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アンバーは海へ出る

 ホリー様の故郷、セントスパン。

 港町であるここは海産物が豊富で、それらを国に運ぶことで発展しているらしいです。


 もちろん魔王島スロープネイトなだけあって、明らかに海の魔物のレベルは高いです。

 だから海の魔物に対抗するために、陸の人間のレベルも高くなければいけません。


 その代表例が、ホリー様です。

 若くして天才魔道士だったホリー様は、村の男達に交ざっても何一つ不自由なく敵を倒すことが出来たそうです。

 ただ、一点問題がありました。


「意外とね……海に出るのが苦手だったのよぉ〜」


「海に、ということは波ですか?」


「そうなの。ゆらゆら揺れていると、ちょっと気分が悪くなってね。だから、陸で戦える浜辺の警備隊に入ってたの。そこで当時の隊長さんから、王都へ行ってみないかって言われて」


「なるほど、それで」


 ホリー様が王城勤めになった経緯が分かりました。

 海の見える街に生まれたからといって、誰でも海が得意なわけではないのですね。


 そんなホリー様が先導すること十分ほど。

 いよいよ海が見えそうな場所に来たところで、ホリー様が大きなお屋敷の敷地へと足を踏み入れました。


「ここがホリー様の家なのですか」


「まあね。さすがに王族との婚姻ともなると、ある程度有力な家同士でないと細かい部分がややこしくなっちゃうし」


 そんな話をしていると、家の扉が開きました。


「ホリーか?」


「遊びに来たわ、って言いたいところだけど用事よ。入っていい?」


 そこに立っていたのは、白い髪をした男性。

 ホリー様のお父様……にしては、かなり若いですね。


「あー、あの人は私の弟ね。気軽におじちゃんとかおっさんとでも呼んであげて」


「ピエール様ですね、よろしくお願いいたします」


「……このえらく出来た綺麗な子は何者だよ」


「最近来たという聖女の話、知らない?」


「納得」


 ピエール様は、私に挨拶した後すぐにセシル様にも気付きました。


「セシル君も久しぶりだね」


「はい、叔父様。ご無沙汰しております」


 セシル様とも気易く話す理由は、母の弟という関係だからでしょう。

 何よりセシル様自身が、あまりそういった相手に敬称を使っていただきたいと思わないような気がします。


「あと、グスタフと近衛三名ね。私を除くこのメンバーで海に出るんだけど、船出してもらえる?」


「急に来たと思ったらそれか。用事か?」


「みんなで北に行くみたいなの」


 その話を聞き、ピエール様は腕を組んで難しい顔をなさいました。


「……以前、北の方に行ったバカが海の藻屑になった話をしたよな?」


「うん、聞いたわ」


「それを分かった上で、どうしても行くのか?」


「アンバーの故郷にドラゴンが向かったの」


 決定を渋っていたピエール様ですが、その一言で少し考え方を変えたようです。

 故郷というものに、特別な思い入れがあるようです。


「故郷……故郷か。そうか聖女様の故郷は北の大陸か。そりゃ大事になるよなあ……。セシル君も行くことは、もちろん陛下は」


「了承してるし、生きて帰ると思ってる。私もそっちは全然心配してないもの、船も間違いなく無傷よ」


「そこまで言うなら問題ないな。分かった、ただし俺も一緒に乗る。つーか一番ごつい船なら俺しか扱えないしな」


「あら、そう? だったらセシルはお任せしようかしら」


 トントン拍子で話が進み、ピエール様が船を操舵して下さることとなりました。

 一緒に来てくれるとは、有り難いことです。




 船は中型の金属製で、来た時の船とは比べものになりません。

 客席は二十席ほど、その後ろにフリースペースがあります。

 手すり付きの甲板にも出ることが可能ですね。


「それじゃいってらっしゃい! お土産もよろしく!」


「観光じゃないんだけどなあ」


 セシル様が苦笑しながら、ホリー様に手を振り返します。

 私も小さく手を振ったところで、船が動き始めました。


「へええ、俺初めてなんだよ海、すげーなあ」


「ずっと王都っつってたもんな」


「都会モンだなあ」


 近衛兵の皆様も、三名がそれぞれ個性のある方です。

 一人は風を受けて気持ちよさそうにしていらっしゃいますし、もう片方の方はグスタフ様に何か酔い覚ましのようなお薬をいただいています。


 風が気持ちいいです。

 以前の時は楽しむ余裕などなく、考えていることは蜂蜜の残りが足りるかどうかでしたね。

 こうして見ると、海は本当に広くて綺麗です。


 ピエール様の運転席も、お邪魔しました。


「お、アンバーさんか」


「はい。ふと気になったのですが、故郷というものに何か思い入れがあったりするのでしょうか」


「おおっ急だな?」


 ピエール様は、港町……ではなく、王都近くの方を見ました。


「俺はもうちょい内陸部の出身で、入り婿だったんだ。だけどな、海に出ているうちに、実家が火事で燃えてしまったんだよ」


「まあ、それは……」


「だから、故郷ってものにもう立ち寄らなくなった。帰らなくなって十年なんだが……時々、夢の中に昔の家が出るんだよなあ。不思議なもんだ」


 そういう事情が、あったのですね。

 本当に、一人一人にそれぞれの人生があります。


 外がにわかに騒がしくなってきました。


「魔物だ! 船を——」


「ああ、避けなくて結構です。防御魔法を張っているので、ドラゴンブレスでも傷一つつきません」


「——何だって?」


 私は甲板に出て、既に慣れた様子で戦っていらっしゃるグスタフ様と二名の近衛兵さんを見ました。

 切り飛ばされた半魚人の体が、甲板を滑り落ちていきます。


「それでは、私も僭越ながら」


 クッキーを一つかじり、遠くの方に居る巨大なタコの足を見つけます。


「あれですね」


 そのまま水中に光線魔法を撃ち込み、黒い絵の具が広がったところで巨体が浮き上がりました。


「この辺からクラーケンが出るのですね。でしたら私は前方にいます。後ろの方は、お願いしますね。セシル様達は、中の方をお願いします」


「……お、おお……」


 グスタフ様と近衛兵の皆さんがぼんやり頷いたところで、中で苦笑しているセシル様に手を振って前方に立ちます。

 空からはワイバーンですね。大丈夫、まだまだポケットの中は予備が一杯あります。

 それでは久々のウィートランド王国へ向かいましょう。

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