初めての魔王島
「ボートが無事で良かったです」
そう再確認するように独り言を呟く。
直後、ボートにくっついてきていた魔物が沈んでいきました。
「事前に勉強していて、海にも魔物が出ると知っていたのは良かったです。『海の悪魔』でしたっけ……大きなタコだったんですね」
かつては遠征地の領地そのものを魔法で護っていました。
それはもう十歳の頃から出来たことですし、このサイズのボート一つを護ることぐらいなら簡単です。
南にある『魔王島』のことは知っていましたし、その近くは海の時点で魔物が現れることも知っていました。
だから辺境伯から出る輸送船は、必ず陸を確認しながら東に迂回して商品を東や北に届けるのです。
これは、政務官の方のお仕事を手伝ううちに教えていただきました。
ありがとうございます、兵站や魔石補充を担当していたおじさま。
海の悪魔ことクラーケンは、大型船と同じぐらい大きいタコだと言われていましたが……本当でした。
こんなボートなら、船全体を脚で覆ってしまえるぐらいでしたね。
ただ、タコであるという点を事前に知っていると、攻撃魔法の切断系を準備して撃てたので対処は簡単でした。
インクをこぼしたようにタコの墨が広範囲に滲んだ海も、すっかりボートの遥か後ろです。
攻撃魔法は、ラインハルト王子に禁じられていました。
お前の魔法は味方に当たりそう、だそうです。
そんなことはないのですが、確かに視界の外から魔法が前方に向かっていくのは安心できないのかもしれません。
「あるいは、ただ目立つ機会を奪っていただけかも」
考えても仕方のないことです。
それにしても……最後に蜂蜜の瓶を所望していて正解でした。
魔法を使えなければ、もう島流しになる前に終わっていました。
……最初から、そのつもりだったのでしょうか。
でも、生き残ることができました。
魔王島も、肉眼ではっきり確認出来ます。
ふと、魔石ボートのことを考えます。
「そういえば、魔王島への正確な距離を入力しているとは思えませんが……このボート、止まるのでしょうか?」
結論から言うと、止まりませんでした。
崖に勢い良く激突したボートは完全に壊れたでしょうし、私はその慣性のまま勢い良くボートから射出されてしまいました。
……空を飛んだのは、ちょっぴり楽しかったのは内緒です。
普段なら困っていた『表情が動かない・感情が薄い』という自分の悪い部分が、ここでは良いように働いていますね。
恐怖が全くないわけではないのですが、それ以上に全く未知の島ということに興味が出ています。
何より、魔物に私の魔法が通用することが分かったのも安心の材料となりました。
聖女の魔法が通用するのなら、悲観的にならなくてもいいかもしれません。
私は『蜜の聖女』という、魔力を得る手段が分かっている者ですから。
「さて、何から始めましょうか」
勢い良く射出された私は、海岸部分の大型ワニがいた地帯を飛び越えてました。
そのまま草原の方に、受け身を取りながら降り立ちます。
こちらは治療した戦士の方がやり方をお話ししてくださいました。
もちろん防御魔法も使っていましたが、本当に体への衝撃が少なかったです。
魔力は十分。このまま島の奥まで進み、何かないか調べてみましょう。
「島の正面には、切り立った高い崖。その近くは一面の森ですか」
さすがにほぼ直角の壁は魔物も登れないようで、石で出来た城壁のような壁が一面に広がります。
その崖は海まで続いており、完全に王国側にある魔王島北側の海を隔離していました。
つまり、今私の視界に映っている範囲が、私の移動可能な場所ということです。
思ったより狭いかも知れません。
何から始めるか。
その答えはもちろん……『蜜の聖女』として最も重要な、甘い物の確保です。
海岸部にはないでしょうし、魔物から甘い物を得ることも難しそうです。
あるとすれば、あの森の中。
「あの中に、何か果物があればいいけれど」
まずは行ってみてから考えましょう。
調べられそうな場所は沢山あります。
こうして私は、魔王島へと初めて足を踏み入れた王国民となったのでした。
何か新しい発見があれば、記録を残してもいいかもしれません。




