ウィートランド王国12
城は、既に崩壊していた。
王国における王城は、全ての基盤になるもの。
大きな土台であり、各領地はそれの影響を受ける。
(それが……この有様か……)
アレクサンダー国王は、大荒れしている城の中をゆっくりと見回す。
普段は国王陛下が廊下を通ろうものなら、必ず文官達は立ち止まり礼をしていた。
アレクサンダーは軍部を取り仕切る場に来たが、今その軍部の大多数が、こちらに気付かずにいる。
そんな暇もないほど忙しいのだ。
「西からの応援は!?」
「完全に全滅。来ないって」
「『風の聖女』シルフィ様、フェリングトン伯領からレイン辺境伯領に着いているはずですが……」
「相手は電撃のドラゴンって聞いたぞ、大丈夫か?」
「大丈夫なわけねえだろ……下手したらこっちに来るんじゃねえか」
話が進む度に、嫌な想像をしてしまう。
自分も昔は前線で戦ったことはある。それがウィートランド王国における貴族の矜持だから。
魔法も使いこなしたし、魔物の大将を倒して部下を鼓舞したこともあった。
だが、それは果たしてサンダードラゴンを相手にしても無事でいられるだろうか。
(無事でいられるわけがない)
王侯貴族は武勇を欲しがる。
だが勇気と無謀は違うように、王族に求められるのは功績以上に『生き残る力』である。
それが、ドラゴンを相手にするとなると話は別だ。
軍部を出て、廊下に出る。
ここでも文官達が話をしていた。
「設計、遅れているぞ」
「作れるヤツが逃げちまったからな」
話題に挙がっているのは、間違いなく『花の聖女』ティタニアのことだろう。
先日、よりによって『花の聖女』を迎えておきながら、花壇に花が一つも無いという状態を作った失態により、完全に見限られてしまった。
王族からの指名を無視するのは、聖女といえど重罪。
だが、その罪に問われても自分の魔力を大事にするのが、聖女という存在の特徴でもあった。
何よりも『それ』を愛するが故に、神の力により『それ』の聖女となる。
花の聖女から花を奪うというのは、それだけでティタニアにとって存在否定に等しい。
「王子に何か仕事を任せられないか?」
「それ俺も思ったんだが、誰も任せたことがないらしい」
「……マジ? 俺お前がやってたと思ってたわ。だから俺はティタニア様の方に」
「こっちも全く同じ。王子は……っ、陛下!」
文官二人がこちらに気付き、深く礼をする。
内心『しまった』という表情を隠せていないが、そのことをアレクサンダーが咎める気力も湧かない。
「……担当しているものは、近い農村部への治水工事だったな。目処は立っているか?」
「いえ……その、順調とは言い難く……」
「正直、終わりが見えない状態です……」
二人は、ひどく憔悴した様子でお互いを見た。
「何故、そのようなことになっている?」
「……。元々、この件はアンバー様に任されていたのです」
アンバー。
その名前が出た瞬間、アレクサンダーは難しい顔をした。
(聖女アンバーが、治水工事の担当?)
「元々担当出来た者より、アンバー様の方が設計図の完成度が高く、また資材の計算も正確だったのです。それで設計担当の者は、公爵領の方の設計担当になるようラインハルト様が手配して……」
アレクサンダーは、一連の流れで何が起こるかに気付いた。
アンバーがその役を担ったことにより、仕事が増える。
その増えた仕事が他の人に回らないよう、ラインハルトが嫌がらせ半分で人事を動かしたのだと。
「それを引き継ぎ、ティタニア様が幾つか設計と費用の計算をしておりました。農業男爵の家出身なだけあって、河川の引き方や井戸の仕組みにもお詳しかった。ですが、それも」
「以前突如いなくなってしまわれて……今は我々が一から勉強して作っているところです」
「終わりが見えないですね……どこに参考資料があるのかも分からないので……」
その報告に、頭痛の種が増える。
アンバーは優秀だった。ラインハルトが嫌がらせのように仕事を増やした関係で、仕事が出来る者がいなくなった。
ティタニアも優秀だった。だがラインハルトが必要な世話をしなかったことによりいなくなった。
「他にも、兵站関係もアンバー様がやっていて、それをティタニア様が遅れつつも引き継いでいました。……正直、ラインハルト様は……」
「良い、許す。謹慎中だ、遠慮なく話せ」
「……本当に言ってもいいんですか? いいんですよね?」
アレクサンダーは、普段絶対に自分には見せない、文官の静かな怒りを感じる視線を受け止めた。
緊張が走りつつも、その言葉に頷く。
「では……」
目の前の文官達が、恐らく皆の言いたいことを代弁するかのように話し始めた。
「ラインハルト様は、正直なところ、何も分からないのです」
「……分からない?」
「はい。文字通り、何が出来て何が出来ないのか。誰に聞いても、『誰かがラインハルト王子は何を得意としているか把握しているだろう』と考えていました。アンバー様が仕事をなさっているからです」
「ですが、聞いてみると『お前が知ってるんじゃないのか?』という反応ばかりでした。ラインハルト様からは『俺は他の者の仕事を担当している』と言われていました」
「ティタニア様が城を出た後、誰に仕事を任せていたかをまとめてみると……一人残らず『俺はアンバー様、お前は?』だったのです」
「私が知る限り、ラインハルト王子はただの一つも仕事を担当していません。だから、何が出来るか全く分からないのです」
「少なくとも、剣術大会を見た政務官は『剣じゃなさそうだ』と言っていましたが」
アレクサンダーは、もう目眩から倒れそうだった。
信じて任せていた息子が、結局何も為していなかったのだから。
遠方で領地を持たせていた人物の顔を頭に浮かべたところで、急いで走ってくる門番がいた。
「陛下! 緊急でお伝えしたいことがあると『風の聖女』様が来ております! 非常に気が立っておられたので、入城を許可しました」
「……。分かった」
門番に対して独断を怒る気力もなかった。
アレクサンダーは自らエントランスまで足を運ぶと、見慣れない集団に声をかけた。
「緊急で聖女が来ていると聞いたが」
そこで、もう二度と会うことはないと思っていた者がいるとは思いもよらず。




