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さいごまで変わらなかった、たった一つの願い

作者: 無気ノ夢魔


――――あなたの隣に立つ資格が欲しい。


 私の中で大半を占めてきたこの願いも、これで最後です。

 だから――――





 どこにでもあるような田舎の村に私が引っ越したのはまだ4歳だった頃。

 5歳で行う適正の儀式のちょうど一年前でした。


 適正の儀式。5歳で子供が一斉に受ける儀式。

 自分に合った適性を教えてもらえるという子供にとっても大人にとっても一世一代の日。


 とは言っても、いい適性が出るのは血筋が影響してくるからこの村の人たちは適正の儀式当日もさほど浮ついてはいない様子でした。

 こんな田舎にいる人たちだからいい適性を継ぐ人はいないと思っていたのでしょう。



――この子の適性は「勇者」です!


 そんな村の空気を一変させる一声が鳴り響きました。


 周りのの大人たちはアリの巣を散らしたかのように動き出して。

 あなたは周囲の人全員から羨望と嫉妬の目を一斉に向けられて困惑していました。


 でも、そんな時間も一瞬。あなたはこれまた一声で辺りを変えました。


――俺に任せとけ!


 一言だけ。

 その一言だけでその場の全員を味方につけたあなたはやはり勇者なのでしょう。


 あぁ、私があなたについていく資格があれば。

 あなたの隣を歩める権利があれば。


 そんな願いは当然届くわけなく適正の儀式は終了しました。


 あなたはその後すぐに騎士団に連れられて王都へ向かって行きました。

 私は相変わらずこの村にいて。

 あなたはどんどん小さくなっていって。

 また帰ってくるという言葉を信じて待つしかありませんでした。



 それから3年後。

 あなたは剣豪と賢者と聖女を連れて村に帰ってきました。

 強くなったと、たくさんのスキルを扱えるようになったと、最高の仲間なのだと、そう楽しそうに語るあなたはあまりにも眩しくて。


 あぁ。やっぱりあなたの隣には私は立てないのだと。そう自覚せざるを得なくて。


 あなたは1日しか滞在しないというのに、結局私は逃げ出してしまいました。



 次に会えたのはその四年後。あなたが12歳だった時。

 大怪我をしたあなたは治療目的でこの村に帰ってきました。

 聖女の力を持ってしても回復に時間がかかるそれを治すために、一年もこの村にいてくれました。


 その間私も私でやることがあったので常にはあなたのそばにはいられませんでした。

 そもそもあなたのそばにいるのは聖女の役目ですからね。人間があそこまで必死な表情を見せることはそうないと思います。


 せっかくあなたが帰ってきているのに。

 せっかくあなたが長い間この村にいるというのに。

 どうして、どうしてこんなにも遠いのでしょうか。


 元からそこは私の場所ではありませんでしたが、何かぽっかり穴が空いてしまったような気がしてなりませんでした。


 あぁ、私があなたの隣に立つ資格があればよかったのに。



 次に会えたのはさらに三年後のあなたが16歳の時。


 何やら鎮痛な面持ちで村に帰ってきましたね。

 聞くところによると賢者が裏切りを計画。その計画があなたにバレたことに気がついた賢者がパーティーを離脱してしまったと。


 すっかり強くなったあなたを傷つけることができるものは限られているというのに、こんな方法でダメージを与えてくるなんて。


 最高のパーティーだと信じて疑っていなかったあなたには相当なショックだったようでしたが、故郷で両親と仲間に囲まれて3ヶ月くらいでなんとか立ち直った様子でしたね。


 私はやることがあってあなたと多くはお話しできませんでしたが、少しでもあなたの心を軽くすることができたでしょうか。


 そう思っていましたが、立ち直ったあなたの両隣には剣豪と聖女がピッタリハマっていて。


 いやがおうにも私の居場所はあなたの隣ではないのだと、私に突きつけてくるのです。


 あぁ、あなたの隣に立つ資格が欲しい。



 次に会えたのはあなたが二十歳になったとき。

 いよいよ歴代最強の魔王を倒しに行くと報告をしにきてくれましたね。


 ひさびさにみたあなたはこの村を旅立った時とはまるで違う歴戦の戦士の顔つきで。


 いろんな人に囲まれるあなたは酸いも甘いも経験した成熟した大人の顔つきで。


 かと思えばみんなを安心させるように雰囲気を崩す甘い顔つきで。


 あぁ、どうして私はあなたの成長を隣で見る資格がなかったのでしょう。

 どうして、と考えて考えて考えて考えて、私はやっとこの村を去る決断をすることができました。



 次にあなたに会えたのはきっとつい先ほどなのでしょう。


 きっと私はあなたに殺されたのでしょう。


 本当はあなたが勇者と適正の儀式で告げられた瞬間に殺す予定だったのですよ?


