部屋から見えた新事実
あれよあれよという間に、どうやら私に居住スペースが与えられることとなってしまったみたいです。
詳しい説明は後回しとして、全員が一致した話が『受け入れる』という方針でした。
私は、二階にあった空き部屋を使わせて貰えることになりました。
なんだか、今までになく良い扱いです。
生まれてからずっと、良い環境と言い切れるような場所にいなかったものですから、こんなことは初めてです。
寛容な方でいらっしゃいますね。
なお、この部屋は信じられないことに、以前私が王国で使っていた自室よりも広くて綺麗です。
……まあ、以前は王子によって微妙に狭い部屋を宛がわれたり、半分王子の物置状態にされたり、その上で他の方から頼まれたものの一時置き場になっていて倉庫状態だったからなのですが。
それにしても……まさか海の向こうが、こんな場所だったなんて。
ウィートランド王国にとって、南の海は災厄が襲ってくる悪魔の海。
特に望遠鏡から見える『魔王島』は、魔王がいるかのように強い魔物がいるからと言われて来た島です。
その望遠鏡から得た情報をまとめた本も、何やら翼竜が大量に飛んでいるだの、海には悪魔が潜んでいるだの、恐ろしいことばかり書かれていました。概ねその通りでした。
近寄ろうにも、南側一帯に魔物が広がっており、裏から回ろうとした船は全部沈んだと書かれていました。
後は——島には切り立った高い崖があり、魔物以外に何も見当たらない島だと書かれていました。
確かに、北側から南に見える島は、北半分しか確認することが出来ません。
その上であんなに大きな石の壁があり、高い木々の森で隠された先に扉があるのですから、何もないと思うのが自然でしょう。
だから、気付かなかった。
誰も知らなかった。
私は二階の窓から眼下に広がる光景に、思わず溜息が出ます。
「綺麗……」
——まさか、王国に引けを取らないぐらい、発展した巨大な城下町があったなんて。
魔王島は、魔王島ではありませんでした。
何てことはない、ウィートランド王国と同じような、ちゃんとした国だったのです。
恐らく王国では誰もこの事実を知らなかったでしょう。
城下町を見下ろし、目を凝らします。
視力は良い方なので、街の中までしっかりと様子を見てみましょう。
走っている子供と、噴水。あれが街の中央ですね。
ずらりと並ぶオレンジ色の屋根をした家は整然としており、雰囲気が似通っています。
住宅街でしょうか。なんだか、どれもかなり大きな宿みたいに見えますね……集合住宅的な感じなのかもしれません。
店も近い雰囲気で、派手な看板が掲げられた通りには、人が沢山いることが窺えます。
発展しているというか、正直もうウィートランド城下町より明確に大きいし発展しています。
なんというか……私は夢でも見ているのでしょうか。
完全に王子から見限られ、婚約者の位置を他の聖女に奪われ。
その上で、尽くしてきた国から何の感謝もなく島流しに遭いました。
目的は間違いなく、私アンバー・ソノックスの処刑でした。
ところが今や、元の部屋よりも明確に広くて住み心地の良さそうな部屋をいただいています。
それに……。
『これも渡すよ』
ふわりと柔らかく笑うセシル様より渡されたのは、そこそこ大きな袋。
中に入っていたのは、なんとクッキーの追加でした。
しかも見た目が少し違います。
『良ければ食べて』
袋の中を開けて、ひとつ口の中に入れます。
「……! っ!?」
驚きです。
味が、全く違いました。
先程までいただいていたクッキーも勿論とても美味しかったのですが、今度のものはまた全く違った甘さがあります。
何なのでしょう。一番のお菓子は……ああいえ、こちらも、あちらも捨てがたい……。
私は、聖女として様々な地へと遠征してきました。
だから自分が住んでいた王国の城下町近辺が、ウィートランド王国の中で一番発展していた街だと思い込んでいました。
その王国が、一気に色褪せていきます。
魔王島の国、信じられない文明レベルです。
ぼんやりとクッキーを食べながら外を見ていると、ドアのノックとともに来客がありました。
セシル様です。
「アンバー、お邪魔するよ……おっ、早速食べているんだね」
「はい。こちらも大変美味しいです」
「それは良かった」
「こんなに美味しいもの……本当にいただいてもよろしかったのですか」
「渡そうとしたら断られたからね」
何と、こんなに素敵なお菓子を、断る方がいらっしゃるなんて……。
信じられません。
「断ったのはラナなんだ」
「驚きました。女性の中でお菓子が好きではない人がいるとは思いませんでしたから」
「いや、嫌いなわけじゃないんだよ。だけど作り過ぎちゃうとどうしてもね。ほら、甘い物を食べすぎると栄養価、炭水化物に糖質で太ってしまうからね。生地にバターの脂質もあるし」
知らない単語が出てきました。
文明レベルの差かもしれませんが、恐らく食べた物が体に入った場合の、影響の違いみたいなものを分類しているのだと思います。
「栄養価を気にして……ですか?」
「うん。食べ過ぎでも肉や野菜はよく食べるんだよ。城の女性全般、大量のお菓子っていうのは避けてると思う。女性はみんな、特に炭水化物と脂質を気にするから」
文明レベルが……文明レベルが高いです。
街が発展しているだけでなく考え方やストイックさまでしっかりしています。
私は弟の食事と、そろそろ育ち盛りを越えて腹と顎につきそうな栄養価のことを想像して溜息をつきました。
「女性の皆様は、とても体型を気にされているのですね。意識が高く、素晴らしいことです」
「えっと、君も、その……押しつけちゃったけど、無理して食べなくてもいいからね?」
そう言われて、私は首を振ります。
「お話ししたとおり、私は表情が変わらないのです。こんなに美味しいのに、どうしてでしょうか……。つまらない女だと婚約者には言われていましたし」
「婚約者が、いるのか?」
「いえ、破棄されたから島流しに遭ったのです」
「……酷い男もいたものだ」
彼は、眉間に皺を寄せて、まるで私の代わりに怒ってくれているようでした。
こんなに可愛げの無い私に対して。優しいのですね。
「あと、恐らくなのですが」
「……うん、何かな」
「私は甘い物に関しては、いくら食べても太らないと思います」
「えっ」
「魔力に変換されるのです。そういう特異体質というか……」
「えっ」
「だから、クッキーはいくら食べても…………セシル様?」
今度はセシル様がえっえっ人形になってしまわれました。
こう言っては失礼かもしれませんが、ちょっと可愛らしいですね。
そう思っていると……セシル様は片膝を突いて、急に私の両手を包み込みました。
「アンバー……僕の救いの女神!」
一体何がそんなに嬉しいのか、クッキーをぱくぱく食べているだけの私を、セシル様は希望の眼差して見ております。
なんと、今度は聖女から女神になってしまいました。




