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アンバーと狼男の正体

『それで、今日もやってきたと』


「はい」


 私は折角ですので、二日続けて屋上に来て狼男さんに会いに来ました。

 もしかしたら今日は遠慮しているのではないかと思ったのですが、今日もいらっしゃるとは。


 本日は普通に起き上がることが出来て、セシル様とものんびりお話しをしました。

 また書類仕事も主に私の得意そうなものがありましたので、一通り処理しておりました。


 というわけで、一通りのことを無事に終えての屋上です。

 かなり早い時間で、セシル様が就寝した後ぐらいですが、ちゃんといらっしゃいました。


『警戒心のなさは相変わらずですが、何故私に会いに来たのですか』


「何故と言われますと、率直に興味があったからです」


『私のどこに』


「そうですね。伝承のように人を襲ったりしないことです」


 私の普通の質問に対し、狼男さんは難しそうな顔をなさいました。


『それを直接聞くというのですか』


「我慢していたりするのですか?」


『いいえ、全く。今は襲いたいと思わなくなりました』


「お仲間は他にいらっしゃいますか?」


『近くにはいません。ただ、人間の多くない街に住んでいます』


 ということは、城に住んでいるというのは彼一人ということになります。


 なるほど。

 一通りこの人のことは見えていましたが、なんとなく事情が見えてきました。


「質問があるのです」


『悩み相談ですか。最も近しい者にするべきでは?』


「人によっては、間違った違いになりそうなので。直接聞けなかったり、理想の答えに誘導されそうだったり……」


 セシル様に関する気持ちを、セシル様に相談するのはさすがの私もおかしいことぐらい分かります。

 ナタリー。私に対してもなるべくフェアに接していただける方ですが、いざこの相談に対して客観的かとなると難しいです。


 グスタフ様。……申し訳ないのですが、適切な回答が返って来る想像が出来ません。

 内面はきっと細やかな部分にも配慮のある方だと思うのですが。


 ラナ様。……かなり賭けになると思います。

 すごく真摯に聞いて下さるか、物凄く面白おかしく盛り上がるか。私の中で後者の方が強いです。


「それで、狼男さんにご相談できればと」


『この流れで私に客観的な質問が来る理由が知りたいですね……』


 狼男さんは溜息を吐きつつも、やはり真面目に答えてくれるみたいです。予想通りです。


「はい。相談というのは、この指輪に関してなのです」


 私の人差し指に嵌まっている指輪を見た瞬間、狼男さんは赤い目を見開いて顔を近づけました。

 こうして見ると、本当に大きいですね。


『……これは、本当に私に見せて大丈夫なのですか』


「そんなに変わったものなのですか? セシル様から嵌めていただいたものです」


 狼男さん、腕を組んで唸ります。

 こういう姿は本当に思慮深い人間さんそのものですね。


『ちなみに、ウィートランドに指輪を贈り合う文化はありますか?』


「もちろんあります。薬指に婚約指輪を」


『それは変わらない、か』


 独り言のように呟いたところで、私は質問を重ねます。


「私はセシル様にこの指輪をいただいて、指輪を意識すると少し気持ちがふわふわとするのです。その感情が何かわからず」


『感情がわからないというのは、つまり自分で意識できない感覚なのですね。その感情で嫌になることは』


「全くありません。ただ、なんだか浮き上がっているようで、分からないのです」


 ふわふわ……ほわほわ……。

 そんな感情、ウィートランド王国では一度もありませんでした。


『ふむ……成人するまで、その感情を体験してこなかったということですか……』


「はい。セシル様にこの感情を伝えるべきかどうか、可能であればある程度自分で答えを導き出したいのです」


 狼男さんは、私の話を聞いて屋上の城壁に飛び乗り、その縁に腰を下ろしました。


『分かりました。それでは質問しますが……あなたはセシル王子以外に、その感情を持ちますか?』


「いいえ」


『では、セシル王子以外にその感情を持つ可能性が考えられますか』


「いいえ」


 一つ一つ、丁寧に聞いていきます。

 この感情はいつからか。他に何か違う感情はないか。


 まるでカウンセラーさんですね。

 下手な人間より頭がいいのではと思ってしまうほどです。


『それでは……もう一つ。セシル王子がロザリンド嬢と結婚するとしましょう。祝福できますか?』


「それは、はい。友人として」


『本当ですか。毎日、セシルとロザリンドが一緒にいるのを見ても? 想像してみてください』


「ええ、何も……」


 想像してみます。セシル様が、ロザリンド様と。

 仲のいい人同士が仲が良いのです。祝わないわけがありません。

 二人はお話しをして、私にも話しかけて。


『あなたは話しかけられませんよ。二人の姿を見ているだけです』


 …………。


『ん? 何ですか? 突然回復魔法を使って』


 私は先程、何か痛みを感じて回復魔法を使いました。

 この感覚は以前もありました。


「ラナ様とセシル様を見ていた時にもありましたが、胸に針が刺さったような痛みがするのです」


『……感情が薄い代償なのか、物理的に、結構はっきりと痛みが外傷のように出るのですか。ラナ王女の時は』


「兄妹だと知らなかった時になり、知った瞬間に消えました」


 私の答えに、狼男さんは呆れたように大きな溜息を吐きました。

 ……答えを知っているようです。


「この病気は、何なのですか?」


『それは、異性に対する独占欲や、同性に対する嫉妬というものです』


 これが?

 私に、独占欲……?


 その感情が現れる理由は……物語でも、はっきりとしています。


『これが私から、出せるヒントの限界です。後は感情の薄いあなたでも導き出せるでしょう』


 本当に、大きなヒントでした。

 この人に相談して良かったです。


「ありがとう、セバス。夜寒い中長話させてすみません」


『構いませんよ。……いえ、今何と?』


「私、出身国を言ったことはありませんよ?」


 狼男さんは頭を押さえ、再び溜息を吐きました。


『それだけで分かったのですか?』


「人の出入りが分かると事前に言っていましたよね。なので、内部の人であることは分かっていました。他には魔力の質が同じだなと思ったことや、特徴的な瞳が一緒だと思ったことなどでしょうか」


 相談するなら、一番バランスが良さそうなのがセバスだと思ったのです。

 ですが、彼は王子とずっと一緒にいる執事。

 その姿がセシル様から離れることはありませんし、セシル様の目の前でセシル様の相談をするわけにもいきません。


 セバスが一人でいる時もありました。

 ですが、セシル様を差し置いてセバスだけにコンタクトを取るという行為を見られてしまうのがあまり良くないことぐらいは私にも分かります。


 故に、この時間帯の『狼男さん』に相談するしかなかったのです。


 セバスは、再び私を見て笑いました。


『初めてですよ、狼男をただの恋愛相談に呼んだ人は』


「はい。あと自分で導き出したからいいですけど、完全にそれは答えを言っていますね」


『あっと、いけませんね。油断していました』


 ハハハと笑い、セバス様は手を振り立ち上がりました。

 そうですね、この城壁のすぐ下がセバス様のお部屋です。

 昨日もこうしてお帰りになったのでしょう。


『お休みなさいませ、豪胆な聖女様』


「お休みなさい、紳士的な狼男さん」


 私達はそう言葉を交わし、別れを告げました。

 今日はよく眠れそうです。

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