アンバーにとっての『蜜の聖女』
ブラックスライム騒動の後は、確認と報告となりました。
陛下は無事で、ホリー様が中心になって防御魔法を張っていたみたいです。
後は全てラナ様が場を持たせてくれていたとのこと。
さすがラナ様ですね。
「いや、何より感謝したいのはやっぱりアンバーに対してだよ」
その功労者であるラナ様が、私に感謝の意を示しました。
私が何かしたでしょうか?
「ブラックスライムが襲ってくるようになったのは、間違いなく個体を一つ討伐したから。とはいえ、相手はずっと城の中を狙っていたから、いずれ決着を付けなければならなかったんだよ。そこでアンバーが、一体を倒した」
「つまり、積極的にスロープネイト王国へと攻め入るようになったのは、私の影響ということですか?」
「私はそう思う。それで実際に全部討伐したってわけ。ずっと倒すまでの決定打に欠けていたから、悩みの種が消えた形だね」
大変有り難い言葉ではありますが、私は首を横に振ります。
今日は本当に危なかったのです。
「いいえ、正直に話すと今日は危なかったのです。事前にセシル様が、セバスにクッキーを取りに行ってもらっていたので私が活躍出来たのです」
そのことを正直にお伝えすると、ラナ様は笑ってアーヴァイン陛下の方を向きました。
「ほらね」
ん……?
今ラナ様は、不思議な返答をなさったように思います。
アーヴァイン陛下は、溜息を吐きながら陛下の隣で立っていたセシル様を見上げ、それから私の方を向きました。
「先程こいつも、『アンバーがいなければ勝てなかった、今日は危なかったがアンバーがいたから自分でも活躍出来た』と言っていたな」
なんと……そのようなことを仰っていたのですね。
それは、とても……とても嬉しいことです。
またどこかふわふわしてきました。
「スロープネイト王国において現在分かっている中での最大の難点を取り除いてくれたアンバーには、何か褒美を取らせたい……とは思っているのだが、何分お前が無欲なことは知っている」
「そうでしょうか。自分で言うのも何ですが、かなり欲しがりな気がしますが」
「じゃあお前、宝石とかドレスとか欲しいか?」
「一着あれば十分だと思います」
だってドレスでお腹は膨れませんものね。
綺麗に見て欲しいという欲はあれど、それが自分の中ではそこまで優先順位が高くありません。
「こっちとしても、何かやらないと示しがつかないというか、ぶっちゃけこの功績で何もナシなら他の戦士達の士気が落ちかねん」
確かに、それは困りますね。
私が宝石をいただかないことが、私より功績を残せなかった人が宝石をいただけなくなることになるのは私の望む結果ではありません。
「で、いろいろ考えたんだが」
「はい」
「セシルなんかどうだ?」
…………?
一瞬何を言われたか分かりませんでした。
「セシル様、ですか?」
「そうだ。ずっと考えていたんだが、セシルの作るクッキーを所望しているのは、そりゃもう金額的には安いんだが、ある意味では第一王子の独占だ。ならばこいつの時間そのものをアンバーに丸々渡すというのもいいかもなと思って」
「……よろしいのですか?」
「セシルはそう希望している。……縁談が決まる気配がなかったあのセシルが、ここまでになるとはな。全く恐れ入るよ」
セシル様は、縁談が決まらない人だった?
そのセシル様が私との婚姻を望んでいる。
……どうしましょう。うまく頭が回らないぐらい、ふわふわしています。
「嫌なら断ってもいいぞ」
「嫌ではありません」
「だそうだ」
アーヴァイン陛下は、それだけ言うとホリー様の肩を叩いて「今日はこれで仕事終わりでいいだろ」と仰って、そのまま部屋に入っていきました。
ホリー様も嬉しそうに手を振り、更にラナ様までアーヴァイン陛下の後を追って部屋からいなくなります。
部屋は、私とセシル様だけになりました。
「急な話だから、もしかしたら断られるかと思った」
「いえ。話は急でしたが、心は決まっていました。むしろ少しずつ段階を踏めただけ幸せだったと思います。家の都合で親が決めて終わり、ということが普通ですから」
「そうなんだ……本人達の自由意思がないというのは、それは確かに将来的に合わなくて苦労することも多そうだ」
私はセシル様の近くに歩み寄ります。
セシル様の熱が感じられます。普段より顔が赤いですね。
「アンバー、少し赤いよ」
「そうなのですか? ちょうどセシル様もそうだと言おうと思っていたので、きっと似ている顔なのでしょう。そうですか、私は今こんな顔をしているのですね」
セシル様の顔を覗き込むように、距離が近づきます。
ますます赤くなったような気がして——セシル様の額に手を当てました。
「風邪ではないようですね」
「……そういうところも、アンバーの良いところだよ」
何故かセシル様は何とも形容しがたい苦笑いをして、私の頭を撫でました。
多分、いい場面で外してしまったのでしょう。
「セシル様は、こんな私でもよろしいのですか?」
「さっき父上から聞いたと思うけど、アンバーじゃないと駄目なんだ。君は絶対に本心しか話さないし、話せない。そんな人だから、君の称賛が最初に僕のお菓子作りに向いた時、僕の人生における欠点は全て利点となった。君は僕の全てを肯定してくれた、もう完全に惹かれてしまっていた」
「そうですか……そう考えると——」
今までの、自分の人生。
公爵家の令嬢として厳しく育てられ、急に聖女として王子との婚約を結ぶこととなりました。
私の人生は思えばこの肩書きと顔の不釣り合いさに振り回され、能力は王子の嫉妬を買うことになりました。
何故こんなに変で限定的な能力の聖女なのかと思ったこともありました。
聖女というものになるべきではなかったのかもしれないと思ったこともありました。
それぐらい、かつての私は自分に価値を見出せませんでした。
その私の力が、この国では……特に、この方の前では最も強い力となるのです。
セシル様のクッキーを食べると、かつての自分を遥かに超える力を発揮することが出来ました。
更にこの力のお陰で、一人でお菓子作りをしながらも仕事をきっちりこなす第一王子の趣味は、この国で最も強い力となりました。
かつてこの力により誰かを救い損ねた自分が、この力そのもののお陰で誰かを救うことが出来るのです。
セシル様のことをお救いできるのは、自分が救われるより嬉しいと感じられることでした。
私とセシル様は、二人で一つの力。
それも、お互いがお互いを補完し合うのではなく、高め合うのです。
それを可能にしたのが、この聖女の力ならば。
「——『蜜の聖女』となったのも、悪くはありませんね」
これにて完結です!
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
この作品は大分前に大まかなプロットだけあり、いろいろあって書いていなかった作品でした。
折角の機会なのでと執筆リハビリがてら始めたので、休まずに完結まで書き続けることが出来て良かったです。
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完結のご祝儀に、作者へのお疲れ様にでもひとつ……!
折角ですので、ここで告知。
もうひとつ、応募用に書き進めていた作品がありまして
この度、第2回ピッコマノベルズ大賞にて第4シーズンの一次予選を通過しました!
一次予選といっても連載はしっかり始まるという、小説としては受賞みたいな状態ですので、また連載が始まった際にはよろしくお願いします!
最後に告知、黒鳶の聖者7巻が発売中です!
こちらまだの方は、是非是非お買い求め下さいませ!




