてくれる。

服装からすれば、貴族家の嫡男ではない令息といったところか。


「お世話になりますわ。……本当にあなたが婚姻相談を?」


わたしの言い方がきつく聞こえたのだろう。

男は急にしょんぼりする。


「……あの、何か問題が?」


「人生の大事な選択を相談するには、お若いように思いますので。

それに、この場所も。なぜ、カフェの奥に?」


「実は、潰れかけたカフェを縁あって安く買い取ることになったのです。

しかし、元の店に愛着があるというか執着がある数名の従業員から直談判を受けて。

根負けして、居抜きでカフェも続けることになりました。

でもよかったです。ここのケーキ、美味しいですもんね」


「確かに美味しかったですわ」


「でしょでしょ? なんで、前の店、潰れたんだろう?」


「味が良いだけでは、店は繁盛しませんわ。

現状として、お店を続けて行けるほどお客様は入っているのですか?」


「それは……なかなか厳しいですけど。

まあ、僕の資金が尽きるまでは数年持つかなあ、と思ってます」


なんだか情報が混線してきたような?


「立ち入ったことかもしれませんが、どうして若い男性である貴方が婚姻相談を?」


「あー、実は最近、婚姻直前に婚約破棄されましてね。

入り婿予定だったのに話が無くなって、実家に戻るに戻れず。

幸いにも慰謝料だけは、しっかりもらえたので、当てつけに婚姻相談所でも開いてみようかと。

そうしたら紹介された物件がカフェだった、というわけで」


「当てつけで婚姻相談を受けようと?」


もっとも、わたしだって八つ当たり気味に相談しようと思ったのだが。


「他に何も思いつかなかったんですよ。

自分の気持ちのままに何かしてみようと思ったら、こんなことに」


「なるほど、相談のノウハウも経験もたいして期待出来なそうですし……貴方は、考え無しな方なのですね」


「おっしゃる通りで」


「何が原因で婚約破棄されたかは存じませんが、貴方にも原因はありそうな気がしますわ。

それはともかく、このまま慰謝料が尽きるまでお菓子は美味しいけれど、先細りなカフェを経営されるのでしょうか?」


「そうなるかもしれません」


「考え無しにも程があります!

