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セシル3

「もー、凄かったんだから」


「直接見てみたかったなあ」


 僕は今日のサロンでの会話を、ラナに相談していた。

 向こうではラナのメイドが一緒に座っている。

 顔馴染みの一人であるため、彼女は僕にも気易い。


 今日の出来事は、聞けば聞くほど恐ろしいものだった。

 ラナが唯一勝てそうにない相手であるブラックスライムが、まさか空を飛んで街に侵入してくるなんて、誰が想像出来るだろうか。

 ブラックスライムに限らないけど、このスロープネイト王国にとって唯一の悩みの種が、この城の北側にある魔物があまりに強すぎることなのである。


 後から発生してきた魔物は、急激に力を付けた。

 王城の移転も計画にあったけど、一度建った城と街を変更するのは大変だし、何よりここから自分達がいなくなれば、街はどうなるか。

 それに、結局一番力を持っているのが城にいる人間なのだ。だったら、最大戦力がここにいた方が絶対にいい。


 王がいての民ではなく、民がいなくては王ではない。

 そういう考えで王族はここに城を構えている。


 その心意気自体は、いいのだけど。


「まさか、そんなに強い魔物が存在するなんてね」


「針が着弾した瞬間にアンバーの体に視認できるレベルの電流が走った時、本気でヤバいと思ったわ。同時にそれを受けて微動だにしないアンバーの豪胆さも」


「豪胆というか、完全に何も感じていないんだろうね。戦士としての資質が違いすぎるというか……多分アンバーが剣を持ったら僕だと勝てないなあ」


「それ言いだしたら私だって危ないわよ、根本的に何の攻撃も通らないんじゃ勝ちようがないもの」


 お互いにそんな結論が出て、ふっと笑う。


「でも、アンバーって不純な欲がない子だから、何の見返りもなく協力してくれてる。本当に、王国に降り立った救世主だよ」


「特に今日は、恐らく……あのブラックスライムは、ママが取り逃がした個体だと思うから」


「母上が?」


 母ホリーも、優秀な魔道士として北の討伐に何度も参加している。

 危ないと止める人も当然多かったけど、そもそも母自身が物凄く強いから却って被害が少ないのだ。


 というより、その魔道士を輩出する領地の長女が嫁入りして王妃になっているので、順番としては逆なのだけど。


「一発目から、ママを狙ってた。だけど、アンバーが割って入って、なんか防御も何もなく体で止めたの」


「……本当に、感謝しないとな」


 王国にとっての王妃はもちろんのこと、僕にとってはただ一人の母親だ。

 失うと考えると怖いし、何よりその場にいないうちに、知らない間にやられてしまうなんて考えたくもない。


 アンバーには、返しきれないぐらいの恩がありすぎる。


「恩があると考えるのは勝手だけど、アンバーの方はそう思ってないと思うわよ」


「それは、彼女が恩を恩と思わないぐらい清廉な——」


「違うんだなこれが」


 ラナは、腕を組んでニヤニヤ笑いながら椅子に深く腰掛けた。

 何だろう、僕以上にアンバーを知る切っ掛けでもあったんだろうか。

 ……ちょっとそれはヤだな。


「いや、何てことはないわよ。もー何ふてくされてるのよ、お兄ちゃん」


「うわっその呼び方何年ぶり? 十年?」


「十年以上かなー。でも、ホントに意味のない嫉妬よそれ。だって——アンバーが頑張るのって十中八九セシルの為だし」


 ラナの言葉に、一瞬反応が遅れる。

 その言葉を理解するのに、時間を要した。


 セシルの為。


「……僕の為?」


「そう。ちょっと聞いてて恥ずかしくなるぐらい、『セシル様のクッキーが凄い』の一点張り。あの子、自分が凄いと全く思ってないわよ」


「そんなはずは……そんな…………あれ?」


 そう言われてみると、アンバーは自分の事を……凄いと、言ったことがない?


「あの子が聖女だってこと、本気で意識したわ。アンバーにとっては国の人間を全員無傷に出来て、ようやく『最低限の仕事』なのよ」


 そんな滅茶苦茶なハードルが……。

 ……いや、そんなことを強要され続けてきたのがアンバーなんだったな。


「セシルとしては、どう? アンバーのこと」


「それは……その、分かるでしょ」


「分かりやすすぎ。ちょっと見てて笑えるもん」


 ねー、と隣のメイドに話しかけて一緒に笑う。

 君ほんと遠慮なく笑うなあ……。


「だってセシルって縁談をはっきりと断らなくても、相手から辞退するぐらい誰にもピンときてない難攻不落王子だもの。それがあんなに毎日目で追ってたらねー」


 そ、そんなにか……目は口ほどにものを言うはよく言ったものだけど、確かにアンバーが目の前を横切ったとして、視線で追わず無視するのは無理だ。


「僕自身驚いてるんだよ。あんなに……何ていうか、純粋に僕のお菓子だけ求めて、下心のかけらもない子って」


「あら、他の子は下心ある子だった? ローザが聞いたら泣いちゃうわよ〜」


「ロザリンドは隠し事のない、とてもいい子だよ。だけど、やっぱり王家より自分の家のことを一番に考えてる。お金で優遇出来ないけどって言ったら、じゃあ無理ですねって」


「あらら」


 ロザリンドは隠し事なく話してくれた。

 他に会ってきた女性も、かなりその辺りは気にしている感じだった。

 街を守るから、着飾れるほどの余裕はない。


 一方アンバーは、そもそもドレスの方自体を所望しないし、自分の貴族の実家という概念がこの国に来た時点で消滅している。

 まあアンバーなら繋がりがあったとしても、もう一銭も実家に入れたくないだろう。

 僕だって入れたくない。


「問題は、アンバー自身がどう思っているかなんだよなあ」


「あら、それなら」


 そこでラナは、メイドに目配せして退出させた。

 ……珍しい、あの子を出すなんて。

 今までもかなり赤裸々だったけど、それだけ秘密の会話なんだろうか。


「私からのとっておきの情報。アンバーはね……最初、私とセシルの関係を誤解していたみたいよ」


「誤解?」


「多分、婚約者だと思ってた」


 僕と妹が婚約者……って、そういえばラナは最初、自分が王女だって自己紹介していなかった。僕だって王子と言ってなかったのに。


「それで、一緒に街を歩いていた時、『胸に痛みを感じた』と言っていたわ」


「……えっ」


「その正体が分からなくて、自分で自分に回復魔法を使ったのよ。覚えているでしょ?」


 確かに……そうだ、アンバーは一度、街中でいきなり自分に回復魔法を使って光ったことがある。


「それで、私が妹だって言ったら痛みが消えたって。でも痛みが何かすら分かってないみたい。……あの子は、本当に、感情というものを欠落させられたのよ」


 そうだったのか……。


「——で!」


 ラナは、ここで声を大きくして、ずいっと僕に迫った。


「その日、私を引っ張り出してまで『女の子が貰ったら喜ぶアクセサリー』もとい、アンバーに送るつもりのアクセサリーを私に相談したセシルは、結局渡したのかなー?」


「ウッ!!!」


 僕はラナの圧に負けて、椅子に深く座った。


「ま、これ以上は私の口からは言わない。……そろそろ遅くなったから、着替えるわ」


「分かった。いろいろありがとう」


「お礼は結果で示してね、お兄ちゃん」


 最後に茶化したようにそう言って、ラナはメイドを呼んだ。

 そうだな、相談してもらった分結果を出さないと、妹だって多忙なのに失礼ってものだ。

 頑張ってみますか。

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