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ラナ1

「先日二人で出かけた報告は、以上か?」


「ま、そんなところかな? でも今日もお出かけの日だから、追加でいい報告あるかもね」


「うむ」


 私は城の二階中央の最奥にある両親のプライベートルームで、今日の報告を終えた。

 話題の中心は、もちろんセシル……というより、アンバーだ。


 言うまでもなく、正面にいるのは陛下と王妃——改め、パパとママである。

 プライベート空間では気易く。それがマイルール。


「ラナから見ても、二人の仲は今後もいい感じだと思う?」


「思うよー! 何らかのトラウマに触れても、アンバーは変わらない気がする」


「そうなの?」


 ママの質問に確信を持って答えることは出来ない。本人じゃないからね。

 それでも多分という言葉を付けたら大抵のことは断言できるというぐらいには、アンバーに関して言えば大丈夫。


「だって、婚約破棄されたこと、廃嫡されたこと、無能扱いされたこと、島流しでほぼ死刑扱いされたこと。ここまでで怒らなかったんだよ」


「……改めて聞いても、ひどいもんだ」


「更に更に、だよ。全部の書類仕事を押しつけられ続けたこと、給料が全額出ていないこと、音楽会に弟は呼ばれてるのに一度も行ったことがなかったことまで判明したからね」


「……アンバーは、その仕事を何歳からと?」


「確か、聖女の仕事は十歳ぐらいって。そこからずっと、好転なし」


「何ていうことだよ……」


 パパはセシルとそっくりの頭の抱え方をした。

 私だって聞いた時は同じようなもんだったけどね。


 正直、アンバーが突然変な話題を振って怒ったりするということは考えづらい。

 だから、何かをフラッシュバックする大きなトラウマみたいなものも、ないはずだと思う。


 ……だって、もしもそんなものがあるのなら。

 アンバーにとって、これ以上に酷い経験が、まだ残っていることになる。

 そんなもの、あっていいはずがない。


「ちなみに全ての報告をアンバーは完全なる無表情で話したよ」


「本当に、何も感じていないみたいだな」


「苦労を苦労と思わない性格なのかもね」


 私はそのことを証明するように、持ってきていた書類をテーブルの上に出した。


「これは……新事業の費用? 後は次の城内の収支の報告書か。俺向けか?」


「違う違う。見てほしいのは、その分配の計算」


 中には、いろいろなことが書かれている。

 従業員の給料食費、細かい部品の種類とそれぞれの数。


「ふむ。大規模な工事のようだが、これが何か?」


「アンバーが、その辺りの計算を一つあたり数秒でやったって言ったら信じる?」


 さすがに私の答えは予想外だったようで、口を半開きにして固まる。

 代わりにママの方が答えた。


「……嘘よね? だってこれ、部品が一つ細かい金額してて、必要数もどれも二桁越えているのよ?」


「見ただけで解いたよ。後で政務官に確認したけど、全部数字合ってるって」


「……」


 私の話を聞いて、唖然とした顔で二人が再び書類に目を通す。

 私だってびっくりしたのだ。そんなの、全く予想できてなかったんだから。


「要するにさ、アンバーにとってそれが『普通』だったんだ。押しつけられてたんだよ、仕事。だからそれだけ出来るし、本人はまるで苦労したと思ってない」


 私の言いたいことが伝わったようで、二人は改めて溜息を吐く。

 アンバーの能力の高さだけじゃない。

 ここまでの道のりに。


 彼女自身は、セシルの時間が増えるならと積極的に参加を希望した。

 ま、それがセシルのお菓子作りの時間が長くなるからというのは、なかなか可愛いなって思うんだけど。


「アンバーの能力には頼るつもり。だけど、あの子が新たな苦労を必要とするような事態は、もうこの国では起こらないようにしたいわ」


「そうだな」


「ええ、勿論。十分すぎるもの」


 パパとママも、アンバーの扱い方については了承してくれた感じかな。


 ……どうしても彼女の過去に触れると、話が暗くなってしまう。

 ちょっと軽い感じで、雰囲気を変えてようか。


「それにしてもぉ〜」


 私はパパとママに、ニヤニヤと近寄る。

 書類は回収。次の話題は二人に対してだ。


「アンバーの魔法は、セシルのお菓子限定で超絶強化されるということが、判明したわけなんだけどさ〜」


「う、む」


「かつて『パティシエなど見せるんじゃなかった』みたいな嘆き方をしていた国王陛下には、一言コメントが欲しいところですなぁ〜?」


 そう。

 かつてセシルの菓子作りは、第一王子の趣味にしてはあまりに実用的でなさすぎて、悪い方の趣味のように思われていた時期がある。

