アンバーの、甘くない復讐
「王子としての態度も振る舞いも気になるが……ラインハルト、君に対してまず気になったのは、自らの行為の優先順位だ」
「……俺の行動が、おかしいというのか」
「まともじゃない。さっきから聞いていたら、君は基本的に自分から何かをしていないだろう」
自分で何かをしていない……ですか。
私からは随分とあれこれ(悪い意味で)積極的に干渉してくる人だという印象だったのですが。
「セシルとやら。お前は知らないだろうが、これでも相当な数の土地を回って」
「いるのは知っている。それで魔物の討伐をしていたんだろう」
「……それを、お前は何もしていないと言うのか」
「していないじゃないか。能動的には、何も。君がやっているのは義務の作業であり、しかも聖女の能力に頼り切ったもの。それは自分から動いたとは言わない」
セシル様は、はっきりと言い切りました。
義務をこなすことを、自分から何かをしたことにはならないと。
そう言われてみると……そうですね。
「お前がやったことは、アンバーの蜂蜜を削る。アンバーの給金を渡さない、そしてアンバーの魔法を自分への強化魔法専用にしたこと。そのどれもが、自分の名声を得るために国民を危険に晒したことだ」
「……黙れ」
「そんなもの、国を治める王子の仕事ではない。まるで王国を蝕むための妨害工作じゃないか」
「黙れェッ!」
ラインハルト王子が、怒りの形相で立ち上がりました。
私と過ごしてきた時もずっと不機嫌でしたが、ここまでの怒りを露わにしたのは初めてだと思います。
「ラインハルト、君自身も分かっているんじゃないか? 自分の仕事は本来アンバーを支え、その称賛を十分に受けられるようにすることだと」
「それで俺はどうなる!」
「平凡だけど、いい支え役として評価されるんじゃないのか?」
「そんなもの! そんなもので王子が務まるか! 納得できる奴なんていないだろッ!」
ラインハルト王子は、セシル様を視線だけで射貫きかねない勢いです。
グスタフ様と近衛兵二名が剣の柄に手を置いたので、ラインハルト王子はその場で止まりました。
「能力が足りなくても、王国の民は護らなくてはいけない。それが出来て、初めて豪勢な食事を食べていられるんだ。君はアンバーの書類仕事の負担を減らすことだって出来た。何だって出来た……何者にだってなれたはずなんだ」
「お前の理想論は、反吐が出る……それで上手く行くような育ち方をしていたんだろう!」
「それは……アンバー?」
私は、話をしているセシル様を少し強い力で横に押しのけました。
ラインハルト王子の顔を見て——。
——パァン!
思いっきりビンタをしました。
思い切りが良すぎて、ラインハルト王子が吹っ飛んでしまいました。
……私は、何をやっているのでしょうか。
自分で自分の行動に驚きました。
こんなに思い切りのいい攻撃をするなんて、思っていませんでした。
ですが、分かります。
今のラインハルト王子が言った言葉は、そのままラインハルト王子が言っていた言葉に返ると。
倒れたままゆっくり振り返り、こちらを呆然と見るラインハルト王子を見下ろしながら、伝えなければならないことを伝えます。
「先程ラインハルト王子は、セシル王子に『お前は知らないだろうが』と仰いましたね。ならばこう返しましょう。あなたはセシル王子の何を知っているというのですか」
「……知るわけ、ないだろう」
「ですよね、知らなくて当然です。セシル様のいるスロープネイト王国は、『魔王島』と同じ島にあるのですから」
「…………。何を言っているんだ」
「だから、魔王島ですよ。あの島の山に見えるものの裏側に、人間の街があります。セシル王子はドラゴンとも戦えます。というか、皆そうです」
多分セバスもだとは思いますけど、言わないでおきましょう。
他種属である事はもちろんですが、いざという時にセシル様を守る力があると考える方が自然ですからね。
「スロープネイト王国第一王子といっても、ただの人間。もちろん、相当努力したと思います」
「……そうかよ。そうなれる才のある奴はいいよな……」
「もう一つ言っておかなければならないことがあります。セシル王子が双子ということです」
私の言ったことに、よく意味が分からないように眉を顰めます。
ですが、すぐに分かることでしょう。
「二卵性双生児の片割れは、ラナ・スロープネイト。妹です」
「妹……?」
「はい。それと……セシル王子とは比較にならないぐらい、ラナ第一王女の方が圧倒的に強いです。剣も、魔法も」
その言葉に、ラインハルト王子は驚愕の表情のまま凍り付きました。
自分がいかに無知なまま喋ったのかを知るように。
「毎日努力をして、国内随一の戦士になって……その結果、練習試合で妹に負け続けるのは、果たしてどれほど屈辱的でしょうか。私もラインハルト王子も、双子の妹に負けた経験がないので分かりませんが」
「……」
「ですが、セシル王子が悪態をついたのを私は見たことがありませんし、何より兄弟仲は悪くもありませんでした。あるがままを受け入れ、努力を怠らない。私はそんなセシル王子を見て、何度もラインハルト王子を思い出しました」
ラインハルト王子は、視線を落とします。
それ以上私を見ていられないように。
「王子」
私は、かがみ込んでそんな王子に視線を合わせます。
「一つ申し訳ないと思っているのは、最初にあなたが言った言葉です。私はセシル王子に惹かれていると自覚しても、まだ一度も表情が変わらない。『無糖の聖女』はそういう人間なのです。……確かに私は、相手を不快にさせる女でした」
後ろで何か動揺したような、布の擦れた音がします。
ですが、これもまた私の本心でもありました。
「それでも……あなたがどんなに不格好でも、私はあなたを見下すつもりはなかった。だって、婚約者は……政敵でも何でもない夫婦なら、味方でした。あなたはただ、私が味方であるということを認識するだけで良かったのです」
「……アンバー」
「ラインハルト王子。あなたは紛れもなく加害者でした。ですが、世界で私だけは……こんな私だからこそ、あなたは私の被害者だったのかもしれないと思っておきましょう」
「ッ!」
普通は徹底的に貶して、転落した様を罵る方が分かりやすい反撃になるのでしょう。
ですが、このラインハルトというプライドの高い王子は、もっと苦しいことがあります。
そのためには、私だけが彼に同情する必要があります。
甘い甘い対応です。誰も味方がいないラインハルト王子にとっては、毒物でしょう。
それこそ、甘いものを制限され続けてきたかつての私にとっての蜂蜜のように。
何故ならラインハルト王子は、下手なことをしなければ順風満帆に行っていた人生だったのです。
それなのに私を追い出したことで、その全てが転落して誰からも同情してもらえない環境に身を置くこととなりました。
ならば更に追い打ちをかけるものは『最後の同情』です。
「ですが、表情の変わらない私にも、セシル様は最初から優しかった」
だから、あなたに最大の『屈辱』と『後悔』を。
蜜の聖女は、もう甘くありません——。
「あなたが島流しにしてくれたお陰で、真実の愛を見つけました。ありがとうございます。お礼に、あなたのお望み通りもう二度とこの国には戻らずにいてあげます」
——あなた自身の行為と要望により、あなたの最後の味方はいなくなりました。
めでたし、めでたし。
これで、私の復讐は完了です。
ラインハルト王子は、自分の失態と向き合うことが出来るでしょうか。
まあ、出来たとしても出来なかったとしても、第二王子に王位は譲られるでしょう。
私は黙って、部屋を出ます。
ラインハルト王子は心ここにあらずといった様子で、見送りの言葉どころか、反応すらありませんでした。




