意外な強敵
森の中に入り、虫型の魔物を倒していきます。
未知の大きな木が生い茂る森は薄暗く、青白く光るキノコが道を照らします。
他には何か巨大なものが落ちたかのような地面の凹みなどがあります。
大型の魔物でしょうか。
途中に大型のハチの姿をした魔物も現れましたが、私の防御魔法に触れた瞬間に全身を焼く魔法で対処しました。
紫の大きな熊もいましたが、私の魔法が発動する瞬間を見て逃げました。
示威を見せて余計な争いを避けられるので、少し目立つ魔法ですが選んで良かったです。
多数の魔物が、同じように逃げていきました。
それにしても……困りました。
食べても大丈夫そうな果物が分かりません。
というのも、ここに生息している植物の種類があまりに独特で、食べても毒がないか分からないのです。
いくつか確保して、最後の手段としておくことにしましょう。
「……? あれは……」
スライム……と思われるものです。
独特のゼリーの塊のような姿をした弱い魔物ですが、私が見たものと比べてかなり黒っぽいです。
色だけでなく、何か変なような……。
そんなスライムが、じっと停止した状態で視界に入りました。
襲って来ないのなら対処はしなくてもいいだろうと思い、私は壁の方を目指して森を進みます。
……ズズズ。
ふと振り返ると、スライムは私の方へ移動していました。
ですが、私と目が合った――ような気がした――瞬間、止まります。
……何でしょうか。少し嫌な予感がします。
元々強めに警戒してはいましたが、思えば何故こんなに凶悪な魔物がいる森にスライムが?
スライムの方を注目していたから、突然後ろで魔物が燃え上がって驚きました。
後ろから私を攻撃しようとしていたリザード系の魔物が、反撃を受けて燃え落ちていたのです。
とりあえず脅威でなかったので一安心して再び振り返ると……スライムは鋭い棘を一本出すかのように体の表面を尖らせています。
何か、明らかに準備をしています。
――そういえば、燃え上がった魔物を見ても、逃げていない?
疑問を持った次の瞬間――!
「うっ!」
スライムの出した針が、射出されました!
当然私の防御魔法に当たって燃え上がりますが、本体にダメージは行っていません。
このスライム、私を見て戦い方を学習し、対処してきている……!
それだけではありません。
明らかに、防御魔法が自分の中の魔力を大きく吸っているのです。
つまり今のは、明確に『強い』攻撃だったわけです。
私の反応を見てか、表面の針が五本、六本……立て続けに私を襲います。
その度に体の中から、フッ、と魔力が減っていくのを感じました。
これは……まずいですね。
「……そっちがその気なら」
私は、普段あまり積極的に攻撃を行いません。
ですが、聖女として活躍するために基本的な魔法は全て学習しています。
その上で自分だけの魔法もいくつか考え出しています。
このスライムには、そのうち確実性の高いものを使いましょう。
「あなたに選んだ魔法は、これです――!」
その瞬間、使ったのは――相手側に防御魔法を遠隔で使うこと。
球体に囲まれたスライムは、地面ごとそのままふわりと浮き上がります。
私が真っ先に警戒したのは、このスライムが凄まじく賢いこと。
私の攻撃を学習して対処してきたことから、相当な難敵だと思いました。
ならば、もし。
『自分が相手なら、何を考えているか』という視点での予測が出来るのなら。
「多分、常に地面に逃げようとしていましたね?」
土から掘り起こして気付いたのですが、スライムの核が地面の下にありました。
やはり、そうです。
通常のスライムと特に違う印象だったのは、これがなかったせいです。
スライムは、急に透明の栗かと思うような姿になり、自分を囲ったバリアを攻撃し始めます。これが全力ですか……早めに対処しておいて正解でした。
地面にあったコアは中央に……いえ、私が狙うのを警戒して素早く動いています。
本当に賢いですね……こんな魔物が王国に現れたら、一領地ごと喰らいかねません。
ですが、その対処も考慮済みです。
「……どうやら、効いてきたようですね」
私が仕込んでいたのは、バリア内への冷凍魔法。
空中に浮かんだ球体は、今急速に冷えていっています。
水の中央ほど温度が保たれるので、必然的にコアは中央に待避しました。
そのコアも、完全に凍って動かなくなります。
倒せない魔物や病魔などを確実に殺せる方法が火なのだとしたら。
捉えられないほど速い敵を確実に止める方法が氷です。
「これで、終わりです」
空中で凍り付いた、黒いスライム。
そのコアを、右手からの光線魔法で貫きます。
凍った時点で死んでいたかもしれませんが、そうでなかった場合を考えてこうさせてもらいました。
「ッ、ふぅ……終わりました」
厄介な相手でした……。
沢山出没するスライムという魔物が、こんなに強いなんて。
魔王島のことを、少し侮りすぎていたかもしれません。
間違いなく、今まで生きてきた中で最も強い魔物でした。
目下、心配するべきは魔力の補充でしょう。
何でもいいから、甘い物を口に含みたい。
何かあるといいのですが……。
◇
——少し、拙いことになりました。
私は現在、森の最南端。
石で出来た壁の前にいます。
問題は、ここに来るまでの間に果物らしいものが発見できなかったことです。
つまり現在、魔力の補充手段がないのです。
「思った以上に、残りの魔力が重要になってきました」
壁沿いに、今度は東へと進んでいきます。
もしも何もなければ、海を渡って壁の反対側を見るべきかもしれません。
何か、何でも………………。
……ん?
石の崖に、大きな扉があります。
何故、こんな場所に……?
すっかり自然界だけだと思い込んでいたので、明らかに人工物としか思えない近代的な鉄扉に、完全に意表を突かれました。
まさか、魔王島という災厄の印象だけでつけた名前の島に、本物の魔王でもいるのでしょうか?
「……!」
物音に振り返ると、後ろから再びハチの魔物が現れました。
厄介です。相手がどんなに弱くても、私の魔力を枯渇させるには数さえいればいいのですから。
一瞬で距離を詰め、同時に一瞬で勝手に燃えていった魔物。
燃えた瞬間、僅かながら脚の力が抜けました。
……いけません、これは枯渇の兆候です。
「ここまで来たら、何が出ても後悔はありません」
私は意を決して、崖に現れた扉を開けて中に入りました。