 特に、ちょっと余らせ気味になってきてからは、本人もやめた方がいいのかなって思っていたような雰囲気あるし。


 ここだけの話、私はセシルのクッキーは好きである。

 ただ……どうしても、食べ過ぎてしまうのは良くない。


 私が普段から鍛錬を怠っていないのには理由がある。

 少女ってぐらいの年齢の頃、ちょっと太っていた時期があったのだ。

 顔には肥満が出て来ないけど、服の下では贅肉が出始めていった。

 専属メイド以外は誰も知らない。パパとママも知らない。


 ちょっと油断すると、一気に太る。

 自分がそういうタイプの人間であることを知った時は、よりによってこんな部分に欠点がなくてもいいじゃないかと悩んだものだった。


 まさか、いくら食べても太らないどころか、魔力に変えられる人物が出てくるなんて。

 アンバー。『蜜の聖女』アンバー・ソノックス。

 圧倒的な性能を持つ、聖女の魔法。


 アンバーの魔法といえば、避けては通れない話がある。

 私と、セシルの関係のことだ。


 兄を倒す妹。

 なんかもう、一度二度ならまだしもそれが当たり前になると、こっちも苦しいんだよね。

 やっぱさ、兄を剣で圧倒する妹って可愛くもないし、自分でもこれを続けるのは良くないって思っちゃうんだよね。

 だってセシルは、ちゃんと強い。滅茶苦茶努力してるのを知ってる。

 でも、手を抜いて勝たせても意味はないし、私が弱くなってバランスを取るなんてセシルにとって無礼すぎる。


 結果的に、私が剣技試合で優勝して、セシルは出なくなった。

 仲は良かったけどさ。

 どうしても、心の中にお互い半歩分ぐらいの隙間はあったんだよね。


 それが、この間は思いっきり出場してくるんだもん。

 しかも私に勝っちゃった。

 負けたのに、本当に嬉しかった。

 強いセシルの姿を観客の皆に自慢できたみたいで、嬉しくてたまらなかった。

 見たか! 私の兄ちゃん、国内一強かった私より強いんだぞ! って。


 セシル王子の優勝。その立役者が、アンバーの強化魔法である。

 凄すぎる。魔法という分野に関しては、もうこの国の魔道士とアンバーでは、小屋と劇場ぐらいの性能差があると考えていいかもしれない。


 アンバー自身も、自分の魔法が性能向上していることに気付いたらしい。

 その理由が分かったのは、まさに剣技試合トーナメントのこと。

 あの時分かったことは、アンバーは『セシルのクッキーでしか魔力が向上しない』ということ。

 普通の魔法じゃ、敵わないわけだ。


 そんな強化魔力によって、今このスロープネイト王城が守られている。

 もうね、ガッチガチに固い。しかも不思議なことに、人は通れるのに魔法だけ通さない。

 魔法を通さないということは、魔物も通さない。しかも地面にまで、この魔法は及んでいるらしい。

 理想を体現した、究極の超強化バリアウォールがこの城を守っている。


 そう。

 奇しくも、私達は間接的に『セシルのクッキーで守られている』ことになる。


 パパは頭を掻きながら、ぼそぼそ話し始めた。


「……正直、ここまでセシルの菓子作りが役に立つとは思わなかった。無駄なことって、ないものだな……」


 そう言いつつも、パパは少し嬉しそうだ。

 子供の趣味を肯定したいと思っていた部分もあるのだろう。

 ようやくちょっとしたわだかまりも、私と一緒に消えたというものだ。


「とはいえ、アンバーの表情は未だ変わらずか。どこかで変化した顔を見てみたいものだ」


「そうね」


 それには同意。

 でも今のままでもお人形さんとか小動物とかみたいで正直言うと私めっちゃ好き。

 ちょー可愛いって思うんだけどなー。向こうの王国の王子は見る目ないなー。

 私が男なら、あんなに愛らしい子、絶対に離さないんだけどなー。


 アンバー。

 この国を変えてくれる者。


 表情を読むのは難しいけど、その分とっても心が素直な人。


(アンバーの気持ち自体は……すッッッッッッッッッッッッッッごく分かり易いんだけどなー)


 アンバーは、表情が変わらない。自分の感情を自覚できない。

 ただ自覚できないだけで、本心が体に反映されてしまう。


『治りました』


 アンバーは、胸の痛みを訴えたことがある。

 それは、私とセシルが馴れ馴れしいのが、『恋人じゃなくて』兄妹だと分かったから。


 ——そんなん、もう絶対好きじゃん!???


 二人の今後の行く末は、良いようにしかならないだろなーと思いながら、アンバーに関してうんうん唸る両親の姿を眺めて笑った。

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