連名の意味を伝える
お城の前で一次報告した時には、随分と話が広がっていたみたいでした。
まずはホリー様が、報告のために政務の方に一連の流れを説明しに向かいました。
慌ただしく迎えられてちょっと大げさかと思ったのですが、思った以上に街の中心で私が魔法を使ったことが目立ったようです。
「初日にもこうして私は魔物を倒したのですが、不思議です」
「前回とは大分違うわよ」
ラナ様が仰るには、まず山の上と街中では噂が広まるスピードが全く違うこと。
あの場に防御魔法を使える一般の方々は沢山いらっしゃいましたが、他の兵士による直接の討伐協力が誰もいなかったこと。
何より相手のブラックスライムが有名だったこと。
「注意喚起していたのよ。黒っぽいスライムが表れたら全力で逃げて城に報告って。ちなみに現れたのは今日が初めて」
「ああ、それで……」
ラナ様の説明で、ようやく事態が把握できました。
そんな注意喚起をしていた魔物を一人で圧倒したら、話もすぐに広がりますね。
「もしかして私は」
「かなり有名人よ。あ、それにもう一点付け忘れてたわ」
ラナはそれまでの軽い雰囲気を止めて、左手を握り胸の上に当て、腰を曲げて礼をした。
「——王妃ホリーを守っていただき、ありがとうございました」
そう言われて、気付きました。
私はお忍びでやってきていた王妃様を、皆の目の前で守った上で気さくにお話ししていたのですね。
そんな人がいたら、私だって普通の一般人ではないと分かります。
「どういたしまして。といっても、友人の母親が怪我したら嫌だなとか、それぐらいの感覚で守ったのでピンときません」
「……王国の最重要人物の一人なのよ? かなり意識したと思っていたのだけど」
「そもそもスロープネイト王国民じゃないので。それよりも、ラナ様のお母様と考えた方が大切な人という感覚があります。もちろん街の人も全員余裕で守ってこその聖女ですけど。実際、誰も怪我しませんでしたよね」
私はそう言って、両手を広げて淡々と説明します。
敬礼の崩れたラナ様がぽかんと口を半開きにして、それからおかしそうに笑うと……私に両腕で抱きつきました。
「うん! ママを守ってくれてありがと! アンバー大好き!」
「はい。私も休日の時間を私に割いて下さるラナ様を好ましく思っております」
ちょっとびっくりしましたが、ラナ様の私より少し広い背中に腕を回しました。
あら、これは……凄いです。
「触ると凄く筋肉質ですね」
「この冷静すぎな所がアンバーよね!」
笑って離れたラナ様は、私の肩をバシバシと叩きました。
あっ、ちょっと強いです。もしかしたらムキムキな事は触れない方が良かったかもしれません。
幸いそれ以上言及されることはなく、ラナ様は「それじゃ他にもいろいろ報告してくる!」と伝えて廊下の角へと消えました。
「アンバー!」
交代で、別の場所からセシル様がいらっしゃいました。
「ただいま戻りました、セシル様」
「街中にブラックスライムが現れたって!?」
なんと、もう知れ渡っていたようです。人の噂は……何でしたっけ、ワイバーンより速い、でしたっけ。違った気がします。
「はい。現れはしましたが特に問題もなかったです」
「本当に? アンバー自身は大丈夫なの?」
「特に問題は……あっ、一つありました」
「何!?」
慌てた様子でセシル様が両肩を掴みます。
顔が近いです。ちょっとほわほわ……している場合じゃないですね。
「はい。実はクッキーを全部食べてしまいまして」
「……えっ?」
私は一旦離れたセシル様に、ポケットの中から空になった袋を三つ出して見せます。
「実はラナ様とホリー様にずっと防御魔法を張りつつ歩いていまして。そんな中相手が思った以上に強い個体だったので、魔力消費がかなり激しかったのです。街の人を全員守りながら倒して、帰りがけに街を覆うバリアを張り直した時にはクッキーを食べ切っていました。ですので」
その袋をセシル様に渡しました。
「今、とても甘い物が欲しいのです。何か作っていないでしょうか?」
私の回答に、セシル様はぽかんと口を半開きにして……静かに肩を揺らし、次第に大きく……最後はもう大笑いなさいました。
「あの……?」
「出来てる! 今日は苺を砂糖で固めたフルーツタルトだ!」
「まあ」
さすがセシル様、素敵なものを作って下さっていました。
これでまた魔力も無事戻りそうです。
タルトを食べながら、セシル様にお話しします。
「今日は、ずっとセシル様に言おうと思っていたことがあるのです」
「どうしたんだい、改まって」
「剣技試合の時、私を連名にした意味が分かって」
私は、ブラックスライムを倒した時のことを話しました。
最初に相手した時より強い個体だったこと、守るものが多かったこと。
それらを全て踏まえた上で……圧倒的に余裕だったこと。
「クッキーを食べながら立っているだけでした。私はそれだけで、相手を圧倒できたのです」
話を聞きながら、セシル様は息を吞んでらっしゃいました。
きっと強い個体であることを元々聞いていたからだと思います。
私としても、敵の攻撃の強さは想像以上でした。
特に電撃攻撃を物理攻撃に重ねたり、冷気魔法に火炎魔法で抵抗したりした辺りは驚きましたね。
「来た時、初日に出会った個体があれなら、きっと負けていたでしょう。普通の蜂蜜だけでも、力で負けていた可能性があります。ですが今日、私は全く負ける気がしませんでした」
目を閉じて、苺の新鮮な甘酸っぱさと砂糖の甘さを口の中で重ねます。
「セシル様のクッキーです。食べながら相手を圧倒していると、思ったのです。『これが、二人で一つの力』なのではないかと」
私の話に、セシル様は一瞬呆けた顔をしておりましたが、次第に段々と赤くなりました。
これは……。
「アンバー、急にそんなことを言われると、その、僕も困るよ……」
「えっ、困るのですか。でしたら今のは言わなかった方が」
「いや! そういう意味じゃなくて! 言ってくれたことは嬉しいんだけど、そのね、照れてるの!」
セシル様が叫び、その瞬間セバスとナタリーがくすくす笑いました。
すぐにナタリーははっとして口元を手で押さえましたが、セバスはセシル様に「今のはそうもなりますよ」と告げて追加の紅茶を注いでいらっしゃいました。
セシル様が恨めしそうにセバスを見上げながら、追加の紅茶を飲みます。
「そもそもセシル様が先に連名しましたのに」
「そ、そうだったね! うん! 確かに僕が先に言い出したことだった!」
セシル様はそう言い紅茶を再び飲み——盛大に咽せていらっしゃいました。
「うう、アンバーは照れないもんなあ」
「そうですね。可愛くなくて申し訳がなく」
「……むしろそういうところが可愛いんだけどなあ」
私の、こういうところが可愛い?
私はセシル様にとって可愛いのでしょうか。
……。
「そういえば。照れているというわけではありませんが、ほわほわする事はあります。セシル様とご一緒すると、頻繁に」
「それ、もしかして……」
私がそう伝えると、何故かまたセシル様の顔が赤くなりました。
何故セシル様が照れていらっしゃるのか、不思議ですね。




