アンバーと二度寝
ゆらゆら揺れながら、翌朝のセシル様とご挨拶します。
セシル様も少し寝不足な感じでしょうか。
「や、やあアンバー、おはよう」
「……おはようございます。セシル様は昨夜よく眠れましたか」
「正直、あんまり……」
「私もです。なんだか不思議と眠れなかったので、今ふわふわしています」
ちょっと横にゆらゆらしています。
日常生活に支障はない程度なのですが。
「そう、なんだ。それじゃ今日は二度寝というのはどうかな?」
「二度寝、ですか?」
「うん。アンバーの防御魔法は、眠っている間も維持しているんでしょ? だったらそれで十分働いてることになってるから」
「分かりました。それでは、また後ほど……」
私はセシル様にそう伝えると、部屋の中に戻りました。
肌寒いですし、まだ自分のベッドが温かいでしょう。
温かいベッドが大変恋しい。一日中ベッドの中でもいいかもしれません。
……やっぱりまだ、一日中ベッドは困りますね。
お部屋に戻ると、ナタリーがいらっしゃいました。
「あれ、アンバー様? もうお戻りですか?」
「今日は、二度寝というものをしてみようと思うのです。ところで、二度寝なるもののご指南をいただきたいのですが」
私のコメントにナタリーが一瞬首を傾げて、手を叩きました。
「もしかして、二度寝をしたことがありませんか? 起きてから、もう一度眠ることです」
「恐らく、ないと思います。成る程……もう一度眠る、ですか。確かにそれは気持ちよさそうですね」
私はベッドの中に潜り込みます。
まだ少し……いえ、かなり寒くなっていますね。
ちょっと魔法で温めてしまいましょう。
「ナタリーは今日一日、自由に過ごしていただいたので構いませんよ。街に買い物でも大丈夫です」
「いいのですか? でしたら何か、ご要望でもあればご希望の物でも」
「先日ラナ様と出たばかりですから。ナタリーも何かやりたいことがあるでしょう、この機会に是非」
「そ、そういうことでしたら遠慮なく……」
ナタリーは納得し、丁寧に挨拶をして外出いたしました。
大丈夫だとは思いますが、出る直前に防御魔法を使っておきました。
まだ日が昇っているのに、お布団の中です。
不思議な気分ですね、こうしてお休みになるというのは。
……。
ベッドの中で、自分の指に触れます。
つるつるした触感が、自分の指に触れました。
……ほわほわします。
まだどこか、昨日のふわふわ感が抜けません。
不思議ですね、ふわふわしているのはお布団だけだというのに。
つまり……?
ノックの音がして、私の返事で客人が入って来ました。
「失礼します。……やはりアンバー様、横になってらっしゃいますね。ああ、起き上がらないで結構です、聞いておりますから」
中に入ってきたのは、セバスでした。
セバスは私のベッドの近くまで来ると、椅子に座りました。
「調子は如何ですか?」
「私は布団になりました」
「今日は一段と不思議なアンバー様ですね……!?」
あっ、私の中で疑問が全部混ざってしまいました。
大丈夫、頭はしっかりしています。私は布団ではありません、ちょっと布団っぽくなっているだけです。
いえ全然しっかりしていませんね。
「熱っぽかったり、風邪だったりするのかもしれません」
「それはないと思います、私の場合は魔法で無理矢理治すので、重い熱に倒れたことは幼少期以来ありません」
「それはそれで大変ですね、休めなかったのでは」
「休めなかったというより休んだことがなかったので。なんだか今は、毎日がゆったりしていて不思議な気分です。今日は特にそうですね」
だって、朝から更に眠ってもいいと言われてしまったのだもの。
なんて贅沢な時間の使い方でしょうか。
この寒い冬に、温かい布団の中にくるまって眠っているだけ。
「セバスも寒いでしょう」
「いえ、部屋が暖かいので大丈夫ですよ」
「そうなのですか。ところで、用件は」
「そうでした。こちらを」
セバスは、ベッドに備え付けてある小さな丸テーブルの上に、袋を置きます。
「まあ……これは」
「はい、セシル様のビスケットです。今日はまた違ったベリーとクリームを挟んだサンドだそうで」
「素敵。一つ開けていただいても?」
セバスから一ついただき、口に入れます。
柔らかい甘さと、何やら甘酸っぱさと……クリームのマイルドな甘さが広がります。
「毎日ようにお作りになるのは凄いですね」
「はい。特にこれらが本業のおまけのように作られるのが凄いですね。でも、最近は特に力を入れているのですよ。アンバー様が来てから、セシル様は気合いを入れてお菓子作りをしているように感じます」
「セシル様が……」
私が来て以来。私が食べるようになって、ですね。
……。ほわほわとしてきます。
「ところでセバスは、セシル様とは長いのですか」
「そうですね。私はもう十年ほど、子供の頃より付き人として勤めています。幼少期に執事として叩き込まれて、今までずっと」
「大変ではありませんか?」
「むしろ合格するまでが大変でしたが、セシル様が基本的にとてもお優しい方ですから。苦労したことはあれど、苦痛に感じたことはありません。そこは一番恵まれている職場ですね」
それは、よかった。
私のセシル様の評価と、やはり近いのでしょう。
相手が使用人だったとしても、決して乱雑な振る舞いはしません。
ウィートランド王国での執事は……顔を覚えていません。
頻繁に変わりすぎました。あまりにラインハルト王子が次々新人を止めさせるので、最終的にお年を召した熟練の方になっていました。
私は……専属のメイドはいませんでしたね。自分でやらなければならないことばかりだったと思います。
「ですが」
ふと、ここでセバスがこちらを見ます。
「アンバー様のことも、私は同じぐらい尊敬しています」
「私を……ですか? 国外から来た、この国の爵位のない私を?」
「はい」
セバス様は、深い色をした目でこちらを覗き込みます。
「ナタリーの様子を見れば、大体のことは察しが付きます。やはりどこの家でも、使用人というのは主人に対して文句の一つも出るというもの。ですが、ナタリーは基本的にあなたを褒める以外の言葉を言いません」
「……そうなのですか?」
「本人には秘密ですよ」
セバスは、指を立てて少しお茶目に笑います。
「私は護衛も兼ねて王子の付き人でいるのです。故に、あなたの実力の高さには心酔していますよ。寝ている今もお城や王子を守っているのでしょう」
「それは、もちろんそうですが」
「ならば、私の仕事も幾分か楽になっているというもの」
最後にそう言うと、ゆっくり立ち上がりました。
「さて、あまりあなたとお喋りしていると、優しいセシル様でも怒ってしまいますね」
「セシル様が?」
「そうでしょう。……ビスケットを食べた時、綺麗な物も見えましたし」
ビスケットを食べた時……あっ。
「それではアンバー様、失礼いたします」
そう言ってセバス様は部屋から退出しました。
珍しく、いろいろお話をすることができたと思います。
私はベッドの中で、再び自分の指輪に触れながら眠りにつきました。




