アンバーは聖女部隊と合流する
「間に合いましたか」
遠くにその巨体が見えた時、本格的にまずいなとは思いました、
長い間ウィートランド王国で聖女として活動していましたが、あの規模の魔物に会ったことは一度もありませんでしたから。
それにしても、随分と暴れてくれたものです。
あの街は、私が産まれた街。お世話になった人も、店も……。
「……あまりないですね」
正直知らないお店ばかりではありますし、思い入れがあるわけではありません。
ソノックス南西には、外からの人向けレストランがあるんですね。
初めて知りました。
ただ、それはそれとして、ソノックスの領地を破壊されると、まるで自分の持ち物が知らない間に壊されていたみたいで嫌ではあります。
「お……おお! おおおー! アンバー! アーンバー!」
あれは、間違いありません。『火の聖女』フレイヤ様です。
以前お目にかかった時も、こんな感じで話しかけて下さいました。
「お久しぶりです、フレイヤ様。お元気そうで何よりです」
「いや元気っつったらアンバーの方だよお! なんか魔王島まで島流しとか古風な処刑させられたって聞いたけどお?」
「そうですね。とはいえ、拘束も何もなかったので、魔王島の魔物を倒してそのまま島で半年ほど暮らしておりました。こちらにサンダードラゴンが行ったと聞いたので、戻って来ました」
「自由人!」
自由人の代表みたいなフレイヤ様に言われると、少し恥ずかしいですね。
のんびり会話を出来そうなのはここまで。
サンダードラゴンが起き上がり、こちらを見ています。まあ、普通は攻撃した人に注目をしますよね。
セシル様達にも必要事項の伝達をします。
「攻撃を引きつけます。一応防御魔法で攻撃は通らないはずですが、くれぐれもご無理なさらず」
「分かった! セバスは馬を頼む。グスタフ!」
「おう! お前ら行くぞ!」
グスタフ様が大声とともに近衛二名を連れて走り出し、セシル様ともう一人のセシル様を守る近衛が後を追います。
セバスは馬を操って、戦場から離れました。よくあの馬は逃げませんでしたね、偉いです。
「おやおや、あのアンバーが逆ハーレムしてる。これはいいものを見られたね」
「シルフィ様」
汗を掻きつつも、いつものように余裕の表情を崩さない『風の聖女』シルフィ様がいらっしゃいました。
本格的に、聖女が集まってきているみたいですね。
サンダードラゴンがこちらを見て再び雷撃を放って来たので、手を払って空中に水の塊を出現させます。
機転を利かせたセバスが、離れた位置から私の出した水の塊へと自身の剣を投げ入れます。
その瞬間、サンダードラゴンの雷撃はセバスの剣に吸われました。こちらへの雷撃もほぼありません。
「いい判断です、セバス」
「これぐらいは役に立たないと来た意味がありませんからね」
実際、セシル様のお世話係として来たのに、馬車を見事に操ったりとセバスは本当に頼りになります。
あの狼さんは、不思議とイメージと違って紳士ですし、いつも頼りになります。
グスタフが思いっきりジャンプし、サンダードラゴンの頭上にまで跳び上がりました。凄まじい脚力です。
自身も強化魔法を使っていると思いますが、それだけであそこまで身のこなしが軽くはならないでしょう。
「頭が高いんだよ!」
グスタフ様の剣が、サンダードラゴンの頭部を上から殴りつけました。
向きとしては斬り付けたように見えたのですが、完全に切れてはいないようです。
かなりダメージがあったようには見えますが。
「よっと!」
「隙だらけだな!」
近衛兵のお二人が、続いて跳び上がって足を切りつけます。
関節を狙ったのか、お互いにドラゴンの膝裏から鮮血を吹き出させるような攻撃をしていました。
「何あの人ら強すぎウケる」
「どこの騎士団の人なんだい?」
さすが王直属のエリートだけあって、こちらもウィートランドでは見たことがないぐらい動きがいいです。
強化魔法もしっかりしており、一人でもウィートランド王国剣術大会で上位に入りそうな……むしろ、優勝していきそうな実力があります。
もしも聖女なしで剣術大会に団長でもない人が現れて優勝したら、ウィートランド王国の剣術大会の面目は丸つぶれでしょうね。
「それでは僕も」
セシル様は、事前に私の強化魔法がかかっております。
もちろんクッキーを食べて使いました。
スロープネイト王国では最強となるセシル様の力は、並大抵のものではありません。
「ハッ!」
跳び上がって胴体一閃。
相手も警戒してか素早く避けたため、さすがに一瞬で切り落とすまではいきませんでした。
それでも、ドラゴンの固そうな胸が大きく切り裂かれて派手に血が飛びます。
怒りにまかせてドラゴンが腕を振り下ろしたところを、もう一人の近衛さんが盾で殴りつけて相殺します。
あの人は盾を専門とするのですね。頼りになります。
「セシル様は狙わせませんよ」
サンダードラゴンが、最も強敵と認識したセシル様を攻撃しようとした瞬間、頭部に炎の魔法を叩き付けます。
フレイヤ様が「そういうことならあ!」と炎の魔法を追加して援護して下さり、シルフィ様も参加なさいました。
聖女三人の意識散らしは相当鬱陶しいようで、サンダードラゴンの攻撃が再びこちらに向かいます。
流血が激しくなってきたサンダードラゴンは、先程よりも誰が見ても弱っている雰囲気です。
近衛の方が羽を狙ったことで、サンダードラゴンは地上に降り立ちました。
魔物がこちらを睨み付けていますが、そろそろ決着です。
誰もがそう確信した、正にその瞬間。
「このソノックス公爵領の平和は! 僕が守〜る!」
なんとも勇ましいかけ声が聞こえてきました。
遠くを見ると、仰々しいぐらい豪華絢爛な貴族服を着た魔道士がいました。
「アンバー、あの無謀な人は誰?」
「トビーです」
「……知り合い?」
「弟です」
セシル様が、信じられないようなものを見る目で、トビーの方を見ました。
表情の変わらない私ですが、一度も噛んだことのない苦虫さんが、今日は口の中にいらっしゃる気がしました。




