アンバーは馬車の中からスロープネイト王国を見る
すみません、誤って別の作品を一時掲載しておりました……!
ニコニコのホリー様を、ちょっと恨めしそうなラナ様が見送ります。
私達の旅に、ホリー様が一緒に来ることになりました。
「それじゃ、馬車に乗るけどいいね」
「はい。……まあ、立派ですね」
「ちょっといいのを使っているからね」
馬車は大きく、三人を乗せても余裕があります。
マントを外した軽装鎧姿の近衛兵さんと、グスタフ様は別の馬車に乗るようです。
「よろしくお願いします」
「聖女様ですね、お噂はかねがね。陛下より礼を尽くすよう申しつけられております、何か御用でしたら遠慮なく」
「はい、その際は是非。私も皆様に怪我がないよう最善を尽くします」
近衛兵の方々は、普段国王陛下の護衛にいるため私との交流は少ないのです。
とはいえ、セシル様をお守りするため、特に熟練の戦士として仲間に加わってくださることになりました。
そんな近衛兵の方々は、私を興味深そうに見ます。
「……本当に、表情が変わらないのですね」
「相手に好意を抱いても嫌悪を抱いても変わらないのですが、スロープネイト王国の全てに好意を抱いていますよ。怒っているように見えたら申し訳ありません」
「ああいえ、そういうわけではないのです。予め確認しておかなければ、表情だけで状況を判断しかねないので」
「なるほど、確かに仰るとおりですね。お気遣いありがとうございます」
さすがに優秀な方です。
私が危機的状況に……なるかは分かりませんが、もしなったとしても表情が変わらなければ、緊急案件だとは思わないでしょう。
その確認があるのは、こちらとしても助かります。
「我々は、グスタフ隊長と一緒に向かいます。それでは」
三人は揃って礼をすると、後ろの馬車に乗りました。
それでは私達も向かいましょう。
道中、馬車の中ではセバスも……と思ったのですが、セバスは馬車の御者をして手綱を握っています。
なんと、馬車も乗りこなせるのですか。優秀なのですね。
もしかすると、馬の方が狼さんを恐れて大人しくしているのかもしれません。動物は勘がいいといいますからね。
「広々していていいわね〜」
「ホリー様、こちら毛布です」
「あら、ありがとう」
ホリー様は、一緒についてきたナタリーから毛布を受け取り、膝にかけていました。
「アンバー様もいかがですか?」
「私は大丈夫ですよ、ナタリーが使ってください」
「そうなのですか? でしたら御言葉に甘えて」
元々セバスと屋上で会っていただけあって、冬の夜中ぐらいなら大丈夫です。
というか、スロープネイト王国は温暖なので、そこまで冷える印象がないですね。
「ナタリーも付いてくるのですか?」
「私は馬車の中までです。さすがにお役に立てませんから。ウィートランド王国にも……見てみたいとは思いますが、行きたいとは思いませんし」
そういえば、ナタリーには日常会話の一環としてウィートランド王国のことを話していましたね。
私の境遇はやはりあまり良いものではなかったようで、ナタリーからしたら魅力的には感じないのでしょう。
実際、私もナタリーをウィートランドで働かせたいかと言われれば、首を横に振ります。
「それにしても、新年は盛大に祝おうとしていたところで、ホントごめんね」
「ああ……そういえば、新年でしたね。今年も……今年から? よろしくお願いします」
「うん、よろしくね」
私は馬車の中の皆と、それぞれ挨拶をします。
「ウィートランド王国では、どんな新年の祝い方をしていたの?」
「お城は派手にパレードをしていたり、立食パーティーが開かれて諸侯を呼んだりしていたそうです」
「……ウィートランドの王城に住んでいたんだよね?」
「はい。といっても、パーティーの際は王宮別棟の方で大量の収支管理に追われていました。途中からは花火や音楽隊など、計算の量が増えるのです」
「……ごめん、悪いことを聞いた」
「いえ、いいのです。ラインハルト王子から怒鳴られない分一人でいられて楽でした。すぐに終えて読書をしていましたね」
「本当にアンバーは逞しいよ、僕だったら耐えられなさそうだ」
セシル様はやはりお優しいですね。実際私にとっては、普段より気持ちは楽なぐらいでした。
ホリー様が私の話を聞いて、横からハグをしてくださいます。
温かいです。
あとナタリーは「やっぱりウィートランド好きになれない」と仰っていました。
なんだか悪い話ばかりしてしまって申し訳ないですね。一応いいところも……ある、と思います。
……ないことはないのですが、スロープネイト王国と比較して良い部分は、ちょっと探すのは難しいかもしれません。
他の聖女の方々は、比較的話しやすい方だったということぐらいでしょうか。
馬車に揺られる中で、私達は城下町を出ます。
こうして見ると、本当に島国のイメージとは思えないぐらい物凄く広い国です。
ウィートランド王国も、大陸を開拓してはいるものの途中が山だったり未開拓だったりしますからね。
有効な土地だけなら、スロープネイト王国の方が広いかもしれません。
「この辺りでは、確か蜂蜜を作っているんじゃなかったかな」
「まあ、そうなのですね」
よく目を凝らしてみると、森の中に一瞬だけ、人工物の木のようなものが見えた気がします。
近くには、小屋がありました。
あそこに、普段いただいているものがあるのですね。
「ありがとうございます」
姿の見えぬ養蜂家の方にお礼を告げ、セシル様が微笑みました。
「あと蜂さんもありがとうございます」
今度はちょっと吹き出しました。
森の間にある道を抜け、大きな柵がある場所で休憩し、次は牧草地。
緑の平原が視界いっぱいに広がっており、かなりの牛さんがいらっしゃいます。
「あの乳牛から、普段使っているバターの素材が出来るんだよ」
「なんと、そうなのですか。牛の皆さん、ありがとうございます」
私は馬車の窓から牛さんに手を振ります。
心なしか、牛さんがこちらを見た気がしました。私は牛さんをじっと見て会釈します。
ホリー様は楽しげに笑ってらっしゃいました。
「ところで、ホリー様は一緒に向かうのですか?」
「一緒に行きたいわ! だけど、今日は間を取り持つだけ。……こっそり付いていったら、後でアーヴァインが心配しちゃうから」
「取り持つ……?」
私が疑問を持っていると、「そろそろね」とホリー様が外を見ました。
牧草地を抜けた先は、新たな柵。その向こうは、ちらほらと民家が出始めていました。
空を見ると、何羽か白い鳥が飛んでいました。
特徴的な鳴き声は、島に来る前にも聞いています。
カモメ……ということは。
「この先は、海ですか」
「そう」
ホリー様が窓を開け、風に髪を靡かせます。
「んー! この潮の香り! 帰ってきたって感じね!」
その一言で、ようやく理解しました。
スロープネイト王国、南西の領地。
王妃が北部討伐隊の魔道士として王城に勤める前に住んでいた場所。
その名も——。
「——セントスパンへようこそ!」
故郷の大地を踏みしめ、普段以上に子供らしく笑ったホリー様が、笑顔で腕を広げた。