貴方はそれでよろしいかもしれませんが、一度引き受けた従業員に対して責任があるのですよ?」


「またまた、おっしゃる通りで」


「よろしければ、お手伝いいたしますわ」


わたしはピンと背筋を伸ばし、胸を張る。


「は? 貴女は婚姻相談に見えたのでは?」


「そうですわ。

わたし、もう三回も婚約解消されておりまして。

どちらのお家も、わたしの助言で経営を立て直せたにもかかわらず、口を出す女は好かないとかなんとか言って追い出されましたの」


そうなのだ。

婚約解消も三度目。

八つ当たりしても許されそうな気がする回数である。

しかも、ほんの一年の間に。



「それは、お辛い経験を」


「夢も希望も抱いていたわけでは無いので、辛くはありません。

ただただ、悔しいばかりですわ。

一年のうちに三回も! 渡る世間は屑ばかりです!」


初対面の他人相手だというのに、ついつい気持ちを口にしてしまった。

これはいけないと、謝罪しようとしたところで。


「ん? 一年のうちに、三つの貴族家を建て直した?」


「ええ。男爵家と子爵家、合わせて三つ」


その家の名を出せば、彼も思い当たった様だ。

経営が厳しいという噂が、いつの間にか奇跡の回復をした噂にすり替わった家ばかり。


「というわけで、わたし、可愛げなく経営に口を出しますけれど、損はさせません。

ぜひ、雇ってくださいな」


「婚姻相談はいいんですか?」


「貴方に相談しても、わたしの道は開けません。

でも、ここのカフェはわたしが花開かせてみせますわ。

ついでに申し上げれば、成果報酬で結構です」


「そういうことなら、お願いしてみようかな」


「承りました。では、現在働いている従業員の面接から始めますわ。

申し遅れましたが、わたしモルヴァン子爵家の娘でロズリーヌと申します。

とは言え、婚姻の予定がないので、そのうち平民になるかもしれませんわね」


「……僕は、ポワーブル伯爵家のジュストです。

僕も四男なので、家に余っている爵位を回してもらわなければ平民予定です」


「では、ジュスト様とお呼びしてよろしいでしょうか?」


「はい。僕もロズリーヌ嬢とお呼びします」


「はい、よろしくお願いしますわ」


「こちらこそ」



こうしてわたしは、カフェのコンサルタントとして働き始めた。


突如として現れた若い女に、当然、従業員たちは戸惑う。


「このお店は大変すばらしい所がたくさんありますけれども、今後も長く営業を続けるためには改善が必要です。

まずは、接客する店員の制服に独自性を持たせましょう。

ケーキのデザインも工夫が要ります。

あの店の、と思い出して、また行きたいと思わせるくらいの魅力を創っていきましょう」


しかし、問題点を明らかにし、わかりやすい解決方法を示す。

物は試しと従ってみれば、問題は改善されて行き、達成感が得られるはず。

一か月経つ頃には従業員の信頼を得て、いろいろ相談も受けるようになった。


オーナーのジュスト様は経営知識に乏しいことを自覚しており、ほとんど口出しをしない。

もちろん、必要に応じてお伺いは立てるが、ほぼ反対されない。

張り合いがないとも言えるが、意外に不満には思わなかった。


なぜなら、彼はちゃんとわたしの話を把握しており、改善の結果を必ず確認していた。

オーナーとして、日に何度かは店に出て、お客様や従業員の様子を見ているのだ。

常連のお客様の話し相手をしたり、要望を聞いたりすることもある。


素直で裏の無いオーナーは、おそらく貴族社会には向かないだろう。

ひょっとしたら婚約破棄の件も、それが影響を及ぼしたのかもしれない。

しかし、店内で気さくに話をし、小さな信頼を積み重ねていく姿は、この店のトップに相応しい。



そうして、三か月が経つ頃には店はすっかり流行っていた。


クラシック路線こそ崩さないが、ウェイトレスの制服は季節感を取り入れて変化させる。

ケーキの見た目もしかり。懐かしいけど可愛らしいと、評判が評判を呼び、甘味好きの老若男女を惹き付けた。


そんなわけで店奥にあった衝立は取り払われ、二階の一室を事務室として整えた。

オーナーは衝立の張り紙を自らはがし、婚姻相談を諦めた。


事務室にはデスクが二台と、応接セットが置かれている。

デスク一台はわたし専用だ。


コンサルタントは成功報酬と言った手前、まだ様子見の段階なのだが、四六時中その仕事があるわけでは無い。

どうせ店の様子を見て実態に即して方策を立てるわけで、帳簿も隈なく見なくてはならない。

ならば、隙間時間で普通の事務仕事もしてしまえば一石二鳥。

ちなみに、事務員としての給料は頂くことにした。


あまり商売に向いていないことを自覚しているオーナーは、頼めば計算や資料の整理などをしてくれる。

本当は依頼主で上司なのに、腰の低い所はむしろ尊敬に値する。

渡る世間の屑たちとは雲泥の差だ。


わたしがあれやこれやと、座りっぱなしで仕事をしていれば、休憩しようとお茶を淹れてくれるし、昼食時には彼の奢りで食事に連れて行ってくれる。

この仕事、快適すぎて、もしかすると辞められないのではないかと心配になるほどだ。



ある日、そんな事務室へ、ウエイターが来客を告げに来た。


「ロズリーヌ様に、お客様がお見えです」


「来客の名前は?」


オーナーが尋ねる。


「キニャール伯爵家ご子息のエタン様とおっしゃっていました。

それと他に、その子分……いえ、ご友人らしき男性が三名の計四名です。

さらに言えば、子分の一人はカルメル子爵家のご嫡男です」


ちなみにこのウエイター、わたしが最後に婚約解消されたカルメル子爵家で従僕をしていたリュックである。

店が流行って来たので新規に従業員を募集したところ、応募してきてくれた。

屑嫡男が継ぐ子爵家に愛想が尽きたそうだ。


出来る従僕だった彼は接客の基礎はバッチリ、おまけに有事の用心棒としても期待できるので、オーナーに高額報酬で雇うようお勧めした。



「ふーん、殴り込みの雰囲気?」


「いえ、……こちらを小馬鹿にするような、と申しますか」


リュックの観察眼は侮れない。要するに、注意すべきお客のようだ。


「男四人で突然訪問とは物々しいな。

万一に備えて、扉の前で待機してもらえるかな?

