廃墟になった港町
海岸の方に見える煙の数々。
それは全て、泊めている船から出ているものでした。
やはり、被害が広がった後だったようです。
「さて、のんびりしている時間はここで終わりだ。ここから先は俺達も、気合入れていこうぜ」
「そうだね、陸に降りたら僕も頑張っていこうか」
「くれぐれも前に出すぎないようにお願いしますね」
グスタフ様が気合いを入れて真っ先に港へ降り立ちました。
セシル様と近衛兵の皆様も降り、セバスが続きます。
「ピエール様はどうなさいますか?」
「待っている、というのもそれはそれで危ないだろうか」
「いえ、ピエール様にも防御魔法を付与しているので、恐らくこの辺りの魔物では一切傷が付くことはありません。船も含めて、丸一日ほどはその強度で持つはずです」
「いつの間に……わかった、ここで待っていよう。それに、別に戦えないわけじゃないからな」
そういえばピエール様も、あのスロープネイト王国で漁に出ていた人。
この辺りの魔物に負けることはないでしょう。
それでは私も、船から下ります。
この大地に足を踏み入れるのも久しぶりのこととなりますね。
ここから先は私が案内しましょう。
「まずは、この辺境伯領の配置を解説しますね。ここが港であり、また防衛地点です」
船が燃え上がったり、橋が壊れたりしていますが、概ね形は変わっていません。
正面には大きな壁があり、入口にはドアがあります。
ただ、今はそのドアも壊されており、中にいる受付の人達も誰もいません。
「誰もいませんが、勝手に入国しますね」
私はその誰もいないカウンターに声をかけ、街の中へと入って行きました。
ウィートランド王国、南端のレイン辺境伯領。
その場所は、普段ならば少しやかましいぐらいの賑やかな声が聞こえる街です。
今は、あちこちの建物が破壊され、人は誰も残っていません。
街の人は、逃げ延びたのでしょうか。
「これは酷いね……」
「思ったよりも被害が大きいですね。サンダードラゴンは積極的に街の中に降り立ったのだと思います」
「何故だと思う?」
「やはり、あれでしょうか」
私が見た視線の先には、特に破壊された建物がありました。
その店は、主に海のものを取り扱った料理店でした。
「中の料理というか食材というか、その辺りが狙われたのだと思います」
「そりゃ魔物も長旅の後は飯屋を襲うか」
「恐らく朝のうちに逃げたと思いますが、朝早くから仕込みをしていたので、いくつか食材を温めていたのでしょう。その匂いがドラゴンに嗅ぎ取られたのだと思います」
お店を確認しながら、周りをしっかりと確認します。
ぱっと見た範囲に、人間が焼け焦げたようなものがないのが救いでしょうか。
「ひでえなこりゃ……兵士は誰も抵抗しなかったのか?」
「大前提としてですが、ウィートランド王国では魔法を『魔道士協会』が管理していて、それなりの値段を出して学院に通った人か、貴族しか学ぶことが出来ません」
「魔法を教えてない……って、何でだよ」
「うーん、争い事や揉め事で一般の人が強くなるのは大変とか、犯罪組織が魔法を自由に扱えるようになると大変とかありましたが、件の犯罪をしていたのが落ち目の貴族で、部下には普通に魔法を教えていたので意味はなかったですね」
「子供でも思いつきそうな実例じゃねェか……」
グスタフ様のツッコミに、まあその通りだなと思います。私でもそうなると思った例ですからね。
そうなると当然、犯罪をする貴族に対して魔法の使えない一般人は勿論のこと、兵士も自警団も捕まえられません。
結局、他の領地から魔法兵団と聖女が来て捕まえるに至ったと聞きます。
「しかし、魔法ナシでドラゴン相手は考えたくねえな。確かに守りとかやってる場合じゃねえ、兵士も逃げてンなこりゃ」
「むしろその方が余計な心配をしなくて済みます」
兵の方には悪いですが、下手に戦って犠牲を出さないでいただきたいですし。
「となると、通り過ぎたってことだが……——そこ! 誰だ!」
グスタフ様が、一瞬で剣を出して構えます。
その直後、近衛兵の二人がセシル様に、一人が私の前に立ちます。
セバスも護衛の一人として、セシル様の後ろを警戒して下さっています。
「そこの民家、いるのは分かるぜ。人間だろ、いきなり襲いやしねェよ」
グスタフ様は剣を一旦下ろし、相手の反応を見ます。
広場にある民家の方で、ゆっくりと扉が開きます。
中からこちらを窺うように、若い女性が現れました。
皆が警戒を解いて、セシル様がグスタフ様の横に並んで話しかけます。
「あなたは、この街の方ですか?」
「は、はい……。皆様は?」
「僕達はー、あー、救援を聞いて無許可で来た、お忍びの兵士。内緒にしてくれると助かるよ」
「救援の貴族様……! わ……わかりました、口外いたしません」
セシル様の雰囲気はやはり貴族然としているのか、近衛の方々がいらっしゃったからかは分かりませんが、すぐに信用いただけたようです。
「何があったか、聞いてもいいかな? ドラゴンが来たという話しか聞いていないから」
その言葉を聞いて、女性は青い顔をして震え始めました。
「……あ、あのドラゴンは……口を開けたと同時に、電撃を放ったのです……! その瞬間、凄まじい音と同時に、船が爆発して燃え上がったのが見えて……」
「それは、よく無事だったね……」
「はい……家には地下があるので、私はすぐにそちらに隠れていました。ドラゴンが地上に降りた音と、建物を破壊する音が聞こえて……それ以外は、もう、ずっと地下で隠れていました……いつ自分の家が破壊されるか気が気でなくて……」
思い出したように、女性は自分の体を抱いて震え始めます。
他の建物が壊される中、自分は相手に見つからないように隠れるのみ。その恐怖は半端なものではないでしょう。
「それで、途中から違う音が聞こえてきたのです。魔法で岩か何かを叩き付けるような音で」
「岩?」
「はい。そこにある見慣れない岩の破片が、それだと思います。その後ドラゴンは、飛び立ちました」
「方向は分かる?」
女性が街を見渡し、一方を指差しました。
「北東です。あちらに向かいました。西の煙はいつも立っているものですけど、東にはないです。恐らく火事になっているのだと思います」
「分かった。僕は向かうから、くれぐれも無理に出て来ないように。船にも一人残してきてるけど、魔物が来ないとも限らないからあまり外に出ないで」
「分かりました……!」
女性はセシル様に深く礼をした後、家の中に入って行きました。
セシル様がこちらを見ます。
「アンバーはどう思う?」
「間違いなく、他の魔道士が街から引き離したのでしょう。私達も同じ方角に向かった方がいいと思います」
「分かった。それじゃ、その方向で」
まだ見ぬサンダードラゴンを追って、私達は北東へと足を進めました。




