トビーの失態とその罰
久々に見たトビーを、じっくり観察します。
いつも豊かな表情は、今は真っ青になっていますね。
後は、ちょっと……ちょっとではないですね。明らかに太っています。
そろそろ身長の成長期に対して、体重の成長期がやってきたのでしょうね。
「そんな……姉上は、魔王島に行ったはずじゃ……」
「ええ、行ったわ。魔物を倒して戻って来ただけのこと、分かるでしょう」
「は、はあっ!? 海の魔物は!?」
「大きいタコさんは倒したわ」
私の言葉に「分からない……」と呟くトビー。
分かりそうなものですが、難しいのでしょうか。
話している途中で、サンダードラゴンが唸り声を上げました。
思い出したかのようにトビーが見上げて震えます。
……私を見た時の方が青い顔をしている辺りが納得いきません。
「話の途中です、お静かに願えませんか?」
『ヴヴァアアアア!!!』
「却ってうるさくなってしまいました。仕方ありませんね」
サンダードラゴンは、私の言葉が分かっているのか分かりませんが、大口を開けてブレスの準備を始めました。
周りの皆様が動こうとしましたが、ここで私が止めます。
「大丈夫です。一旦私にお任せください」
私はポケットから、クッキーを取り出します。
一口。チョコの甘さとアーモンドの香ばしさが鼻から抜けて、美味しいですね。
サクサクサクサク……。
のんびりクッキーを食べている途中で、サンダードラゴンは電撃のドラゴンブレスをぶつけてきました。
耳の方を入念にバリアで塞いで、目を閉じています。音のダメージは肉体的な攻撃を貫通しますからね。
「当たった! 直撃……え?」
何故か私への攻撃に対して嬉しそうに声を上げ、煙の中から姿が見えると戸惑うトビー。
こういう所、改めて思いますけどちゃんと本心を腹の中に収めていないといけないのではないでしょうか。
何を考えているのか、私以外にもよく分かります。
「大人しくしているつもりはないようですね」
戸惑い気味なサンダードラゴンに声を掛け、手を向けます。
ようやくこの辺りで、身の危険を感じたのでしょう。
今度は私の方から目を逸らし、ない羽と斬られた足を動かして逃げようとしました。
この魔物が最初から人を襲わなかったのなら別ですが、そうはいきません。
「ちょっと逃げるには、やらかしすぎましたね」
私はそう呟き、手を前に出します。
ドラゴンの体が、徐々に氷に覆われます。それと同時に、動きも鈍くなります。
体が大きくても、力が強くても、やはりそこは爬虫類の限界ですか。
追加でクッキーをもう一枚。体の中に力が漲ります。
何度食べても、この感覚は格別ですね。
ウィートランド王国では、ついに一度も出来ませんでした。だから、今日は初見せとなるでしょう。
「——終わりです」
私の右手から出た光線が、動きの鈍くなったドラゴンの頭部に当たります。
ブラックスライムと同程度とは思いましたが、回避能力に劣る分は防御力が高いですね。
ですが、それもここまで。
セシル様の作ったクッキーを食べた私の前では、いささか防御力が足りませんでした。
『ガ——』
最後に痙攣すると、ドラゴンは白目を剥いて、その長い首から落ちるように地面へと倒れました。
これで、目的は達成できましたね。
「さて、話です」
私はぐるっと振り向き、トビーの方を向きます。
トビーは……尻餅をついていました。
「ば、バケモノ……」
「実の姉を化け物呼ばわりとは失礼ね。あなたには言いたいことが沢山あるけど、まず真っ先に言いたいことがあるわ」
私はトビーへと一歩ずつ進みます。
トビーは自分の勇姿(という名目の漁夫の利)を見せびらかすため、当然のように部下を引き連れています。
もちろん今の、非常に情けない姿で去って行く姿も皆に見られています。
「なんで……なんでお前が、そんな、そんななんだよ……おい……」
「……」
私はトビーの近くまで来て、座り込んだままの弟を見下ろします。
「相手が誰か分からなければ、最大限配慮する。実力も立場も知らない人間を相手にする時は、何がどう悪い方向に転ぶか分からないから」
「なんだよ〜、またお説教かよ〜……」
「トビーはそうやって、私の言葉を『説教』という分類にまとめてしまって、結局何でその言葉が必要だったかは分からなかったようね」
「意味ないだろ〜、僕より偉いのなんて、ラインハルト様ぐらいだって。パパが王様の次に偉いんだから、僕は王族の顔さえ覚えてたら、誰も逆らえないんだよ〜」
「……そんな言葉を、鵜呑みにしていたというのね」
弟の短絡さと、父の愚かさに呆れます。
本当に、家のことは全て文官が何とかやりくりしていたのでしょうね。
一度手に入れた地位に胡座をかきすぎています。
その完成形が、トビーという感じでしょうか。
私は振り向き、こちらを向いているセシル様の事を指差します。
「魔王島の裏には、人が住む街があるの。お城があるの。私も知らなかったことだけど」
「……何だって?」
「あちらにいらっしゃるのは、魔王島のスロープネイト王国から来た、セシル・スロープネイト第一王子よ」
「……。第一、王子?」
「そう、私だって頭が上がらない人よ」
ようやく状況が飲み込めたのでしょう。
トビーは首をゆっくり横に振り、呆然と呟きます。
「知らなかった……知らなかったんだ……知らなかったんだから僕は悪くない……」
「だ、そうです」
私は振り返り、セシル様に話を繋げます。
セシル様は怒りを通り越して、呆れてきていますね。
代わりにグスタフ様が、剣を仕舞った代わりにグーを握っています。
……抑えてくださいね、グスタフ様なら本当に即死しかねないですし。
「アンバーの弟ということで大目に見ようと思ったが、僕の部下が代わりに殺しかねないね。謝罪するつもりもないようだし」
「ヒッ! ももも申し訳ございません!」
地面に膝を突いて謝り始めました。
このプライドのなさ、本当に家族と思いたくありません。
同じ状況なら私も誤るでしょうが、そもそも誤るまでの流れに持って行かないように礼を尽くすのが貴族です。
礼を尽くす必要のある相手が殆どいないのは、ある意味公爵家に生まれたことのデメリットかもしれません。
「僕が許したら、部下が納得しないだろう。そこで、こういうのはどうだい? 君が一度攻撃した分、僕も一度君を攻撃する。これでお互いになかったことにしよう」
「……そ、それ、は……」
「みんなもそれでいいかな?」
セシル様が淡々と振り返り、グスタフ様は腕を組んで頷き、セバスは「王子の思うままに」と礼をしていました。
近衛の皆さんは、まあ行け行けモードです。
ちなみにフレイヤ様もあっち側で親指立てていました。
セシル様が剣を持ち、さすがにまずいと思ったのか周りの魔道士達が入ろうとします。
しかし、セシル様のスピードには敵いませんでした。
セシル様は一瞬で距離を詰めると——剣を握った手で、グーで思いっきり顔を殴りました。
明らかに体重がセシル様より重いトビーの体が、思いっきり浮かび上がります。
トビーは誰もいない地面に叩き付けられ、そのまま白目を剥いて気絶していました。
死んではいないでしょう。
「止めなかったね」
「斬ることはないと信じてましたし、正直スッキリしています。やっぱり今になって思うのですが、私はあの弟のこと嫌いですね」
私がそう言うと、ようやくセシル様は笑いました。