それから、お茶はとりあえず出さなくていい」


「かしこまりました」


わたしへの来客ということだが、ここはカフェの事務室。

招くかどうかは、オーナーの判断に任せたわたしだが、正直、告げられた親玉の名前は記憶になかった。


やがて、やってきた伯爵令息らしき人物を見ても、やはり知らない人だ。

だがもちろん、その子分たちのことはしっかり覚えている。


「後ろの三人は間違いなく、わたしに婚約解消を申し付けた方々ですわ」


「なるほどねー」


オーナーはニヤリと笑って、正面に向き直る。

珍しくワイルドな笑顔で、ちょっとときめいた。


「ようこそ、お越しくださいました。

本日はどんなご用件でしょうか?」


「突然訪ねて申し訳ない。いや、貴方に用事は無いのだ。

そこのロズリーヌ嬢と話がしたかったのだが、なかなか捕まらないもので、ここまでやって来たというわけで」


一応、伯爵家の令息同士だからか、親玉はオーナーに対して低姿勢である。



「わたしに、何かご用でしょうか?」


「君は、どうして私との顔合わせに応じないのだろうか?」


「顔合わせ、でございますか?」


「君の家あてに、手紙を送ったのだが」


「失礼ですが、どのような内容でございましょう?」


「婚約を前提として、一度会いたいという内容だ」


「そういった内容のものは、執事に処分するよう言いつけてありますわ」


「処分!? 伯爵家の僕からの手紙を無視?」


「お気を悪くされたなら申し訳ございません。

ですが、言い訳をお許しいただけるなら、わたしは一年間に三度も婚約解消されております。

一度でも傷物令嬢と噂されるのですから、立て続けに三度となれば評判も地に落ちたというもの。

とても、まともなご令息から婚約者として望まれるとは思えませんので」


「ふむ、その考えはもっともだが、私には当てはまらない」


令息はやけに自信満々だ。


「実は、私は学園で経営学に秀でた成績を残したという君に、目を付けていてね」


「はぁ」


「それで、うちの派閥の独身令息に、君の調査をさせたのだ」


「わたしの、調査?」


「学園での成績は優れていても、実地でどれだけ出来るかは未知数。

それで、実際に経営の思わしくない貴族家に君を引き受けさせ、立て直せるかどうか試したのだ」


「……さようでございましたか」


「その結果、君は合格した。実に見事な手腕だったよ。

というわけで、満を持して私が婚約の申し込みをすることにした、というわけだ」


「ひとつ、よろしいでしょうか?」


「何だ?」


「エタン様はわたしの経営手腕を見込んで、婚約したいとおっしゃるのですわね?」


「その通りだ」


「でしたら、わたしの考えた通りにやらせていただけるのでしょうか?」


「まさか、そんなことあるわけなかろう。

いずれ伯爵となる私の領地経営が揺るがぬよう、サポートさせてやるだけだ。

決定権が妻にあるなど聞いたこともない」


「では、お断りいたしますわ」


「……なんだと!?」


「わたしに、何のメリットもございませんもの」


「しかし、三度も婚約解消された君には、これ以上の縁談は望めないと思うが?」


わたしの評判を落として囲い込むのも計画の一部だったようだ。

ふざけた話である。


「生涯、貴族として在りたいならば、そうかもしれません。

けれど、わたしは自分の得意なことを自由にやらせてもらえない生活に魅力は感じませんわ。

それくらいなら、平民として働きます」


「あり得ない。

我が伝統あるキニャール伯爵家に嫁ぐより、ちっぽけなカフェを流行らせる方が魅力的だと?」


「何か勘違いなさっていらっしゃるわ。

仕事のやりがいというのは、他人にはわかりません。

わたしは、意味もなく上に立ちたがる殿方を必要としません。

そんな方は仕事の邪魔になりますし、ただ迷惑なだけです。

こちらのオーナーはわたしに自由に仕事をさせてくださるのですよ。

そんなふうに、隣に並び立って見守ってくれるような、懐の深い方が理想なのです」


「え? 僕のこと?

