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アンバーとセシルの類似点

「今日の謁見は面白かったよ。あの後の母上ときたらすっかりテンションが上がっちゃってね」


「続きも見て見たかったです」


 セシル様が、その後の様子をお話ししてくださいました。

 今は、就寝前に私の部屋へセシル様をお呼びしています。

 謁見で追い出された後の話を聞きたいと、お願いしたのです。


 一見威圧的に感じる国王陛下ことアーヴァイン様も、王妃ホリー様には敵わないみたいで。


「あれも、惚れた弱みってやつなのかな。普段はなかなか見ない姿だったよ」


「そうなのですか?」


「うん。僕やラナの前では出来る限りしっかりした父親でいようとしているみたいだからね」


 言われてみると、確かに弱みを見せようとするタイプではなさそうですね。

 私の質問は、それだけ特殊だったということでしょうか。


「ちょっと悪いことをしてしまったでしょうか」


「とんでもない、あれは正直満更でもないと思うよ。っていうかラナもそう言ってた」


「二人は、今でも仲がいいのですね」


「そうだね」


 二人の様子を思い出します。

 ホリー様は、あのアーヴァイン様に対して一切の遠慮をしておりませんでした。

 二人の仲の良さは、そのホリー様の臆していなさに表れているように思います。


 仲が良い、ですか。

 恋をしているうちは仲が良くても、夫婦生活での愛は冷める、というふうに本で読んだことがあります。

 実際は、あれだけ仲が良い二人もいらっしゃるのですね。


「惚れた弱み、ですか。惚れるというのは、どういう感覚なのでしょうね」


「えっ」


 セシル様に、ふと疑問をぶつけてみます。

 私にこんなことを言われても困るでしょうが、どうにも聞いてみたくなってしまいました。


「セシル様には、初恋というものはありましたか?」


「……。初恋、かあ。……」


 何やら言い淀んで、腕を組んでしまいました。

 難しい質問だったのでしょうか。


「アンバーは、ある?」


「私は、分かりません。ただ、ラインハルト様ではありません。初対面で辛辣でしたから」


「八歳ぐらいなんだっけ。それは酷いね」


「それこそラインハルト様の好感度が一番高かった時期は、外見を見て眉間に皺を寄せられる前、『美形』と思った瞬間までですね。二秒です」


 私のコメントに、セシル様が吹き出しました。

 面白かったのでしょうか。


 かと思いきや、何故か真剣な顔をして腕を組みました。


「ところで聞きたいんだけど」


「はい」


「ラインハルト王子と僕なら、どちらの方が見た目がいい?」


「客観的評価にはなりませんが、個人的にはセシル様です。中身はもう比にならないぐらいセシル様の方が良いですけど」


「そ、そうなんだ。安心したよ」


 突然そんなことを聞かれたので、驚きました。

 見た目という意味ではラインハルト様も大変な美形でした。金髪できらきらとしていて、堂々としていて。

 ただ、私と直接顔を合わせる時は、睨むような表情と見下すような表情だけでした。

 だからあまり顔がいい印象が薄いのです。表情が悪い人に、魅力は感じません。

 ……それを私が言えた口ではないから、婚約破棄になったのですが。


 改めてセシル様を見ますが、本当に綺麗な顔立ちです。

 それでいて、常に雰囲気が柔らかい。優しく、包み込むような方です。

 最初、王族だと分からなかったのは、それだけ圧みたいなものがないからなのでしょう。


 ですが、その理由も今なら分かります。

 街中を歩くセシル様が、街の人から生の声を聞いているからなのです。


 とはいえ、ラインハルト様も、街中に出て近い行動を行うことがありました。

 個人的に買い物をしたりすることも、もちろんありましたね。

 遠征中などは、私も一緒に歩かされたものです。


 では、実際にセシル様とラインハルト様では何が違うのでしょうか。


 ラインハルト様は、街中に王子として分かるように出向きます。

 店の人は先に礼をし、ラインハルト様が命令をして品物を出させます。

 質が悪いと怒鳴りつけ、場合によっては脅しをかけます。

 ラインハルト様は、市井の人々の悩みなどには気付きませんし、良い変化は何ももたらしません。