 それが勇者に期待した人間を絶望させる最も効率的な手段ですから。


 まさか疑われないように潜入した一年間であなたにどうしようもなく惚れてしまうなんて思いもしませんでしたが。


 あなたは村に帰ってきた時に言っていましたね。


 どうして俺が勇者だってわかっているのに最初から強い敵が来ないんだろうって。

 どうして俺をあんなに追い詰めたはずの敵が姿をずっと現さないんだろうって。

 どうして裏切りを計画していた賢者はあの後何もしてこなかったんだろうって。


 あなたはそんな話をした後は、すぐに私を安心させるためか明るく笑ってくれましたね、


 でも私は本当は不安なんてなかったのです。


 だって、


 あなたに向かわせる敵の強さの調整も

 あなたに大怪我を負わせた敵の処理も

 あなたのパーティーを抜けた賢者の処理も


 私が行なっていたんですから。


 あなたが心身ともに強くなれたのは実は私のおかげなんですよ?

 なんて、ちょっと恩着せがましいですね。


 とにかく、あなたは最強と言われるくらい強い勇者になった。

 それこそ歴代最強と言われている魔王と肩を並べるくらいには。


 そう。やっと、やっとあなたと肩を並べることができたのです。これはある意味隣に立ったと言っても過言ではないのでしょうか。


 これには流石に私も表情がとんでもないことになるくらいには嬉しかったです。

 やっとやっと隣に立てた。

 相対する形で隣になんて本当は立ちたくはなかったけれど。

 あなたの、あなたの隣に立つことができた。

 この時をどれだけ待ち望んだか。


 でも、やっぱり、やっと隣に立てた私ですが、すぐにあなたに殺されてしまうのでしょう。


 だって、あなたは勇者で私は魔王だから。

 だって、あなたには頼りになる仲間がいるから。

 だって、あなたは誰よりも世界の平和を願っているから。


 だから、あなたを倒すことなど私にはできないのです。


 それでもせっかく手に入れたあなたの隣を手放したくなくて、最後の最後の最後まであなたに追い抜かれまいと全力を尽くすのでしょう。


 でもやっぱりあなたは私のことを追い抜いて、私を殺すのです。


 だって私はあなたを心から愛しているのですから。

 愛している人を殺すことなんて、できないでしょう?


 あなたをこんなにも好きになったきっかけはここには書きません。あなたは覚えていないでしょうし、何より私だけが知る秘密にしたいのです。



 あぁ、あなたの隣に立つ資格が欲しいという願いは終ぞ叶いませんでした。


 勇者の隣で旅をする資格など私にはありません。

 勇者と同じ強さでいる資格など私にはありません。

 勇者と恋仲になる資格など私にはありません。


 あぁ、なんで私は私として生まれてきてしまったのでしょう。

 私でさえなければあなたの隣に居れないとしても、隣にいようとする努力はできたのに。

 それすらも許されないなんて。


 長い、長い手紙になってしまいました。


 あなたの隣に立つ資格が欲しい。


 私の中で大半を占めてきたこの願いも、これで最後です。


 だから最期のその先のたった一つのお願いを、どうか聞いてくれないでしょうか。


 私の名前を呼んで欲しいのです。

 呼ぶだけで呪われる、私の名前を呼んで欲しいのです。

 生まれてから一度も呼ばれたことがない私の名前を呼んで欲しいのです。

 大好きで大好きで仕方がないあなたに、私の名前を呼んで欲しいのです。


 あぁきっとあなたは優しいから私の名前を呼んでくれるのでしょう。


 それを思うだけで私は心残りなく逝くことができます。


 あぁ、なんだか緊張しますね。初めてです。私の名前を誰かに教えるのは。


 後の世界はあなたに任せます。あなたなら魔族も人間も幸せになる、そんな世界にしてくれるとそう信じています。


 あぁ、どうしても終わりたくなくて手紙を書く手が止まりません。


 でも、ダメです。あなたがすぐ近くにやってくる音が聞こえてきます。


 さようなら。私の大好きなあなた。

 ありがとう。私に暖かさをくれたあなた。


 私の、私の名前は――




最後まで変わらなかった、たった一つの願いと、最期のその先のたった一つのお願い

fin

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めちゃくちゃ面白くて最高です!
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