ウィートランド王国9
「朝が来るぞ! 応援はまだなのか……!」
「近隣のブラックバレー伯爵領、魔導兵士五十名! フェリングトン伯爵騎士団、百名! 『風の聖女』シルフィ様も来ていらっしゃるぜ!」
「よし!」
望遠鏡を覗き込みながらあ、男達が会話を交わす。
先程までの噂好きの男は、ベテランの監視員らしく様子のおかしい海を目視で確認しながら、情報収集に明け暮れる。
既に見張り塔から上司側に連絡をし、向こうは連絡用の魔道具で各領地に助けを求めている。
その情報を、見張りの男は逐一回収していた。
「あんたが噂好きなの、こういう時の為か!」
「そうそう! 半分は自分の楽しみだが、もう半分は、人生情報を制したヤツが生き延びるっていう経験則だ!」
うっすらと明るくなりつつある夜の海を見て眉間に皺を寄せ、男が溜息を吐く。
「ちくしょう、望遠鏡で天粒だったのに、完全にもう肉眼でも眩しいぞ」
「進行ペースが遅いのが救いですかね」
「馬鹿野郎、あの『魔王島』だぞ。海からの半魚人どもがこっちと全然レベルがちげえ。トビウオみたいに空のドラゴンにまで飛び乗りやがるし、ドラゴンの方は電撃で全員黒焦げだ」
「加わりたくねえ……」
ぼそりと言った新人の言葉に対し、二人は一瞬押し黙る。
その数体の秒殺されたサハギンより自分達は強いだろうか。
次に加わる戦場では、自分達がその半魚人と同じ係だということは、否応なく気付いていた。
「いざとなったら俺は逃げる」
「俺も。つーか魔法なしであんなのとやり合う気はない」
お互いその意見だけは一致した。
あんなもの、逃げるしかない。こいつも逃げるのだから、俺が逃げても仕方が無い。
二人同時にそう言えば、言い訳が立つ。
「他の所はどうなってる?」
話を切り上げ、新人はベテランに報告を催促する。
「そうだな、後は西の方は分からん。山があるし、伝達が遅れているだろうな」
「それもそうか。ってことは、残りは東と王都の方だな」
南の辺境伯を魔王島からの盾にする形で、北部に広がる大陸の街を守っている。
とはいえ、各地の地形はバラバラで、どの場所から応援が来るかというのは簡単に言い表せない部分があった。
「兵站や移動にかかる諸費用に関してなんだが、この辺りが最近は妙に計算が合わないようになったみたいでな。どうやらお国の文官連中の質が落ちたらしい」
「おいおい、体張るわけじゃないんだから、せめてそこはしっかりやってほしいよな」
「以前まではかなり優秀な世代で、俺らの時代は運が良いって言われてたぐらいなんだがなあ」
そこは、まさにアンバーが担当していた場所であった。
「そうそう、『火の聖女』フレイヤ様は到着が遅れるようだが、じきに向かってくるそうだ」
「フレイヤ様、滅茶苦茶強いんだろ? 少しは希望が見えてきたな」
「ああ。幾分か持たせられるだろう」
ティタニアと戦った侯爵家のフレイヤは、元々攻撃魔法を専門としている者であった。
名前の通りの情熱的な人物でもあり、その強さは皆から信頼されていた。
「とはいえ、だ。さすがに他の聖女様も集結しないとまずいよな」
「そうだな……ちょっと出てくる」
男は再び情報を拾いに、見張りの外へ出た。
内心戻って来るか賭けた方が良かったかと思いながらも、新人は再び窓の外を見る。
朝日がそろそろ昇ってきそうなほど、海は明るくなってきていた。
逆にサンダードラゴンは、視認性が落ちている。
昼間に日光の下でライトを点けても明るくないように、日中に電気が走っても夜ほど目立たない。
新人の男は覚悟を決め、望遠鏡を覗いた。
海中から現れた縮尺を間違えたようなタコの魔物に、鞭のような電撃が当たってタコが沈む。
災害VS災害である。
そんな様子を更に数十分ほど眺めた頃。
「……おいおい、マジかよ」
長い夜が終わり、日光が海面から顔を出し始めた頃。
先程から、妙に視界の中が単純化してきている。
サンダードラゴンが、魔物の襲撃を受けなくなった。
つまり、魔王島の領海から出たのだ。
こっちの方の魔物に、あのバケモノにちょっかいかけるような種族はいないだろう。
もう一人の男が戻ってくる。
「そろそろヤバいところだが……さて、ここで君に情報を出そう。クッソ悪い情報と、最低最悪な情報。どっちを先に聞きたい?」
「地獄じゃねーか! もうどっちでもいいよ!」
「ではクソから。ソノックス家、応援なし。完全にゼロ、あの魔王兵団も、魔法職である令息サマも出て来ないらしい。聖女は依然、行方不明だ。……『音の聖女』も強いって話なんだがな、いないんじゃしょうがないよなあ……」
「もう領地取っ払ってしまえよ、一応建前上は国王並みに権力あるんだろ公爵家。いざという時に助けにこれないのなら、青い血を自覚する権利もねーな」
男は頭を抱え、ふと嫌な予感を覚えた。
「……今の情報は、一つだ。なあ、まさかと思うがもう一方の悪い情報もあるのか?」
「ああ、とびきりだ。俺はこの話をお前にした後、サンダードラゴンの位置次第では一目散に逃げる」
その反逆罪スレスレの発言に息を吞み、黙って次を促す。
「では言おう。王国最強の強化魔法使いであり、最高クラスの防御魔法使いであった『花の聖女』ティタニア様は——剣術試合の更に後、もっとひどいことがあって、物凄い剣幕で男爵領に帰った」
「……。……ってことは」
「ああ。『王宮側からの救援は、聖女ナシ』だ」
新人は、窓の外を黙って見る。
すっかり上りきった朝日とともに、ゆっくりとサンダードラゴンの羽が動いている姿が、肉眼で確認出来た。
よく見ると、煙が立っている。
それはロープを繋ぎ忘れたボートが、炎上していた黒煙だった。
二人はお互いに目を合わせると、黙って見張り塔から逃げ出した。




