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ウィートランド王国10

 ウィートランド王国の、中央の王城。

 毎年のように表向きは派手に新年を祝いつつも、国王アレクサンダーの内心は晴れやかではなかった。


(アンバー・ソノックスを失った穴は大きい)


 まさか、自分の息子があそこまで直情的で短絡的だとは。

 国王は、忙しさを理由に全てを任せっきりにしていた自分自身を恥じていた。

 もう少し、何かやりようがあったのではないか……そう思わずにはいられなかった。


 アレクサンダーが、蜜の聖女アンバーを見つけたのは遙か昔。

 アンバーが聖女になるより前である。


 ソノックス公爵家は、享楽的ながらも発展した街と豊富な人材により、常にセーフのラインを守った運営をし続けていた。


 アンバーを見たのは、その時だった。

 自分の息子と同じ年齢ながら、常に落ち着いた風格。

 マナーは完璧ながら一切笑わず、子供らしさのない少女。

 自分が王として会った時は、マナーとして読まないながらも常に本を持っていた。

 それが子供用の絵本でなく二学年ほど飛び級した算術の本であることを見た時、アレクサンダーはアンバーを『王妃の器』と思った。


 聖女になったことでアンバーは正式に王子の婚約者として王城勤めに呼べることになり、王妃教育を含めた全てを部下に任せた。

 優秀で、何一つ問題がないどころか進みが早すぎるとすら言われていた。


 王子の方をそれに合わせようとして、幾分か焦りが出た故に、ラインハルトが教育係の変更を要求した。

 それが教育者の焦りが原因ではなく、単純にラインハルトの問題であったとアレクサンダーは今更ながら悟る。


(どこで間違えた……いや、そうではない)


 ソノックス公爵家には、アンバーという優秀な娘を産んだ恩も考え、またアンバーの仕事量に見合った報酬を与えるようにしていた。

 アンバーへの報酬に関しては、政務官に一任していた。それが、実はラインハルトに管理されていたのを知ったのも最近だ。

 ラインハルトが『ソノックス公爵家から分配する』という名目で、公爵家にアンバーの分も含めた大金が渡っていた。

 それが実際にアンバーの手に来ることは、遂になかった。


 反面、ギリギリの生活をしていて、持てる貯金は最低限を省いて使う生活をしていたソノックス家は、当然のことながら生活水準が一気に上がった……というのは少し違う。

 元々非常に高い生活水準であった。基本的に欲しいものを我慢しないのがソノックス家の人間である。


 では、何が起こったかと言えば……単純に、『買う量が増えた』のである。

 手に指は十本しかないが、平気で二十個も三十個も指輪を集めた。

 一着しか着られないドレスを、箪笥三つ分、四つ分……部屋に入りきらないものは飽きて売り払った。

 ただし、かさばらない指輪やネックレスは増える一方であった。


 家計を担当する家臣も、あまりに入ってくる額が大きかった。

 何より、自分達の生活水準も給与の高さに否応なく上がったので、抑えが効かなくなっていた。


 『蜜の聖女』を送り出した公爵家は、『音の聖女』を領地に置いた。

 無論アレクサンダーも実際に会っていたが、アンバーの弟と似て娯楽を人生の中心と考える聖女であった。

 その趣味である音楽が彼女自身の力になるので、それならと娯楽施設も多い公爵家の配属となったのだ。


 それで、表面上は上手くいっていた。

 アンバーただ一人の犠牲によって。


(どのルートに行っても、間違いが起こっていただろう)


 今回の問題が一番理不尽である理由は。本来虐げられていたはずのアンバーに対し、まるでアンバーが全て悪かったかのように全責任を押しつけられた事であった。


(アンバーが、あまりに……あまりに()()()()()。本来破綻が生まれてしまうような不整合を、一人で持たせてしまった。その上で本人が、文字通り楽にこなしてしまったので不平不満の声が聞こえてこなかった)


