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アンバーと家族

「息子の無事は喜ばしくても、娘の無事は随分と嫌そうですね、父上」


「……! そ、そんなことは、ないぞ!」


 青い顔ながらも、なんとか取り繕うように口角だけヒクヒクと上げて喜びのような、完全に引きつった顔をしました。


「よ、よく無事に戻ったな」


「魔王島まで送り出したことは聞いていたのでしょう。知っている反応ですし」


「……!」


 誰もいない部屋で、まるで誰かを探すように左右に目を揺らす父上。

 実父に言うのも酷ですが、正直、かなり小物感が酷いです。

 後ろで「ええ……」と呟いたのは、恐らく私のガードをしてくださっている近衛の方ですね。


「何か、申し開きはありますか?」


「……わ、私のせいでは、ないのだ。相談があって、相談が……それで……」


「相談?」


 ここから先は、今まで起こったことを知る最後の機会です。

 漏らさず質問させていただきましょう。


「誰から、何の相談を受けましたか?」


「……」


「お父様が喋れないのなら、ラインハルト王子でしょうね」


「お……お前……! それ以上言うと」


「まだ聞きたいことはあります」


 私が畳みかけると、父上は一歩下がって黙ります。

 ですが、さすがにここまで言われっぱなしのつもりはないようです。


「……元々、その誰もを下に見ているような目が気に入らなかった……」


「思い込みです。私は上や下を考えて生きているわけではありません」


「お前はそうでもな、みんなそう思うんだよ。アンバー、お前はそうして、順当に周りに嫌われてきた」


 ……。

 実力があり、ただその場にいるというだけで相手が見下されたように思ってしまう。

 そういうことも、あるのでしょうね。

 父上なりの、私に対する褒め言葉とでも受け取っておきましょう。


 治し方も分からないですね、自分が優秀でなければ、力のない人が何かを失ってしまう。

 それを防ぐためなら、近い立場の人が私のことをどう思うかというのは些細な問題です。


 それでも……以前の私なら、このようなことを聞くとその通りだと思い込んで、自分が悪いとずっと考えていたと思います。


——ですが、今は違います。


「同じ立場に立って、実力が劣っているなら頑張ればいい。それで届かなければ、認めれば良い。誰かが上になれば、誰かは必ず下になる。必然の話ではありませんか?」


「……その目だ。前よりも嫌な感じになっている。父親だろうと、見下げているような」


「私がこういう目なのは元々です。それでも、あなたが尊敬出来る人物ならば言葉で伝えていたでしょう。ですが……育てた恩も何も、収入源は元々の立場と領地の文官で、あなたは浪費ばかりでした」


「言わせておけば……!」


「私は王城で事務も多数担当していたので、すぐに分かりましたよ。この領地はこの程度の規模ではない。その理由は……私に隠していた娘でしょう」



「……な、何故、それを」


 しらを切るのも忘れていますね。最初から隠せると思っていない辺り、相当に参っていると思っていいのでしょうか。

 とはいえ、許すつもりはありませんが。


「使い込みを話していただいたからですよ。母上が使い込んだのかと思いましたが、見た限り思ったよりもゴテゴテしていません。あの母上なら、浪費金額から推定すればもっと宝飾品まみれで出てくるはずです。それがなかったということは」


 私がそこまで話すと、部屋の奥から足音が聞こえてきた。


「い、いかん!」


 父上が止めるまでもなく、角から別の人物が現れました。

 髪は黒で、癖が強いロングです。

 服は派手なドレスで、バランスを考えない勢いでブローチがついています。

 指輪などは、若い姿に似合わないほど全部の指に指輪が嵌まっています。


 その少女は、私の方を見て……急に目を見開き接近してきました。


「なになに!? いい男がいるじゃない! 私の見合い? 受けてあげてもいいわよ!」


 ————。


 ……。

 今、この女は何と言いましたか?


 一瞬、自分の中の魔力がぐるりと暴れた感覚がありました。

 髪の毛が少し浮きました。……落ち着かなくては。


「見合い? 冗談でしょう。僕は少なくとも、この国にいる人と結婚するつもりはありませんよ」


「は? え、何? この男なんでこんなに偉そうなわけ? ていうかこの私に靡かないとかないわキショ」


 ——バシュッ!


