初めてのコンサートと約束
街に待った大楽団コンサートの日。
この日のために、私は今日まで少し張り切ってお仕事をお手伝いしておりました。
思いの外するすると全ての書類を片付けられたので、私自身驚いております。
というのも、魔物討伐に関しての遠征による、複雑な計算が必要な費用が丸々ないため処理がしやすかったのです。
美術館の費用など分からない部分は任せましたが、計算などは得意ですし、図面を描くのも得意です。
セシル様は大変驚きと同時にお喜びにもなられまして、これによりお菓子作りの時間がかなり長くなりました。
これにより、長時間の作業が必要なものにも挑戦出来ると仰いました。
それを聞いた時は……正直、もっと早い段階で頼っていただきたかったです。
そうお伝えしたら、苦笑しつつも反省いただきました。
そんなわけで、現在コンサート会場の中央席にいます。
「王族の方ですから、近くでお聞きになるのかと思いました」
「好みにもよるけど、金管楽器などは正面かそうでないかでかなり音色が違う。楽曲の響きだけなら、案外一番後ろの席の方が聞こえ方はいいんだよ」
「そうなのですか?」
「うん。だけど、遠すぎても、折角の演奏者が見づらいとそれはそれでどうかなと思って」
今のお話を聞いて思ったのですが、セシル様はきっと普段、後ろの席にいらっしゃるのですね。
ということは、今日この辺りの席にいるのは、初体験となる私の為なのでしょう。
…………。
とても、嬉しいです。
軽く『嬉しいですね』と流せないぐらい、何か私の中で『嬉しい』という感情が胃の辺りで温かく留まっているような……不思議な感覚です。
隣の顔を覗き見ます。
といってもすぐ隣なので、私が見ていることにすぐに気付き、セシル様は微笑みました。
何か言葉を返そうと思ったところで、楽団の方がステージに入ってきました。
折角の機会なのです、こちらに集中しないといけませんね。
楽団の楽器は、全く見たことのないものでした。
一つ特徴を挙げるとすれば、大きい楽器がとにかく大きいことでしょうか。
数名の楽団ではまず見たことがありません。
楽団のリーダーらしき方が前に出て、ひとつ礼をします。
皆様に合わせて拍手。
それからご挨拶でもあるのかと思いきや——急に始まりました。
音の、大嵐です。
凄まじい、迫力。
今まで聴いてきた音楽がどれだけ小さな集まりだったかを実感するような、とてつもない音の圧。
特に、低い音がお腹の中を揺らすような感覚、大きな打楽器が叩かれた瞬間に、地面が揺れたような感覚。
金管楽器の音が、目の前で大声を上げられるぐらいの音で聞こえてきます。
こんなに、ステージから席が遠いのに。
なるほど……これは確かに、一番後ろの席で聴くのがいいという気持ちも分かります。
そうかと思えば、静かに演奏する部分にも入ります。
不思議です……あの小規模編成では、意外と聴かない雰囲気です。
大人数が一斉に、静かに音を奏でる雰囲気は……また全く違って綺麗ですね。
その静かな雰囲気に飽きる暇もなく、再び序盤と同じ鋭い金管の音と、全身に響く低音がステージを揺らしました。
そこから、一回目の旋律を更に盛り上げるように音が力を増し、最後は全ての楽器が全力で鳴らした音の和音で、完全に圧倒されました。
……曲が終わって皆様拍手をしてらっしゃいますが、お恥ずかしながら私は身動きが取れませんでした。
呆然としており、口が半開きのまま、ほぼ無心でステージの中央で腕を振っていた方を見ておりました。
「ただいまお聴きいただいた序曲は、定番の楽曲でしたね。次にお聴きいただくのは、新進気鋭の若手による新曲です」
えっ、まだあるのですか?
「本日は、休憩を挟んで七曲ご用意しております」
七曲もあるのですか??
——演奏会が終わり。
結局、最後にアンコールというものを二度挟んだことにより、合計で九曲を演奏なさいました。
巨大なホールの外に出ると、いつの間にか日が傾いておりました。
それはそうでしょう、あれから1曲目は短い方だったというほどの楽曲が次々に始まったのですから。
「どうだった?」
外に出てしばらく歩き、セシル様がこちらにお尋ねになります。
「未だに頭の中に音が鳴っているみたいで、ふわふわしています」
「そっか」
私の表情は、きっといつも通りなのだと思います。
ですが、その様子で私が満足していることを、セシル様はお察しになったのでしょう。
その証拠に、セシル様はあまり深く尋ねず嬉しそうに笑って、並んで歩きました。
……この、私の気持ちを理解してもらえている、というのを意識すると……また一段とふわふわします。
なんだか先日から、ちょっと全体的に夢見心地過ぎる気がしますね。
「美術館はどうする?」
そう聞かれましたが、正直今から行ってもほとんど楽しむ余裕はないでしょう。
それに、こんなに満足させていただけたのですから、これ以上我が侭は……と思おうとして、止めます。
今の私は、この場面で遠慮する気持ちに一区切りがつきました。
「もしセシル様が宜しければ、美術館には後日、また時間を取って二人で、というのはどうでしょうか。仕事があれば、今度は最初から私に頼って下さいませ」
「……! ああ、もちろん! もちろんだとも!」
私の返答に、セシル様は嬉しそうに答えた。
初めての大楽団の、素晴らしい演奏。いい一日でした。
きっとこの感動は、私が『音の聖女』として生まれてソノックス家に勤めていたとしても、味わえなかったでしょうね。




