アンバーと服
「友達が出来ました」
「良かったね」
「はい、とても嬉しいです」
昨日のことを報告して、私はセシル様と一緒に街を歩いています。
冬が本格的に始まり、肌寒く……なっているようで、意外となっていません。
寒い季節が苦手なので、これは嬉しい誤算です。
「こちらでは、冬に雪が降ったりしないのですか?」
「ん? そんなことはないよ。十年に一回ぐらいはあるんじゃないかな」
思った以上に降りませんでした。
温かい気候なのですね。
「アンバーの所では、そんなに頻繁に?」
「ええ、毎年降っておりました」
「北は寒いんだねー……」
私からすると、南が温かいという印象の方が強いですが。でもずっとここで住んでいると、そちらが普通の感覚になるのでしょう。
とはいえ、暖かい方といっても寒いのです。
「ずっとお城の部屋にあった服を着ているけど、あの部屋に普段着がなかったとはね」
「いえ、沢山の服を楽しめました。前の方はいい感性をしていらっしゃいましたね」
当然のことながら、島流しは古いドレス一着で送り出されてしまいましたので、私は代わりの服をずっと貸していただいておりました。
ラナ様には『全部あげる!』と言っていただけましたが、さすがにちょっと悪いなと思いまして……。
「今回は、私の正式な給与で買えるということで、楽しみです」
「買って貰うのではいけない?」
「いけないことはありませんが、お店に足を運んで、自分で買ったという感覚が欲しいのです。体験したことがないので」
私の言葉に、セシル様が言い淀んだ。
また複雑そうな顔です。……あまり好きな顔ではありません。
「なので、スロープネイト王国では私のわがままを何でも聞いて頂けて、本当に嬉しいです。これまでの十年を、ここに着いての二ヶ月ほどが既に凌駕しています」
いくつも、いいことがありました。
お菓子に始まり、美術、音楽……それに、友達も。
特に、剣技試合での体験は、不思議と『初めての協力』という感じがしました。
ラインハルト王子にはあんなに何度も強化魔法を使ってきたというのに、協力して倒したという感覚が一度もなかったのです。
今日、また私は新たな体験をします。
「ですので」
私は、小走りでセシル様の前に出る。
「ありがとうございます。この国のこと、私は好きです」
両手をスカートに、一番のカーテシーを取って。
セシル様の顔を正面からじっと見て。
このタイミングなら、と思って精一杯の笑顔を……。
……いえ、全く自分の顔が変わる気配がありません。
そんな私に、セシル様は赤面しながら笑いかけてくださいます。
「改まって、だね。これからももっと楽しいものはあるよ」
……。
やはり、ほわほわします。これは、私も……なんというか、嬉しい、のでしょうね。
普段の『嬉しい』と違う気がしますが、上手くこの感情を表現することが出来ません。
ですが、この感情はいつ味わっていても気持ちがいいです。
お店の中はそれはもう綺麗でした。
まず当然なのですが、服の種類が多いのです。
この広い部屋が服を並べることだけに特化しているという感じで、圧倒されます。
「この服を、どれでも試着していいのですか?」
「ああ、もちろん」
「では……」
私は早速、近くにあるふかふかとした服に触れます。
毛糸のセーターです。色は真っ白で、指を優しく包み込むようにふわふわしています。
「こちら、試着はいかがでしょう」
「はい、是非に」
「それではこちら——ッ!?」
店員さん、私の後ろで地味な服で帽子を被っているものの、明らかにオーラを隠し切れていないでニコニコ笑うセシル様に気付きました。
「今日の僕はただの一般客。その子は最近の魔物襲撃を防いでくれている大切な人。丁重に、ってほどでもないけど、良くしてあげて」
「わ、わかりまし! たっ!」
店員さん、ちょっと声が裏返ってしまいましたね。
注目を集める前に、そそくさと私の所へやって来ました。
「さ、ささっ、こちらへ!」
というわけで、試着室の方へと向かいました。
今のちょっと薄い上着を脱いで、セーターを着ます。
もこもこ……なんだか羊さんになったみたいです。
この辺りでもいらっしゃるのですね、羊さん。暑いのでたくさん刈ってもらうのでしょう。
試着室から出て、セシル様に両手を広げてアピールします。
「どうでしょうか」
「わ、凄くいい……似合ってるよ」
セシル様が、自然な雰囲気で顔をほころばせます。
今にもこちらに来て抱きしめてきそうな雰囲気を感じさせます。
……。
ほわほわ……。
「買いましょう」
「僕もそれがいいと思う」
何だかこんなに簡単に決めていいのか自分でも考えてしまいますが。
でも、これは外せないと思ってしまいました。
お値段は……ちょっと他の服より高いですが、問題ありません。
「他の服も見ます」
「いくらでも付き合うよ」
そんな軽い返しにも嬉しさを感じながら、私は服を次々に見ていきました。
大きなコート。これはポケットが沢山あって素敵です。
着心地もいいです。
「そのコートなら、作り置きしたクッキーも入るね」
「買います」
「早っ」
反射的に答えてしまいました。でも、仕方ないと思います。
作り置きがポケットに入るのなら、外出中でも城の中でも、いつでも手ぶらで食べられます。
考えるまでもなく買いです。
マフラー。毛糸の帽子。手袋。耳当て。
一つ一つをセシル様に見せ、一言いただき、購入を決定します。
結果的に、全てのものを買い上げてしまいました。
「セシル様」
「うん、何かな?」
「買い物って怖いですね……」
「多分ラナが聞いたら力強く頷くね」
その様子は、とても容易に想像できました。
きっと私以上に買い込んでいらっしゃることでしょう。
寒い冬が、今から楽しみです。