 セシル様は、街中に一見分からないけど見たら分かる程度の姿で出向きます。

 店の人は気付くと礼をし、セシル様は自費で商品を選びます。

 質は……必ず店の人は、自分から良い物を差し出します。

 セシル様は時々店の人の悩みを聞き、安易に手を差し伸べずに改善策をいくつも考えます。


 こう比較すると、同じことをしているようで、まるで全然違います。

 セシル様は、好感度が高いまま、初手で最高品質の物を手に入れるのです。

 どちらが良いかなど、言うまでもないことでしょう。


「——というのが、セシル様の良いところです」


「……。……それを、本人の前でスラスラと言えるのは、本当にアンバーの良いところであり、参る所だよ……」


「あ、今のセシル様はちょっとアーヴァイン様に似てらっしゃいます」


「真顔で言わないでくれ……」


 セシル様が顔を真っ赤にして、私のお話を聞いてらっしゃいました。


「何だか、先日から自分ばかり照れているのが恥ずかしいな。アンバーも照れさせたいよ」


「お役に立てず申し訳ありません」


「うーん。ラナの言うように、悩んでいても仕方がないのかもなあ」


 ラナ様が、何か私に関して仰っていたのですか?

 その疑問をぶつける前に……セシル様は、懐から何かを取り出した。


 小さな箱です。


「えっと、これはね……贈り物」


「贈り物……私にですか? 何故」


「……理由とか、必要かな。あげたくなったから、ラナと相談して、買ってた」


 その中に入っていたのは……指輪でした。

 綺麗な金のものです。


「ありがとうございます。よろしければ、つけていただけますか?」


「えっ? いい、んですか?」


「改まらないでください。好きな指にどうぞ」


 私は左手を差し出しました。

 セシル様は、目を閉じて、悩んで……。


「……初恋、という話に戻るのだけど」


「はい」


「僕も分からないんだ。女性を好きになるという感覚が分からなかったから。なんとなく、誰も嫌いじゃないだけ、というか」


 そう、なのですか。

 表情が豊かなようで、私と近いのですね。


「ただね、まだ分からないんだけど」


 セシル様は、指輪を手に取り……私の人差し指へ。


「最近はアンバーのことばかり考えてる。他の人とは違う感じ」


 金色の指輪が、揺れたろうそくの火できらりと光ります。


「アンバーは、何も断らない。ずっと一緒に過ごしてきたから分かってる。だから」


 セシル様は……私の左手を両手で包み込むようにしながら、親指で指輪を撫でました。


「君と似た者と自負しての僕から。もしも僕が、他の男性と違う感覚だと思ったら、言ってほしいんだ」


 そう言って、セシル様は立ち上がりました。


「おやすみ」


 それから手の甲に口づけして、セシル様は部屋を退出なさいました。




 …………。

 ……。


 指輪を見ます。ろうそくが揺れます。金の光が、波打ちます。


 何か、凄いことを言われた気がします。


「セシル様は、私のことを常に考えている……?」


 それを言われてしまうと、困ってしまいます。

 だって……私も、常にセシル様のことを考えていますから。

 お菓子のことでしょうか。それもあります。お菓子は好きです。


 じゃあお菓子がなければ?

 セシル様のことは、それほどでもない?


 そんなはず、ありません。

 今日のセシル様の評価では、お菓子作りの話は出ませんでした。


 セシル様は、スイーツのお店によく新作レシピを持って行きます。

 新作レシピが受け入れられると、あの美味しいお菓子を王国民のみんなが食べられるようになるのです。

 なんと幸せな国民なのでしょう、個人的にはここだけでセシル様の圧勝です。


 この評価は、入るはずでした。

 何故なら、私は『蜜の聖女』アンバーです。

 まず最初に、そこが入るはずだったのです。


 私は、お菓子抜きでも、セシル様の評価が高いのです。

 それは何故?


(……ふわふわします)


 とても、顔が温かい。熱いぐらい。

 夢見心地なのに……今日は何故か、まだ眠くなる気配がありませんでした。

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