住人の方との面談
「で、セシル。この子どうするの?」
「僕に言われてもね……」
「門番の教育、そんなに怠ったとは思えねえんだがなあ」
現在、はしたなくもつまみ食いをしてしまった私の目の前に、二名の男性と一名の女性、それと後ろに立って控えている執事の方がいます。
皆様はこの城の住人のようですが……。
私がクッキーを食べたのがばれた直後、私はまず相手に抵抗の意思がないことを表明しました。
『すみません、道に迷ってしまいまして……』
『迷って、ここに?』
森を抜けた先、どこに行けば分からなかったのでここに来たのですから、迷ったと言えるはず、ですよね。
『うーむ……侵入者、というには悪意がなさそうだし、ここまで堂々としているのも考えにくい。……セバス、すまないが二人を』
男性が近くで控えていた執事らしき方に話を伝え、執事は部屋を足早に出ました。
そこで、重ねて謝罪します。
『本当に申し訳ありません、何分しばらく何も食べていなかったもので』
『いや、それはいいんだけど。何だったらそこのクッキーは全部あげるよ』
『……! 本当によろしいのですか?』
『え? ああうん、いいよ』
何と太っ腹な方でしょうか。これだけ美味しいクッキーを全ていただけるなんて。
サクサクと口の中に入れ、再びあの味を堪能します。舌に広がる甘さ、鼻に抜ける香り、体を巡る魔力。
静かに目を閉じて、味の良さに数度頷きます。
体への馴染みが本当にいい。次のクッキーを手に取ります。
サクサクサクサク……。
『……ねえ、それ美味しい?』
集中して食べていると、男性から声をかけられます。
改めて、この男性をよく見て見ましょう。
真っ白い髪に、紫色の目。なんとも独特の色合いながら、とても整った顔立ちの男性です。
体格はラインハルト王子と同じぐらいでしょうか。
ただ目元は優しそうな感じで、印象はまるで正反対ですね。
『はい、とても美味しいです。すみません、あまり喜びを表現するのが苦手で……』
『そうだったんだ。必死そうだし、美味しくできなかったのかなって』
『とんでもございません。生まれて初めて食べる味で……クッキー自体が確か七年ぶりなので、本当に美味しいです』
というのも、私がクッキーみたいな菓子類でも魔力補充出来ることに気付いた王子が、そういったものを食べさせないように制限したのです。
王子の命令とあっては、王国にいる他の者も従わざるを得ません。
『七年ぶり……この街にも、まだそんなに過酷な環境があるのか。だから侵入を』
『あ、いえそうではなく……?』
私が返事をしようとしたところで、お部屋に二名の方が現れました。
そうして互いの自己紹介をし、冒頭の面談に戻ります。
正面の男性は、線の細いセシル様。
隣にいる、青い髪で若々しく、背丈も肩幅も大きな男性の方がグスタフ様。
反対側にいる、銀髪でやや背の高い、クールでミステリアスな女性の方がラナ様です。
あと執事のセバス様は、黒髪の若い男性。
見事に美形な方達ばかりです。
……改めて思うのですが、ここって魔王島なのですよね。
まさか、普通に人が暮らしている場所だったなんて。
皆を代表して、セシル様が私にお話なさるようです。
「まずはアンバーさんに聞きたい。この部屋には、どこからどうやって入ったんだい?」
「あ、呼び捨てで結構です。この部屋には、一階から階段を上がって来ました」
「いやそうじゃなくて……どうやって城の中に入ったんだ? いや、盗みに入ったとか疑ってるわけじゃないんだ。ただ、純粋に気になってな」
「それでしたら、その下の地下室から来ました」
「地下室から……?」
皆様、互いに顔を見合わせます。
正直に入口の話をしたのですが、何かまずかったでしょうか?
