アンバーの居場所
ゆっくりと、平原の方へと足を進めます。
一歩一歩、何一つ警戒することなく。
もう一体のドラゴンが私に突っ込んできますが、手を向けて吹き飛ばします。
魔法の言葉は要りません、これが一番効率的な魔法だと判断したので
再びドラゴンが空高く飛び……今度は砂浜の方まで飛んで行きます。
着地後、一斉に周りの魔物が動きました。
どうやらワニの魔物と争っているようですね。
「アンバー」
「セシル様」
魔物の中心で果敢に戦うセシル様は、さすがといった強さです。
強化魔法を使えばラナ様のスピードを上回っていたので、このような陸地のドラゴンに後れを取ることはないでしょう。
周りのドラゴンが私達を警戒する中、セシル様と背中を合わせます。
「以前より、思っていたことがあったのです」
「何かな」
「二人で一つ、というのが少し違う気がしていたのです」
二人で一つ。協力して力を発揮する。
確かにその通りでしょう。
ですが、それは二人が一緒になって、ようやく一つの力になるという印象です。
それ自体は良い物ですが……別に私もセシル様も、それぞれ一人だけでも能力を発揮出来ます。
二人で一つの力が、大きな力であること。
現在のセシル様であり、現在の私であること。
それを為しているのが、今のクッキーであること。
「力を合わせて、とはいいますが……別にこのクッキーは今働いているわけではありません」
「……つまり?」
「こういうことです」
私が再び手を前に出し、横に薙ぎ払います。
正面にいたドラゴンの四体が、同時に吹き飛びました。
「セシル様は現在、私の強化魔法で最強。私はセシル様のクッキーで最強。これ、普通の『力を合わせている』というのとはちょっと違いますよね」
「ああ、なるほど確かに。僕達は力を合わせて一つの力を使っているけど、それぞれがかかりっきりでなくていいんだ」
セシル様には通じました。
そういう一つ一つの以心伝心が、今はとても嬉しく感じます。
「さて、ドラゴンの皆々様。ここには、スロープネイト王国で一番強い剣士と、一番強い魔道士がいますので」
「二人で一つの力だけど、二人同時に相手してもらうよ」
「あと個人的に、私の虫の居所が悪いので、多少やりすぎてしまっても運が悪かったと思って下さいませ」
私がそう宣言したと同時に、ドラゴンが一斉に声を上げて襲ってきました。
いいでしょう、戦闘開始です。
私の右手が光の線を描き、襲い来るドラゴンの片足を切り飛ばします。
セシル様の感触が背中から離れたと同時に、後ろでドラゴンの悲鳴がいくつも立て続けに起こります。
正面からのドラゴンの突進を防いだと同時に、襲い来るもう二体のドラゴンに地面からの石壁を打ち付けて、動きを止めます。
後ろではドラゴンの悲鳴とともに、大きなものが落ちた音がしました。私と同じように腕か、もしくは首を切り落としたのでしょうか。
一匹が森の方を見て、他の兵士を見つけたのか狙いを定めます。
「弱った方を狙ったつもり? 舐められたものよね」
ラナ様が視界の隅でドラゴンの背中を大きく切り裂き、片腕が素肌のままの剣士がドラゴンの目を素早く切りつけました。
私が治療した兵士です。やはり、スロープネイト王国の戦士達は強いですね。
残りのドラゴンを、片方を海の底に、もう片方を光の魔法で両断したところで、背の方から着地した音が聞こえました。
「アンバー、調子はどう?」
「問題ありません、セシル様は?」
「お陰様で」
振り向くと、セシル様の方のドラゴンは全てが倒されていました。
三匹ほどは首を落とされた状態で、他の方には背に剣が刺さった状態です。
「他の兵士はもちろん、ラナが相当頑張ってくれたみたい」
「流石ですね。ラナ様にだけは最初から私のサポートが入っていないので、本当に素晴らしい実力だと思います」
「おっ、褒めてるのか嫌味なのか分からないコメントありがと」
耳がいいラナ様は、すぐに私達の方へとやってきました。
「助かったわ。正直こういうトラブルには対処できていたつもりだったんだけど、連れ去りなんて想定していなかったから」
「はい。お礼でしたらクッキーを焼いたセシル様に」
「アンバーってそれ徹底してるわよね。そういうところ可愛いぞー」
ラナ様は私に笑いかけると、そのまま兵士達の方へと向かいます。
最後に振り返り、「また後で話をさせて!」と言って走っていきました。
「セシル様、折角のお出かけでしたのに、申し訳ありません」
「いや、むしろ僕の方こそ城の問題なのにアンバーを頼ってばかりで……」
「——セシル様」
私は、途中まで話すセシル様の言葉を止めました。
「城の問題は、もう私の問題でもあります。だって私は、もう自分の国はここだと思っていますから」
はっきりと、セシル様に告げます。
「家族と言える存在は、私にとって厳しくて当然の人でした。婚約者とは、王妃教育を受け、生涯王を支えることに終始する存在だと思っていました。そうしなければ、国は運営出来ないほど大変なものだと」
平原でランドドラゴンから牙や角を取り出し、兵士達と一緒に喜ぶ第一王女ラナ様の姿が見えます。
ラナ様が、鎧の腕部がない兵士に牙を渡します。その瞬間に、また一斉に周りの人達が大声で歓声を上げています。
兵士の誰もが楽しそうです。
「ですが、見れば分かります。スロープネイト王国はこんなに王侯貴族が友好的なのに、ウィートランド王国と比べて何一つ劣っていません。ならば、私が考えていた常識は全部嘘なのです」
これは間違いなくそうでしょう。
ここまで厳しい魔物のいる環境でありながら、あの兵士達の楽しそうな顔を見ていると、王族の在り方を考えさせられます。
「もう、『蜜の聖女』として元婚約者と家族を甘やかし続けてきた、甘い自分は終わりです。私はもう、あの場所を故郷とは思いません。ですから」
改めてしっかりと、セシル様を見据えます。
「私を……これだけの王子からの恩寵をいただいた私を、正式にもう客人ではなく、スロープネイト王国の責任ある一人の人として、私を認識していただきたいのです」
言い切りました。
流されるまま『無糖の聖女』と扱われ、文字通り流されるまま島流しに遭った、流れ者のお客様だった昨日までの私ではありません。
私は、自分の意思で、『蜜の聖女』としてこの国を守ります。
セシル様は、無言で私を抱きしめました。
「こちらこそ、アンバーから得難いものをいくつももらった。是非、正式にスロープネイト王国の一員となってくれ」
「はい」
私はセシル様の背中を抱き返しました。
冬の寒空に、お互いの体温が温かい。
ですが、このほわほわした暖かさが戻って来たのは、決して体温だけではありません。
それが今分かるようになったことが、私にはとても嬉しいのです。




