船の中で、皆と話をする
一定の位置を超えると、船は魔物に遭遇することなく海の上をすいすいと進むようになりました。
どうやらあの凶悪な魔物は、全てスロープネイト北部の海に特に集中している。ようです。
むしろセントスパンの港にいる魔物ですら、北部の余り物というぐらいに少ないのでしょう。
「この辺まで出ると、魔物って一気に減るんだな」
「ピエール様でも、普段はここまで出て来ないのですか?」
「出て来ないというより、北には行かないんだよ。迂闊にあの付近に近づいて、船ごとクラーケンに吞み込まれたら悲惨な赤字になってしまう」
それなら確かに近づかないに越したことはありませんね。
遠方といっても、漁に向かうのは基本的に南側なのだそうです。
「南には魔物はいないのですか?」
「いない。いないから魚も多い。当たり前だけど、魚も貝も魔物がいたら逃げるからな。それが特定の海域にだけいるのなら、魔物だって逃げるだろう」
言われてみれば、それもそうです。
動物だって魔物に襲われたくないですからね。
運転はもう安定していそうなので、セシル様の方へと向かいました。
席には既に近衛兵のお一方以外は皆様戻っていらっしゃって、席に座ってのんびりしています。
「アンバー。お疲れ。手伝えなくてごめんね」
「いえ、海の上となるとセシル様に出て行くわけにはいきません。私は一人でも自力でなんとなかりますが、セシル様は得意分野でないでしょうし」
「海の上で戦うのが得意分野なのは、スロープネイトでもアンバーだけだと思うなあ……」
そんなセシル様のつぶやきに、周りの人達が笑います。
グスタフ様は、袋に包んだ鶏肉の塊を食べていました。携帯食らしいです。
「それは、食事ですか?」
「ん? おお、サラダチキンだ。これと野菜が俺の食事の基本だな」
「甘い物がありませんが、それで魔力は足りるのでしょうか」
「……クッキー食べただけで魔力回復するのはアンバーだけだかンな?」
「そうでした」
今度はグスタフ様との会話で周りの皆に笑いが起きます。
そういえば、元々セシル様のクッキーでは筋肉より脂肪がつきすぎてしまうから遠慮されて余りがちだったのでした。
真面目な生活というものへの意識が高いのか、スロープネイトの女性は皆さんとても細くて筋肉質です。
「セバスも、なんだか無理についてきてもらったみたいでごめんなさい」
「とんでもない。セシル様がいない状態でお城にいても大した仕事もありませんし、それでしたら自分も一緒にウィートランド王国を見て来たいと思っていたところです」
「そうなのですね。とはいえスロープネイトに比べるとウィートランドはあまり面白い場所も珍しい物も少ないかもしれません。せいぜい私みたいな聖女がいるぐらいで」
「それ、相当珍しいですからね」
「そうでした」
セバスへの返答にも、周りの皆がどっと笑いました。
今日の私は、どうやら皆様にとって楽しい人のようですね。
この調子で話しかけていきましょう。
「近衛兵の皆さんも、お疲れ様でした。もう一人の方は見張りですか?」
「そうです。元々海が好きなヤツみたいで、それでずっと外に出ている感じですね。気持ち良さそうです」
「海の上は不安定ですのに、偉いですね。先程もとても活躍していらっしゃいましたし」
「いや聖女様の方が魔物を倒した数は圧倒的に多いですけど」
「……そうですか?」
私がそう言うと、一瞬沈黙が起きます。
どうだったでしょうか。
何か、タコ料理のことを考えていて倒した数に全く関心がありませんでした。
「こっちは全員で後方担当でしたが、前方は全部聖女様ですよね。それなら圧倒的に多いですよ」
「そうでした」
言われてみると納得するしかなかったですね。
皆さん顔を合わせて、それから笑いました。
「ハハハ、何だか今から究極の魔物を倒しに行くというノリじゃなくて、遊びに行く気楽さでいいね」
「適度な緊張は大事だが、今からビビってたって意味なんかねェからな。何が起こるか結果は結果、それなら意味のない心配より楽しいことを考えるもんさ」
「本当にアンバー様といると旅行みたいですね」
皆様が楽しそうに笑っていらっしゃるので、私の気も楽になりました。
私が気にしているのは、魔物ではなく人々の方です。
不可抗力であったとはいえ、少なからず私が出て行ったことによる影響はあるはずですから。
ですが、確かにグスタフ様の言うとおり、今から気にしても仕方ないですね。
こういうところは、戦場に出慣れているグスタフ様の言葉が響きます。
青い海をゆっくり渡ります。
一人の小型ボートに比べると速度はそこまでではありませんが、それ故に気持ちを落ち着ける時間も出来ました。
こうして話してみると、皆さんの士気の高さが分かります。
近衛兵といっても普通に会話に参加しますし、それで王子とも互いに楽しそうです。
ウィートランド王国では、近衛兵の私語は禁止でしたので、私でも全く声を聞いたことがない兵士ばかりです。
ですが……そういう愛着のない兵士が果たしてどれだけ王族のために命を賭すでしょうか。
特に、こういう魔物の襲撃がある場面において、忠誠心の差は大きく出るように思います。
少なくとも私は、セシル王子だけは何に代えてでも守りたいというぐらいには思っています。
私が聖女じゃなくても、会話に参加しない近衛兵でも、きっとそう思うでしょう。
「……ん?」
上で風に当たっていた近衛の方が降りてきました。
慌てた様子です。
「緊急! 正面の方、かなり煙が出ています!」
その話しを危機、私は急ぎ甲板へと出ました。
進行方向を見据えると……久々のウィートランド王国と、乱戦の跡がある港が見えました。