「いや、きょとんと首を傾げンな。地下っつったら北口しかねえ。その先は『死の森』だろ?」
青髪のグスタフ様が、大きな身を乗り出して聞いてきました。
近くて見ると本当に大きい。筋肉質でよく鍛えていますね。
「『死の森』と言うのですか。確かにハチの魔物や、他にも色々いました。防御魔法を使って通過したんですよ」
「防御魔法か……いや、それは問いの答えになってねえな。俺が聞きてぇのはどうやって来たかじゃなくて」
「そうだね、どこから来たかが知りたいんだ。森の先はどこにいたんだい? あの先は『竜の平原』を終わったら、もう海岸しかないだろ?」
ああ、確かに普通はそちらが気になりますね。
「私は、その海岸の北側にある、『ウィートランド王国』からボートに乗ってやって来ました」
「……はい?」
「ですから、『ウィートランド王国』です。島流しだったので、多分……処刑とか、そんな感じのつもりで送り出したんだと思います」
再び皆様が、お互いの顔を見合わせています。
私は慌てて言葉を付け足しました。
「その、何か事件を起こしたからということはなくて……訳あって仕事の失敗をしたのです。その責任を取らせるにしては処刑は重いから、ということ、だと思うのですけど……」
「ああ、事件性がないのは信じるわ。あなた、そういう悪女って感じじゃないもの。そういう人は、もっとコソコソするわ」
今度は銀髪のラナ様が私に話しかけます。
セシル様と色は似ていますが、雰囲気はかなり違いますね。
「でも、どこまで信じるかは別。私の質問に答えて」
ここで、ラナ様がぐっと魔力を溜める様子が見えます。
セシル様とグスタフ様がぎょっとしてラナ様を見ますが、止める様子はありません。
「あの海にはクラーケンがいる。海岸にはシードラゴンで、平原はワイバーン。挙げ句の果てには、死の森といえばあの災厄『ブラックスライム』までいるのよ。防御魔法だけで、どうやって到着したの?」
「あっ……そうですね。防御魔法だけというのは、違いました」
説明不足でした、反省ですね。
ふと見ると、セシル様とグスタフ様も何やら腰に手を当てて警戒しています。
「ええと、クラーケンは普通に切っただけで倒せたので、特に問題はなかったのですが」
「えっ?」
「海岸は飛び越えたので戦ってないですし、ワイバーンもあまり強くはないですよね」
「えっ」
「あ、ブラックスライムというのは、やっぱりあの賢いスライムですよね。人生で一番強い魔物でした」
「……」
「ちょっと嫌らしい感じがしたので、その、反撃して倒してしまいました。少しはしたなかったかもしれません」
「えっ……えっ?」
「……?」
どういうことでしょう。
クールで知的なラナ様が、えっえっ人形になってしまわれました。
心配しようにも、私では表情が変わらないので首を傾げるしかできません。
「………………ブラックスライム倒した? どうやって?」
と思ったら、ラナ様は身を乗り出しました。
「スライムは、逃げ道を塞ぐ独自の魔法を使いました。その後に内側を一気に冷却して、核が動かなくなってから光線魔法で砕いたのです。それで魔力が切れて凄くお腹が空いてしまって」
思い出したら、またお腹が空きました。
ついついこんな時でも、クッキーに手が伸びてしまいます。
サクサクサクサク。
本当に美味しい。何度食べても、人生で一番のお菓子です。
……あっ、執事のセバス様。紅茶ありがとうございます。
ちらちらとラナ様を気にしていらっしゃいますが、手元は狂わないようです。見事ですね。
私が次のクッキーに手を伸ばしたところで、ラナ様が驚愕の表情のまま立ち上がりました。
「ブラックスライムって、倒せる魔物なのおおおおおおおお!?!?!?」
その日一番の、ラナ様の絶叫が部屋中に響き渡りました。
よっぽど珍しい姿なのか、男性三名とも驚いて振り向いています。
初日から、いきなりラナ様の第一印象がガラッと変わってしまいました。
でも何だか、想像よりも親しみが持てそうな方ですね。