女子組の買い物と
冬のコートを着て、待ち合わせ場所へと向かいます。
雪が降ってもおかしくないほどの気候ですが、今の私には以前買った冬服があります。
普段あまり着ないものですから、その暖かさに驚きました。冬が好きになれそうです。
今日はラナ様と、あと無理を言ってホリー様にも来ていただきました。
ホリー様はですね……王妃様です。
見た目は大変お綺麗な方で、正直ラナ様の親というにはかなり若い感じがいたします。
年の離れたお姉さん、ぐらいでも十分通用すると思います。
「アンバーちゃんったら! 上手いんだから〜!」
「……? 何が上手かったのでしょうか。発音?」
「お母様、アンバーは本心しか語れないのよ。だって、空気を読むような子じゃないもの。良かったじゃない」
「あらあら〜!」
何故かホリー様が一層嬉しそうに踊り始めました。
理由は分かりませんが、お元気そうで何よりです。
「事前にお話しした通り、今日は一緒におすすめの場所に出かけていただきたいのです。女性だけでお出かけというの、一度憧れていたものですから」
私は友人が少なく、特に女性との会話は絶望的に少なかったのです。
それこそ、事務系の人ぐらいで……政務官は男性が中心になっていましたし。
だから、こうして私に良くしてくださる方と、外でご一緒してみたくなったのです。
ロザリンド様もお誘いしたかったですが、どうしても遠かったのと、あと王妃様も誘った件を告げると『無理無理!』と断られてしまいました。
あの方も、粗野な口調とは裏腹にとても奥ゆかしい方ですね。
さて、そんなわけでラナ様ホリー様の親子と、私で女性だけのお出かけ。
おすすめ先の案で、真っ先に挙手したのはラナ様です。
「そういうことなら、まずは一番出歩いている私が候補を挙げるわ」
それは是非とも。
ラナ様のおすすめなら信頼出来そうです。
「それじゃママもおすすめ紹介されちゃおうかなー」
「ちょっと、お母様。それはプライベートルームだけですわ」
珍しく(というほど私の視点では珍しくないのですが)ラナ様が慌てた様子でホリー様の言葉を止めます。
つまり、プライベートでは二人ともあれぐらい気易い関係なのですね。
何だか知らない一面を見たようで微笑ましいです。
「セシル様とも、それだけの仲だったりするのですか?」
私の質問に二人はこちらを向くと、少し視線を逸らしました。
あら……?
「セシルはね、しばらく距離置いてたから……あっ、でも最近は仲いいのよ! 本当!」
「それは、どうしてですか?」
「うー…………お菓子作りなのよ」
お菓子作りが、距離を置く理由、ですか?
「うん。別に王子じゃなくても作れるものだし、国の運営に役立たないから。だからセシルが……ちょっぴりだけなんだけど、自分から距離を置いていた感じ」
「まあ……」
そんな事情があったなんて、全く知りませんでした。
自分の仕事をやりつつも、それだけ相手のことも考えて……本当に、生真面目で、配慮の出来る方なのですね。
いつも明るいセシル王子は、自分の趣味を自分で勝ち取っていた。
そんな王子にも、相手を考えて愁いを帯びていた過去がある。
自分に厳しく、それでいて、優しすぎる方……。
「でも、アンバーが来てくれたから」
と、ラナ様は手を叩きました。
「アンバーの魔法が、セシルのお菓子を肯定してくれたから。だから、家族みんな助かってる。ううん、国のみんなが助かってる」
その話を引き継ぐように、ホリー様が言葉を紡ぐ。
「だから、アンバーは私達にとって、女神が遣わした天使なの。神からの贈り物。そう本気で思うぐらい、大切で、大事なのよ」
先程までの明るい口調を沈め、貫禄のある凜とした声で告げられました。
心の芯に通る声。これが、女王陛下のお声なのですね。
「身に余る光栄です。むしろ私にとってはこの国こそが神からの贈り物というぐらいにいい場所です」
「セシルのクッキーは?」
「もちろん一番です。今も食べるために持っています。ポケットのあるコートは、その為だけに買いました」
横から声を挟んだラナ様へ、間髪入れずにお答えします。
お二人とも、おかしそうにお笑いになっておりますが……大真面目な回答のつもりだったのですが、面白かったようです。
やはり私では、笑いというものを理解するのはなかなかに難解ですね。
買い物は、多岐に渡りました。
さすがこの街を歩いているというラナ様。
珍しい宝飾品店の次は、少し派手で独特な服屋、それに帽子の専門店や、靴下のみの専門店まで。
手袋やイヤーマフラーなどの生活用品の最新作から、色鉛筆を魔石の力で自動的に削る機器まで。
本当に、目が回るほど新しい体験を浴びました。
セシル様との外出も素敵でしたが、ラナ様とのお出かけは、女子同士ならではの楽しみがありましたね。
ホリー様は、旦那様……つまり国王陛下への土産物をたくさん買っておりました。
「国王なら、十分な物を持っていらっしゃるのでは?」
「昔ながらの高級品ならそうなのだけど、古い日用品より安価な最新作の方がいい場合も多いのよ〜。国王といっても、普段使っているペンは一般の人と同じだもの」
言われてみれば、それもそうですね。
日用品が便利ならそれが普及するでしょうし、普及したものを利用したいと思うのは当然です。
「特にラナの小物関係の目利きは、信頼できるわね〜。知らないものばかり」
「私も驚いています。知らなかった頃にはもう戻れません」
「そう! それ〜!」
嬉しそうにホリー様がお声を上げました。
別の店を色々とチェックしていたラナ様が、こちらに振り返ります。
そんな、何気ない日常の一コマでした。
街全体を覆っている不可視の膜——私の防御魔法——が、幾度か揺れた感覚がして、割れました。
「避けてッ!」
遠くにいたラナ様が、目を見開いて大声を上げます。
何事かと振り向くと、視界の遠くで鋭い何かが飛来したのが見えました。
あれは……針?
凄まじい速度の針が、私と、延長線上のホリー様を狙っておりました。
——避けてはいけない。
その針が届きそうになった瞬間、私はホリー様との間に割り込みました。