いいように解釈し過ぎじゃないかな?」


お客様の屑っぷりに呆れていたオーナーを巻き込む。


「君の実力が確かだから、安心して任せておけるんだ。

何でもかんでも頼るのは申し訳ないけど、僕に出来る事なんて、君が働き過ぎないように見張るくらいだしな」


素直で正直! 思いやりも十分。

どうして、こういう殿方と婚約話が持ち上がらないのか。

改めてオーナーと見つめ合えば、なんかアリな気もしてくる。

目を逸らさないオーナーの頬は、うっすらピンクに染まって見えた。



「なんだか二人で妙な空気になってるようだが、お客を無視するとは失礼な奴等だな!」


屑の親玉が切れた。


「お黙りくださいな。

先ほどのお話によれば、貴方は自分の婚姻したい相手を試すために名誉棄損となる行為を三度も繰り返したことになります。

これが明るみに出れば、伯爵家の一つや二つ簡単に潰れますわ」


空気を読めない親玉に、もちろん、こちらだって切れる。


「まさか。平民寸前のお前たちがほざいたところで、誰も信じるものか!」


「一言申し上げておきますけれど、わたしどものカフェには御歳を召した常連のお客様がいらっしゃいまして」


「それが何だと言うんだ?」


「大通りからも近いこの道は、散策に丁度良いと毎日のように通ってくださって」


「?」


「元は、王宮の要職に就かれていた方なのですが」


「は?」


「オーナーは潰れかけたこの店を、私財を投じて立て直されたのです。

そういうわけで、ある意味、かの方の恩人とも言える存在ですわ。

何かあれば相談に乗ろうと、よくオーナーにおっしゃっていらして。

今でも発言力のある、あの方にこの顛末を少しお話すれば、どうなることやら……」


「は? 適当なことを言って、誤魔化すつもりだろう?」


「丁度、今の時間でしたら、きっと壁際のソファ席でお寛ぎかと。

もし、わたしの言うことが嘘でしたら、貴方のおっしゃるように嫁いでこき使われて差し上げますわ」


「わかった。そこまで言うなら、確かめて来よう」


オーナーとわたしは、店に下りて行った四人の令息の後をそっと付けた。

彼等は件の席の前で挙動不審になり、青い顔で慌てたように出て行った。



「良かったですわ。ボンクラ屑令息の誰も、前宰相閣下のお顔を知らないなんてことが無くて」


「しかし、あんなことをチクっても、協力していただけるかな?」


「大丈夫ですわ。

貴方との穏やかな会話で癒されると、おっしゃってましたもの。

少なくとも、お味方いただけますわ」


「本当かなあ」


階段のところで、そんな話をしていると、前宰相閣下にお出でと手招きされた。


「何か、あったのかい?」


「実は、少々、閣下の威光をお借りしました」


「いえ、オーナーではなく、わたしが勝手に……」


オーナーが自分の罪のように自白したので、わたしは慌てた。


「構わん構わん。現役時代は、よくあったことだ。気にしていられん。

まあ、いちいち使用料を取れてたら、今頃大儲けだったがなあ。

それはさておき、相談なんだが」


閣下はまったく気にしていない様子だ。


「ご相談とは?」


「このカフェもかなり流行って来たな。

儂の席はオーナーの好意で予約席にしてもらっているから、座れないことはないのだが、こう混んでいては落ち着かなくてな」


「申し訳ありません」


「いやいや、結構なことだ。

しかし、空いた店を好む者も多い。

そこでだ、この辺の適当な空き店舗を買い取って、会員制のカフェを開かないかね?

年齢制や紹介制でもいいがな。儂も出資しよう」


「ロズリーヌ嬢は、どう思う?」


「いいお話だと思います。きっと、前宰相閣下のお知り合いが、こぞって会員になってくださるでしょうし。

ついでに、メインの出資者になられる閣下は個室を持たれては?

気心の知れた方だけ、お部屋に招かれるのもよろしいのではありませんか」


「ほうほう、なかなか面白いことを考えるな。

そういうことなら、暇と金を持て余した年寄りを呼び込んでみるか」


「じっくり計画を練りましょう」


さっきはオーナーといい感じになれそうだったけれど、今は閣下と悪い笑みを交わすわたし。

やっぱり、恋も婚姻も遠いかもしれない。


けれど、オーナーは側でニコニコしている。

器の大きさが違うのかしら?




