半年ぶりのラインハルト王子
ウィートランド王国、西の塔の二階。
そこは窓すらなく逃げ場のない、重い扉のある部屋です。
簡単に逃げることの出来ない場所であり……かつて私が仕事場として使ったこともある部屋です。
今にして思えば、仕事をするだけでその扱いというのはやはり異常な扱いですね。
「まずは、私がお話しします。何か言いたいことがあるかもしれませんが、ある程度お任せ下さい」
「……。少し、予感はしていた」
幽閉されていたラインハルト王子は、久々に見たからなのか妙に老けて見えました。
痩せこけているわけでもなければ、皺が増えたわけでもありません。
ああ、そうです。
彼の顔から『自信』がなくなっているからでしょう。
ラインハルト王子といえば、その自信から来る傲慢さでした。
そこが私は特に好きではなかったのですが。
「アンバー。魔王島に行っても、恐らくお前は殺せない。そういうところが、いやだった」
こちらに目を向けず、ぼんやりとラインハルト王子が話し始めます。
私から嫌だったことを言う前に、嫌だと言われてしまいました。
……少し、話を聞いてみましょうか。
今のラインハルト王子からは、何かまた違った本音が見えるかもしれません。
「どんな女も、必ず俺に頭を下げた。どんな行為でも、肯定した。全ての女が、無条件に」
「……」
「だが、アンバー。お前は違った。俺と目を合わせても、冷たい目をしていた。話しかけても、変わらなかった」
「それだけですか」
「違う」
最初の印象から私は悪かったのは分かっていましたが、他にも原因はあったようですね。
その内容も、予想はつきます。
「私の能力ですね」
「そうだ」
「素直に肯定するとは思いませんでした」
「諦めがついたことと、ティタニアが俺から去ったことが影響したのかもな」
ティタニア様もラインハルト王子を見限ったことで、自分の方が悪かった可能性の思い当たったということでしょうか。
そのことを考えると、少しティタニア様には同情もしてしまいますね。
ある意味では、私がラインハルト王子の能力に尾ひれをつけた原因でもあるので、それをそのまま引き継いだわけですから。
「第一王子だから、優遇してもらえて当然だった。何をしても一番とまではいかなくとも、俺の行為を誰もが最も褒めた」
「はい」
「だが、十歳の時。お前は、歴代聖女を遥かに超える治療魔法を使った。お前にとっては随分といいデビューだっただろうな」
十歳の遠征は、初めての聖女の仕事でした。
子供の頃とはいえ、学んだことは全力を出さなければならないと思いました。
他の聖女になりたくてもなれなかった人達の代わりに聖女となった、自分の義務だと思ったのです。
結果的に、私は全ての能力を発揮する機会が得られました。
怪我を治し、村の防御を固め、更に魔物を避けるだけの力を使いました。
「俺は、体も小さい十歳だった。魔法は使えたが、王族のメインは魔法じゃない。誰もが俺を無視した」
「それは、他の貴族でもそうでしょう。魔物と戦うのに誰かの機嫌を取る暇はありません。自分の仕事を完遂させることに必死なのです」
「そうだ。分かっている。分かっているが……それを飲み込めるほど器用な子供ではなかった。自分よりも話題の中心になるのが、よりによって一番嫌いだったお前なのだからな」
本人の口から出るということは、そういうものなのでしょう。
ですが、私にはどうしてもそれだけでは納得できないものがあります。
「あれから、七年か、八年でしょうか。ラインハルト王子は、どこかで自分の能力を上げることで尊敬されるようになる、という考えには至らなかったのですか?」
「そういうところが嫌いだったな、本当に」
視線が、こちらに向きます。
かつての傲慢な怒りの目ではなく、どこか淀んだ泥水のような色。
それでも、こちらに対する憎悪は読み取れます。
「お前は優秀だったよ。それこそ、他の聖女よりもな。心のどこかで、それは感じていた。魔力を削っても削っても、仕事を失敗させる方が難しい。狙い通り村人を怪我させる方が難しかった。十歳であれだったのだ、順当に育てば相当に強くなるだろうと思った」
「ええ、実際に十歳の頃より出来ることは増えました」
「だから、その隣に立つ俺がどんなに優秀な成績を修めても、お前のおまけだ。ならば早い段階で、力を削ぐ方向にして関係を保とうとした。そうでなければ、今頃無能王子だ」
「それは——」
「——さっきから聞いていたら、何だ」
私が何か言葉を返そうと思っていたら、声が横から鋭く飛んで来ました。
声を出したのは、セシル様でした。
私が話しかけないよう言っていたので、それを破った形になります。
もちろんセシル様は、簡単に約束を破る方ではありません。
何より、こういった揉め事に首を突っ込むタイプですらありません。
ですが、こうして会話に参加したということは、セシル様にも我慢出来ない一線があったのでしょう。
「何だお前は、頭が高い奴だな。そうかアンバー、まさか余所で男を囲っていたとはな」
「トビー並の言葉をありがとうございます、少し安心しました」
「……」
トビー並、というのは屈辱に入るのでしょう、ラインハルト王子は次の言葉を出せなくなりました。
……本来なら弟と同じレベルと言われて屈辱というのは姉としては怒るべき場所なのでしょうが……トビーですからね……。
「で、その男が俺に何の用だ」
「さっきから聞いていたら、自分、自分、自分ばかり。この国では、平民に魔法を教えていないと聞いた。ならば自分の評価より、自分の国の民が一人でも多く生き延びられるように土台となり支えることを考えるべきじゃないのか」
「何だ父上みたいな言葉を言う奴だな。誰が好き好んで平民に踏まれる床の役をやるものか、王族を平民が支えるのが実際の仕組みだろう」
「その国民がいなければ、国はすぐに崩壊する。それぐらい分かるだろう」
「……もう一度聞く。頭が高いぞお前、何様だ」
「スロープネイト王国、第一王子セシルだ」
ラインハルト王子は、目の前にいるのが自分と同じ立場の人間だと知って、息を吞みます。
そうですね、今までそういう例にあったことがありませんでしたから。
あれだけ傲慢に振る舞っていられたのは、国王陛下の第一王子だったから。
最終的に、自分より偉い人間は父親ただ一人だったからなのです。
聖女との関係というのは少し複雑で、単純化できるものではないでしょう。
故に、完全に対等な立場から会話するという経験はなかったはずです。
もちろんそれはセシル王子も同じなのですが、その程度のことでセシル様が下がることはありません。
「お前には、今の話だけで言いたいことが山ほどある」
ここから、セシル王子の反撃が始まりました。