 優秀だから選んだ結果が、優秀すぎたことにより不整合が起こる。

 あまりに皮肉なことであった。


 更に、もう一つの問題があった。

 それは、王子が勝手に連れてきた聖女が『花の聖女』だったことである。




 元々、花の聖女も王子の相手として考慮だけはしていた。

 能力は高いし、頭も良く、何より見目麗しい少女だった。


 ただし、彼女の『聖女』としての性質にはひとつ欠点があり、それを考慮してアレクサンダーはティタニアを候補から外していた。

 ラインハルトは、それを分かっていなかった。


『——花を用意してないっちゅうのは、どういうことや!? あ!?』


 ティタニアはその日、凄まじい剣幕で怒った。

 初めて見る花の聖女の怒りに、ラインハルトは完全に萎縮してしまっていた。

 アンバーのように言い返さない女だけ相手にしていたからか、本気で遠慮なくキレる女性というは相手にしてこなかったのだ。


 ティタニアは、ただの花の似合う乙女ではない。

 大地の中で育ち、桜の木々に囲まれ、オレンジの実を食べて育ち……同時に、藪の蚊と戦い、桜の毛虫にも驚かず、オレンジの木を枯れさせるカミキリムシには容赦のない少女であった。

 単純な虫嫌いではなく、虫も含めて自然とともに生きている。

 それでいて、誰よりもお姫様のような美しさを崩すことはない。

 それこそが、植物とともに生きるティタニアの本来の魅力であった。


 故に、ティタニアは普通の少女とは『花に対する本気度』が違った。

 王族であろうと、花に関する事なら遠慮することなく意見を言える人であった。

 今まで我慢していたのだろう。それが花のない環境になったことを切っ掛けに全て決壊した。


『なんでや!? 普通! 考えるやろ! 花の聖女は()()()()()()()()()()って!』


『……ふ、冬に花が咲かないのは、当然、だろう』


『んんんなわけあるかこのボケが!!!』


 ラインハルトは、失言に気付かない。

 今の発言が、『冬は何の能力も使えない』と言っているに等しい侮辱であることに。


『サイネリアもクリスマスローズも、マジで何も用意してひんのか!? あんた王子やろ!? 花の聖女を呼ぶなら、好きな花だけ植えてりゃ済むようなトシちゃうやろ!?』


 正論であった。

 花の聖女がどういう存在か知っていれば、花を失うということがどれだけ国益を損なうかは分かるだろう。

 その辺りを今まで深く考慮していなかった。花のある庭があれば大丈夫だろう、程度にしか考えていなかった。

 当たり前である。ラインハルトは、顔と聖女の肩書き以外見ていなかったのだから。


 一方、冬に花が咲くことも、春と同じでないことも当然ティタニアは知っている。

 故に王城の中庭を紹介された時、自分が来たのなら花壇に四季折々の花を植えているものだと思い込んでいた。

 それが、一輪も冬の花を植えていなかった。


 アレクサンダーは、遠征に向かわせた魔導隊の恨めしそうな表情を思い出しながら呟いた。


「こんな城より、田舎の飯屋の方がまだローズマリーがあるだけマシ、か」


 ローズマリーは、秋の終わりから春過ぎまでにかけて花が咲く。

 その葉はハーブ・スパイスとして有名であり、肉料理は当然アレクサンダー自身も食べていた。

 ただし、様々な料理を提供しなければならない王城のキッチンでは、他のハーブも含めて全てのローズマリーは乾燥して保存している。


 料理に使われていたあの細く小さい葉。その花を観賞するなど、食べてばかりの自分では考えつかない話であった。

 花が咲くから、植物は実が生り種が落ちる。だから食卓の野菜と果物は全て花がある。

 ティタニアにとっては重要な常識だった。


 独り言を呟いても、誰も反応しない。

 門番以外誰もいない王座に一人座って幾度も考える。


「本当に、こんな城よりマシだっただろうな」


 アレクサンダーは西の塔二階の謹慎部屋方面を見て、また誰からの言葉も返らない独り言を呟いた。

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