それは、とてもトビーによく似た人
さて、仕事も終わりましたしどうしましょうか。
「……さすがにそこに放置したままでいるわけにはいきませんね」
私はトビーに回復魔法を一応かけます。
すぐに起きることはないでしょうし、周りの魔道士達に声をかけます。
「皆様もお疲れ様です。この愚弟は……まあ、正直に話せばあの母上がどんな反応をするか分かったものではないですし、見たことをどう話すかはお任せします」
「……は、はあ……」
戸惑い気味の壮年の魔道士さんに、トビーのことを任せます。
この弟のこと、出来ることならあまり考えたくないですからね。
「トビーちゃんんんんんん!!」
と思ったら、今一番か二番目ぐらいに聞きたくない声が聞こえてきました。
「あああトビーちゃん! 勇ましく出て行ったから大丈夫だと思ったのに……ちょっと! あなたたちどういうこと!?」
「そ、それはダリア様……」
「言い訳はおよし! トビーちゃんの為なら盾になって死ぬ! それが貴方たちの役目よ! トビーちゃんは貴方とは命の価値が違うのよ!」
「……はい」
「……何? ちょっと。何よその目は、何!?」
「いえ、その……お、お許しを……」
「言いたいことがあるようね!? いいわ、聞くだけ聞いたらすぐに親共々解雇して僻地へ送ってやるから!」
「——聞いているだけで懐かしい気分になりますね」
私は目の前で繰り広げられる会話に、淡々と割り込みます。
話に入って行くつもりはなかったのですが、我慢できませんでしたね。
「何ですって! ちょっと、あな……た……」
「相変わらずお変わりなく……なさ過ぎるようですね、母上」
私が淡々と話をしているところで、セシル様やグスタフ様が周りに集まりました。
そちらの顔ぶれに母上が少し気圧されているようですが、そのぐらいで収まる人ではありません。
「あなたは、海に流したはずよ! どうやら進路を変えて、別の領地で男を侍らせているようじゃないの。卑しい女だわ」
「男を侍らせて……」
「そうよ下賎な風俗の男共ね。どんな手を使ったかも知らないけど、低俗な遊びでもしてるんでしょうね」
ふと、言葉の意味を考えて……。
——パァン!
「へぶっ!?」
「……あら」
自分でも驚いたことに、思いっきり頬を叩いてしまいました。
さすがにセシル様達も驚いています。
「あまりにあんまりだったもので、手が出てしまいました」
「お、おおお親に向かって手を上げるなんて!」
「子供が親を叩くことより、親が子を叩き慣れている方が相当だと思いますけど? 今回の一回程度で相殺出来るほど、私の叩かれた数は少なくありませんが」
「黙りなさいッ!」
母上の右手が振り上がり、私の頬に向かって振り下ろされます。
ぶつかる瞬間に少し意識を集中させ、防御魔法で跳ね返すようにしました。
母上、ビンタしたまま手の動きがそのまま逆向きに弾き飛ばされ、ぐるぐると回って倒れ込みました。
「気が済みましたか?」
「お……おの、れ……」
久々に見た母上は、何というか……こんな人だったかな?という感想が出てしまいます。
ここまで酷くはなかったように思うのですが。
「随分と余裕のない母上に聞きますが……音の聖女は出て来ないようですね?」
「……!」
「国の防衛を国王の采配で決めている音の聖女が、まさか出て来られないということはないと思いますが。むしろ周りの魔道士達を労うべきでしょう。聖女なしで戦わせるなど領主の責任を問われますよ」
「い、言わせておけば……!」
母上は先程から、傲慢な態度を変える様子はありませんが、それでも分かることはあります。
この人は、先程から何というか、すごく言う事がぼやけています。
声色だけは勇ましいですが、相手に対する憶測ばかりで、後は怒りの発散でしょうか。
怒ることは、きっとこの人にとってとても楽しいことなのでしょうね。私には全くその気持ちが分かりませんが。
「具体的なことは、何も言わないではないですか。もう一度聞きますよ。音の聖女が本来ここを守るべきでしょう?」
「あの女は! 自分の役目を放棄したのよ!」
「そうですか。……それは、まさか『音の聖女』に対して音楽を聴かせずにいたから、なんてことはないですよね。それこそ——私に蜂蜜を制限したように」
「……!」
まあ、その通りだと聞いているのであくまで再確認ですが。
どうやら本当に言った通りだったようですね。
かつて魔力を発揮できなかった者として、この地に来てコンサートすら面倒で聞かせてもらえずにいた、一人の聖女に同情します。
「父上に会いに行きます」
「……!」
「さすがに逃げているわけではないですが、この現状を聞かなくてはなりません」
私はそう言うと、何やら言語にならない叫び声を上げる実母に背を向けて歩き出しました。
「そうそう」
私は振り返り、母上の姿を横目に見ます。
「あなたが風俗の男と呼んだその人は、他国の第一王子です」
「……!?」
「周りの人はみんな第一王子の家臣です。ドラゴンを殴れるぐらい強いですが、今殴りたいのは誰でしょうね」
目を見開いて固まる母上の姿を見て、哀れに思います。
「ちなみに、トビーも相手の素性を確認せずに、ドラゴンそっちのけでセシル第一王子に攻撃魔法を使いました。その反撃に殴られて一撃で気絶しています」
最後に、座り込んだ母上に淡々と告げます。
「——本当に、お似合いの親子です。私は貴方の家族に思われていないようで本当に良かったと思っていますよ」
それだけ伝えると、領地の中へと足を進めました。