それから六か月後。

三軒隣の空き店舗を買い取り、二号店を出した。


こちらは隠れ家的な落ち着いた店舗に。

ケーキと飲み物は同じメニューだが、接客するのは基本的にウエイターのみ。

客層は高齢者が多いので、店員はお客を介助できる技術と体力が必須である。

その分、給料が良いせいか、思いのほか応募は多かった。

ちなみにフロアのリーダーは、元従僕のリュックに頼んだ。


一階はどなたでも入っていただけるが、二階は会員専用だ。

三階には前宰相様の個室と、予約必須で貸す個室がいくつか。

エレベーターも設置したが、ウエイターによる階段のエスコートサービスもある。



「次は、持ち帰り専門のケーキ店を開きましょう」


「その要望も多いもんね」


「はい。お土産用に欲しいとおっしゃるお客様が増えてますわ」




商売がうまく行き、人脈が広がっていき、やがて、その一帯にはわたしたちが企画に参加した店や学校やアパートが増えていった。


学校と言っても、子供向けのそれではない。

元従僕のリュックが厳しく躾けたウエイターの評判が良かったので、なんと、接客業の学校を作ることになったのである。

これは、王都の名だたる飲食店経営者たちとの共同企画で、リュックは主任教師として大抜擢され、さらに給料が上がった。


そして、この周辺の店で働く人たちのためにアパートが作られた。

これも、空きビルを持て余していた所有者たちの協力があればこそ。


人が増え、常に行き交い、昔の賑わいを取り戻したかのような、かつての中心商店街。

前宰相閣下はじめ、王都を愛する年配の方々の嬉しそうな様子を見ていると、ここで働けて良かったと思えて来る。



「それでは、今後ともよろしくお願いいたします」


「こちらこそ」


その日は二号店の貸し個室で、次の建物改装の打ち合わせをした。

次に改装するビルは間取りに余裕があるから、家族向けアパートを予定している。


建物の所有者たちを見送った後、少し休憩とばかり、オーナーとわたしは個室に戻る。


「僕も、一部屋借りようかな」


「あら、ご家族が増えるご予定が?」


既に平民となって忙しく働くわたしたち。

二人とも、それぞれに近くの独身用アパートに住んでいる。


「良ければ、君と一緒に……」


「だいぶ薹が立ちましたけど、いいんですか?」


出会ってから、もう五年が経つ。

完璧に行き遅れになったわたしだが、もう令嬢じゃないから平気だ。

例の三回もの婚約解消も、事務室に乗り込んできた伯爵令息ごと記憶の彼方に去り、思い出すことも無い。


「それを言うなら僕だって。

もし君が、燃えるような恋を望むなら諦めるけど」


「揺らがない信頼があれば、他に何も要りません」


「派手な披露宴も無しでいい?」


「望むところです」


令嬢であった頃は、結構ドタバタしたけれども、平民になってしまった今では婚約すら口約束でかまわない。

笑顔で二人、ひっそりと交わす約束だ。



「なんで、こうなった?」


「なんででしょうか?」


わたしたちが教会で二人だけの婚姻式をしたと周囲に告げた一週間後。

街中の人たちによって、婚姻の披露パーティーが開かれた。


企画の中心は、前宰相閣下と接客学校の主任教師リュック。

閣下のお力で、通りは歩行者しか入れないようになっている。



「今こそ、恩返しの時ですよ」


小さな子供を抱いたリュックの隣には可愛い奥様。


「あの家の従僕を続けていたら、こんな幸福には繋がりませんでした」



「儂もじゃな。お前さんたちがいてくれてよかった」


閣下もしみじみとおっしゃる。

その閣下を支えるように隣に立つ中年女性は、現在の奥様である。

最初の奥様と死別され、閣下は長らく独り身だった。


新しい奥様は元子爵夫人だったが、子供がないまま夫に先立たれたため婚家を追い出されてしまった。

一念発起して接客学校に入り、マナーが抜きん出ていたため会員制のカフェに特別採用された。

それが閣下との縁に繋がったのだ。



路上で行われたパーティーでは、通りすがりの人にも『お時間あれば、どうぞ召し上がれ』とお茶とお菓子がふるまわれた。

それが後々、さらにカフェのお客を増やすことになるのである。



わたしたちは家族向けアパートの完成を待って引っ越した。

ジュスト様は奮発して、最上階の一番いい部屋を借りた。

窓から見下ろせば、整えられた街並みが美しい。


「これもひとえに、この辺で働く人たちの日々の努力の成果ですね」


そう言ったら。


「君も含めてね」とジュスト様が答える。


「もちろん、貴方もですよ」


そう返せば彼は、少し照れくさそうに笑った。


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― 新着の感想 ―
とてもほのぼのよいお話でした。 平民だとクズ伯爵のような貴族が絡んで来たら危ないので、旦那さんが家の空き爵位をもらうのかなと思ったら平民になったのですね。元宰相がいるうちは大丈夫そうですが。
2025/06/23 23:32 退会済み
管理
ロズリーヌ、ジュスト、リュック、元宰相閣下 良い人の縁が次々に繋がっていって店や街まで再生してしまう展開が爽やかでした。 愚かな令息たちは…元とはいえ重鎮に睨まれたらやってけないだろうなあ。
リュックとくっつくのかと思いつつ読んでいました。 すっきり皆幸せそうで、読後感が良かったです。
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