「ギャッ!」


 あっ、いけませんね。

 出てしまいました、魔法。


 落ち着いて聞いているつもりでしたが、私の手が勝手に光線魔法を使っていました。

 彼女の髪の端が少し焦げて、嫌な臭いが部屋に立ちこめます。


「すみません、あまりに無礼なもので攻撃魔法が出ましたね」


「あ、あああ私の髪がッ! あんた一体何!? なんなのよこのブス」


「今度は額に当てた方がいいですか?」


「やってみなさいよ」


「や、やめるんだマチルダ!」


 さすがに父上は、私に絡むことの危険性を知っています。

 というより、相手の実力を測ることもなく挑んでくるこの自信満々振りはどうにかならないのでしょうか。


 それにしても、妹の名前は、マチルダというのですか。

 名前を知ったと同時に、自己紹介もなくセシル様に迫った無礼さを意識します。

 本当にどうしようもないですね……。


「全く……セシル様のことも知らずに無礼な声をかけたり、私が聖女であるということも知らずに挑んできたり……こういうところ、確かにトビーとそっくりですね」


「……せ、聖女!? あんたみたいな女、知らないわよ! だいたい聖女なんて、マリアみたいに私の言いなりになるだけの存在じゃない! 私は領主の娘なのよ!」


「へえ、領主の娘というのはそんなに偉いのですか。聖女よりも?」


「そうよ! 私の宝石の予算が大幅にそいつに削られるって知って、だから私、さっさと追い出せって怒鳴ってやったら尻尾を巻いて逃げ出したわ!」


 ……音の聖女マリア様、一度お見かけした時は寡黙な方でした。

 実力は相当にあったはずですが、言い合いは私よりも遥かに苦手そうな方でしたね。


 さすがに疲れてきたので、もう中に入らずに立ち去ることにします。

 妾の母親など、わざわざ見たくもありませんからね。


「聞きたいことは聞けました。後はラインハルト王子に会いに行けば、用事は終わりです」


「ま、待て! 行き場所はないのだろう!? ど、どうだ、もう一度この家の者として——」


「働いて、そのお金が全額その女の浪費に使われるわけですね。それで私が戻ると思い込んでいるのなら、代わりにあなたが聖女の分まで働けばいいでしょう。魔法、習得していますよね?」


「……!」


 押し黙った父上に「ちょっと、どうしてこんなブスの言いなりになってるの!?」と父親を怒鳴るマチルダ。

 私もこうして欲しいものに対して怒鳴れれば、父を言いなりに出来たのでしょうか。


「アンバー、いいのかい?」


「得るものがなさすぎますから」


「そうか……そうだね。僕も、ここまでとは思わなかったよ」


「セシル様にお世話になっている身で言うのも何ですが、私はラナ様みたいな妹がいるセシル様が初めて羨ましく思いましたよ」


「うん。それは今、本っっっ当に実感してるよ。凄くいい妹だなって」


 そんな会話をして出ようとしたところで、マチルダが大声で引き留めます。


「待ちなさい! 急に入って来て、男連れで言いたい放題言って! あんたは何なの!?」


「ご存じありませんか。ここの収入源であった『蜜の聖女』アンバーです。()ソノックス公爵令嬢です。ちなみにこちらは、他国のセシル第一王子です」


「……!」


 私の言葉に愕然とした顔で膝を突く父上と、家柄マウントが取れなかったマチルダが口をぱくぱくして何も喋れなくなっていた。

 そんな妹に、私は一言伝える。


「宝石代ぐらい、自分で稼ぎなさい。そろそろ誰も助けない時期が来ますよ。トビーには随分と勉強と訓練を言ってきたのですが、駄目でした。……あれを兄として頼るとあなたもすぐに破滅するでしょうね。まあ、これは私が言わなくてもあなたは分かっていそうですが」


 私は最後にそう伝えると、屋敷から出た。

 ここまで言えば、さすがにもう追撃の罵声は来なかった。

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